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#09:友人達のお節介

「莉奈、聞いたわよ。凄いイケメンとデートしてたんだって? おまけにこのマンションに住んでるんだって?」

 電話に出た途端にハイテンションな加奈の声が響いた。ああ、やっぱりと言う思いで、諦めたように溜息を吐き出すと「デートじゃないから」と僅かばかりの反発を返す。

 あんなのはデートじゃない。課長にだって選ぶ権利があるんだから。

「でも、二人で出かけたんでしょう? お待たせって言ってたって……」

 良の奴! と思ったが、加奈に話してしまう事は分かっていた事だ。

「あれは上司なの。引っ越して来たばかりで、このあたりの事がよく分からないから教えてほしいって言われたから、案内しただけ」

 落ち着け莉奈。からかわれるのは分かっていたじゃないの。

「ふ~ん。その上司の引っ越し先がここなんて、すごい偶然ね。私も見てみたいなぁ。評価の辛い良がイケメンって言うぐらいだから、かなりイケメンって言う事でしょう? ここに住んでるならチャンスあるよね」

 はいはい。やっぱり女性はイケメンに弱いのね。

「遠山君にヤキモチ焼かれても知らないからね」

「何言ってんの。それより莉奈、あんたよ。男性と二人で出かけるなんて、何年ぶり? 上司と言っても独身なんでしょ? チャンスじゃない」

 美奈子と言い、加奈と言い、そんなに彼がいない事がいけない事なのか。どうして誰かとくっ付けたがるのよ。

「もう、私にあんなレベルの高い人を勧めないでよね。私は身の程をわきまえてます」

「へぇ、そんなにレベルが高いんだ。でも、いい雰囲気だったらしいから、分かんないわよ」

 いい雰囲気って……あんな一瞬の事でわかるのか?

「もうー、何がいい雰囲気よ。最後に爆弾を落として逃げちゃうんだから」

「ハハハ、鍋パーティの事ね。その後の上司の反応はどうだった? その反応次第で脈があるか分かるんじゃない?」

「無い無い、無いわよ。反対に誤解させたんじゃないかって、気を使ってくれたわよ。でも、絶対に後からからかわれるって言ったら、『僕はネタを提供したんだね』って笑ってたわよ」

「あら、良い反応じゃないの」

「どこが?」

「フフフ、同じマンションだし、そんなにノリのいい人だったら、お友達になっちゃおかな」

 加奈の妙に高いテンションに呆れながら、私は「はいはい」となおざりに相槌を打った。

「あ、そうそう、鍋パーティだけど、今週末は私仕事になりそうなんだ。だから、来週の土曜日にどう?」

「え? 本気だったの?」

 あれは私に対するちょっとした悪戯のための作り話だったんじゃないの?

「もちろん、本気よ。何ならその上司さんも誘う? 同じマンションだし、飲んでも遅くなっても大丈夫だし……」

「絶対、誘いません!!」


       *****


 電話を切った後、友人カップルの思う壺な反応をしてしまったと落ち込んだ。

 でも、あの二人の能天気な明るさが、トラウマとなった前回の失恋で落ち込んだ時も、癒しと救いになったのは確かだった。

 それにしても、と思う。どうして森課長のマンションがあの二人と同じなのよと、頭の中で森課長に八つ当たりをしてしまう。そしてそんな事でイラつく自分が情けなかった。

 森課長に対してドキドキしてしまう気持ちを見透かされているような気がして、逆切れしているようなものだ。

 はぁーと息を吐き出して、気持ちを鎮める。これだから恋愛が絡むような話は苦手なんだ。どうして皆は、女が一人でいるのを放って置いてくれないのか。

 もう早く月見効果が切れて欲しい。ご近所付き合いは楽しいと思ったけど、やはり同じ会社の人とは無理だ。


 それでも翌日も仕事があって、なんとなく森課長と顔を合わせ辛い。昨夜のお礼を言うべきかと悩んだが、社内でそんな話ができるはずもなく、一人悶々としていた。

 森課長の方はと言えば、相変わらず朝から爽やかな笑顔で皆と挨拶している。それでも私と目が合った時、以前より親しみのこもった笑顔に感じてしまうのは自惚れすぎか。釣られてこちらも微笑み返してしまった後、誰かに気付かれるのじゃないかとすぐさま周りを確認してしまった。

 ダメだ。こんな事で朝からエネルギーを削られていたら、1日持たないよ。やはり会社の人とはプライベートで近づいてはいけない、とあらためて思い直した。


 その後もいつもと変わらぬ日常が過ぎてゆき、森課長がまたいろいろ教えてほしいからと交換した携帯番号もメルアドも活用される事無く、以前より親しみのこもっていると思っていた彼の笑顔も毎日見ている内に他の人に向ける笑顔との違いが分からなくなった。

 会社の人とは近づいてはいけない等と、自惚れすぎの取り越し苦労だったと自覚した途端、恥ずかしさに身悶えする。これだからいい年して自意識過剰なのだと言われかねない。

 このところ増えつつある何度目かの溜息を吐き、パソコンのモニターで顔を隠しつつ視界の端に映る森課長の方へ視線を向ける。何か書類を見つめている真剣な表情も、何でこんなに素敵なのか。そう思うと同時にまた胸がドキドキし出す。こんな自分に又溜息が出た。

 素敵な人が素敵に見えるのは当たり前で、何とも思っていないのにドキドキしてる自分がおかしい訳で……。

 ヤメヤメ、仕事中に無益な事考えるのは。仮にも営業部の中では一番勤続年数の長い女子社員なのだから、私情で仕事を疎かにしない! 

