第五話:夜のキャンプ飯対決と、交わされた約束
すっかり日が暮れたキャンプ場に、冷たい夜気が立ち込める。
俺のテントの前には、轟々と赤く熾った完璧な炭火。その炎を挟んで、新井美羽と加藤遥がパチパチと火花を散らしながら対峙していた。
「佐藤、これ。さっき言ってた鹿のロース肉」
遥がクーラーボックスから取り出したのは、美しい深紅色の見事な塊肉だった。ドリップも一切なく、徹底された温度管理が伺える一級品だ。
「ウ、ウチだって負けてないもん! これ、お父さんの知り合いの肉屋から仕入れてもらった、超厚切りのトマホークポーク(骨付き豚ロース)だから!」
美羽も負けじと、自身のクーラーボックスからパックを取り出す。ギャル特有の執念で見つけてきた、これまた素晴らしい肉質のものだった。
「二人とも、良い肉だ。……よし、せっかくだからこの炭火で、どっちも一番美味い状態に焼き上げてやる。新井は遥のジビエを、遥は新井の豚肉を食べて、お互いの価値を確かめるといい」
俺は立ち上がり、トングを握った。
まずは遥の鹿ロース肉だ。
鹿肉は脂肪が少なく、火を入れすぎると一瞬でパサつくデリケートな食材。私は網の端の「遠火」のエリアを使い、輻射熱でじっくりと中に熱を届けていく。表面に薄く焼き目がついたところで一度アルミホイルに包み、余熱でじわじわと芯まで火を通す。
「……完璧な温度管理。やっぱり佐藤の火入れは綺麗」
遥が小さく感嘆の息を漏らす。
次に美羽のトマホークポーク。
こちらは逆に、脂の旨味を引き出すために「強火」で一気に攻める。網の上の最も熱い中心部に乗せると、——ジューーーッ!という凄まじい音と共に、香ばしい肉の香りが辺り一面に広がった。骨の周りまでじっくりと熱を通し、仕上げに自家製のハーブソルトを振る。
「よし、両方焼き上がったぞ。冷めないうちに食べてくれ」
切り分けた二つの肉が、シェラカップに乗せて二人の前に出された。
まずは美羽が、遥の鹿肉を恐る恐る口に運ぶ。
「……っ!? なにこれ……全然臭くない。っていうか、すっごい柔らかくて、噛むたびにお肉の旨味が溢れてくる……!」
美羽の目が驚きで丸くなった。これまで「ジビエなんて固くて臭そう」と偏見を持っていた彼女の価値観が、一瞬で吹き飛んだのだ。
一方の遥も、美羽のトマホークポークを静かに口に含む。
咀嚼し、ごくりと飲み込んだ遥は、少しだけ目を見開いた。
「……美味しい。ただ脂っこいだけじゃなくて、肉自体に力がある。佐藤の強火の入れ方も完璧だけど、そもそもこの肉を選んで、傷付けずにここまで運んできた新井の管理がしっかりしていた証拠」
「え……」
美羽が声を詰まらせる。遥は美羽を真っ直ぐに見つめ、静かに言った。
「新井。さっきはにわかって言って悪かった。あなたは、本当に美味しいお肉をみんなで食べたいっていう熱意だけは、本物みたい。道具の選び方も、佐藤の教えをちゃんと守ろうとしてるのが伝わってきた」
「加藤さん……」
美羽の顔が、今度は恥ずかしさと嬉しさで赤くなった。彼女は自分のシェラカップをきゅっと握りしめ、遥に向かって頭を下げた。
「ウチ、加藤さんの火起こし見た時、本当に格好いいって思った。ウチはまだ炭を並べるだけで精一杯だけど……いつか、加藤さんみたいに、自分でサラッと火を点けられるようになりたい」
「……応援はしない。でも、次に来る時までに火吹き棒の使い方が上達してたら、私の特製ジビエソースのレシピ、教えてあげてもいい」
遥はふいっと顔を背けたが、その耳たぶは少しだけ赤くなっていた。
「ホント!? 約束だからね!」
美羽がパッと破顔する。
パチパチと爆ぜる炭火の温もりの中、さっきまで険悪だった二人の間に、不思議なライバルとしての信頼関係が芽生え始めていた。俺はそんな二人を見ながら、静かに極上のトマホークポークを口に運んだ。やっぱり、みんなで食う美味い肉も、悪くはない。
(第五話 終わり)




