第八話:アウトドアの洗礼と、絶望の雨
週末のキャンプ場。
空はどんよりとした鉛色の雲に覆われ、山の空気はいつも以上に冷え込んでいた。
「よお、佐藤! 震えて待ってたか? 今日でそのニセモノの師匠面も終わりだからな!」
木村たちは到着するなり、大荷物を広げて大声を上げた。彼らのコンロの横には、大きなガスバーナーと、大量のジェル状着火剤のボトルが並んでいる。
対する俺のエリアでは、美羽が真剣な表情で備長炭を並べていた。その様子を、遥が腕を組んで静かに見守っている。
「佐藤くん、炭の配置、これで大丈夫……?」
「ああ、完璧だ。上昇気流の通り道もしっかり確保できている。あとは火種を育てるだけだ」
「ハッ! ちまちま炭なんか並べやがって! 火なんてなぁ、これで一発なんだよ!」
木村が勝ち誇ったように笑い、炭の山にジェル着火剤をこれでもかとブチまけた。そしてガスバーナーの強烈な青い炎を浴びせる。
ゴオォォォオオッ!
凄まじい勢いで炎が燃え上がった。
「見たか! これが圧倒的な火力ってやつよ!」
木村たちは大はしゃぎでハイタッチを交わしている。美羽は一瞬その火力に圧倒されそうになったが、俺が「焦るな、あれはただ着火剤が燃えているだけだ。炭にはまだ熱が届いていない」と耳打ちすると、すっと冷静さを取り戻した。
美羽は教わった通り、麻紐をほぐした火種に火をつけ、火吹き棒で優しく、しかし確実に空気を送り込む。じわじわと、しかし確実に、漆黒の備長炭の芯が美しい紅色に染まり始めていた。
勝負の行方が見え始めた、その時だった。
ヒュオォォォオオオッ……!
突然、山特有の激しい突風が吹き抜けた。それと同時に、バラバラバラと大粒の雨が激しく降り注いできたのだ。山の天気は変わりやすい。最悪のタイミングでのゲリラ豪雨だった。
「うわっ!? マジかよ、雨じゃん!」「おい、火が消える! 着火剤もっと足せ!」
木村たちのエリアは大パニックに陥った。
焦った彼らは、燃え盛るコンロに直接ジェル着火剤をさらに追加しようとした。
「バカ、やめろ! 火のついたコンロにジェル着火剤を注ぐな!」
俺が叫んだが、もう遅かった。
ボンッ!!
気化した着火剤に引火し、小さな爆発が起きた。炎が逆流してボトルの口が燃え、驚いた男子がボトルを地面に放り出す。雨で濡れた地面に着火剤の炎が広がり、さらに激しい雨によって、木村たちのコンロの火は一瞬でジュウジュウと汚い煙を上げて完全に鎮火した。
「ひ、火が消えた……おまけにバーナーも濡れて壊れた……っ」
ずぶ濡れになりながら、木村たちはガタガタと震え出した。雨と風で体温は急激に奪われ、彼らの顔からは血の気が引いていく。
「佐藤くん……! ウチたちの火は!?」
美羽が悲鳴に近い声を上げる。
「大丈夫だ。遥、タープ(雨よけの布)の設営を手伝え! 美羽はコンロに覆い被さって、炭を絶対に濡らすな!」
「了解」
遥が瞬時に動き、私と二人で手際よくペグを打ち込み、一瞬で雨よけの空間を作り出した。
美羽が必死に守ったコンロの中では、備長炭が雨の湿気に負けることなく、赤々と熱い光を放ち続けていた。一度完璧に熾った備長炭は、多少の風雨ではビクともしないのだ。
「木村、お前たち、全員こっちのタープに入れ。このままだと本当に低体温症で動けなくなるぞ」
俺が声をかけると、木村たちはプライドも何もかも投げ捨てて、這うようにして私たちのタープへと逃げ込んできた。
「あ、温かい……っ」
完璧に管理された我が陣営の炭火の熱に、木村たちは涙目を浮かべてへたり込んだ。
彼らのコンロは水浸し、食材の肉は雨水と泥、そして爆発した着火剤の薬品にまみれて完全にゴミと化していた。
私は冷えた彼らの前に、温かいクッカーで沸かしたスープを差し出した。
「着火剤やバーナーは便利だが、それは『自然の条件が優しい時』だけ使える誤魔化しだ。雨が降り、風が吹けば、そんな小細工は一瞬で吹き飛ぶ。自然を舐めて、力任せに火をコントロールしようとしたのが間違いなんだ」
木村はスープのカップを握りしめ、ガタガタと震えながら、ただ地面を見つめて絞り出すように言った。
「……すまん、佐藤。俺たちの、負けだ……」
激しい雨音がタープを叩く中、完璧に熾り続ける私たちの炭火だけが、にわか男子たちの無残な敗北を赤々と照らし出していた。
(第八話 終わり)