 私は胸の中のモヤモヤを溜息といっしょに吐き出すと、頭の中を仕事へとシフトした。人生長く生きてると感情の切り替えも、ずいぶん上手になったもんだ。


       *****


「どう? その後、森課長の人気は衰えず?」

 森課長と食事に行った翌週、美奈子と一緒に社員食堂でランチを取っていると、彼女が興味深げに森課長の話題を出した。

 美奈子には、森課長と一緒に食事に行った事は話していない。どんなに親しくしていても、同じ会社だと思うとどうにも話し辛い。ましてや付き合っているわけでもなく、相手を好きなわけでもないから、相談するほどの事でもない。社内で口に出して、どこからか漏れる事の方が困るのだ。前回のように藤川さんたちに責められたら堪らない。

「相変わらずですよ」

 今朝もいつものように藤川さん達が、課違いなのにわざわざ森課長の傍まで来て、テンション高く挨拶とお喋りをしていたの思い出し、うんざりとした口調で答えた。

「ふふふ、莉奈のその表情で森課長の人気具合が分かるわね。ところで、ちょっとした森課長情報があるんだけど、聞きたい?」

 美奈子は悪戯っぽく笑いながら、私の顔を覗き込む。

 まさか、一緒に食事に行ったの、誰かに見られた? いやいやいや、まさか……。

 内心焦りながら、「べ、別に……美奈子こそ話したければ話せば?」と、わざと素っ気なく言うつもりだったが、いきなり噛んでしまった。

「ははは、莉奈ったら、素直に聞きたいって言えばいいのに。森課長の事、結構気になってるでしょう?」

 うっと言葉に詰まり、どう返そうかと即座に頭を巡らす。ここで大いに否定すると返って肯定しているようなものだ。まあ、知りたくないと言えば嘘になるけど。

「気になる程じゃないけど、興味はあるよ」

 半分だけ肯定して見せれば、美奈子は満足そうにほほ笑み、自分の知りえた情報を自慢げに話し始めた。

「森課長がここへ来る前に居た中部支社に私の大学時代の友人がいるのよ。たまたまその友人と電話で話す事があって、その時に森課長の話題が出たんだけど、中部支社でも森課長はモテモテだったらしいわよ」

 そんな事分かりきった事じゃないかと思い「だろうね」と相槌を打つ。

「それでね、中部支社の美人どころが森課長にアプローチを掛けたらしいんだけど、全然なびかなかったんだって」

 まあ、今の森課長を見ていたら、想像がつくけどね。

「中部支社に森課長と大学の同期だった女性いてね、その女性が言うには、大学時代の森課長には誰もが一目置く様な凄い美人の彼女がいたらしの。だから、中部支社一の美人だってかなわないんじゃないかなだって」

 ふ~ん、誰もが一目置くようなすごい美人ねぇ……。男はやはり美人がいいのだろうか? イケメンだと騒いでいる女だって同じ事か。

「森課長はその凄い美人と今も付き合ってるの?」

 森課長は彼女はいないと言ってたし、先日も彼女がいたのは過去の事だと言ってたけど、私は半信半疑だ。でも、心の奥では森課長はそんな嘘を言う人でない事を願っている。

「その辺はその大学の同期だった女性も知らないらしいの。でも、大学卒業してからもう10年経ってる訳じゃない? 大学時代から付き合っていたらもう結婚していてもおかしくないよね? それが未だに独身だと言う事は、別れたのだろうと言うのが友人の意見で、私もそう思うよ。それに、本人もいないって言ってたんでしょう?」

 森課長が歓迎会で彼女はいないと言っていた事は、すでに美奈子にも話していた。だけど、その時の私は、前回の恋のトラウマから、いないフリしてるだけでしょと斜に構えていた。でも、今はどこか森課長の言う事を信じたい自分がいる。

「まあね、でも、結婚願望のない男性もいるらしいから、結婚していないイコール恋人がいないとは限らないしね」

 信じたいと思いながらも、私は自分言い聞かせるようにバリアを張る。 自分の気持ちが傾いていかないように。

 そんな私の言葉を聞いて、美奈子は「そうだね。あんな二股野郎みたいなのもいるからね」と苦笑した。

「でもね、私は何となく森課長はあんな二股野郎とは違うと思うの。前の支社でも、どの女子社員に対しても優しいのにきっちりと線を引いていたのは一貫していたって。この支社に来てからも日は浅いけど、女子社員に対して全員同じ距離感で接しているような気がするなぁ。そう思わない?」

 同じ距離感? じゃあ、誰とでも二人でプライベートに夕食を食べに行くぐらいはするのだろうか?

 どこか自分だけと思っていた思いあがりに気付き、恥ずかしくなった。

 たまたまご近所だったと言うだけで誘われたのだと、分かっていたのに。

「そうだね」

 自分の浅ましさを見透かされないよう、気持ちに蓋をして神妙に返事をする。

「あー、森課長はこの支社に居る間に結婚するのかなぁ? 今33歳でしょう。この次の彼女は結婚相手として考えるよね。どんな人と結婚するのか興味津々だよね」

 私の動揺など気付きもせずに美奈子は能天気に話を続ける。私達の年になると、恋愛事はすぐに結婚に結び付けてしまう。

 森課長が結婚するとしたら……想像しようとして、何となくかき消した。

「芸能人じゃないのに、そこまで興味ないよ」

 そう、どんなに美しい人と結婚するとしても、私には関係ない事だから。


 


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