第三話:放課後のアウトドアショップと、ギャルの弟子入り志願
美羽を冷たく突き放した月曜日から、数日後の放課後。
俺はお気に入りのギアを補充するため、駅裏の雑居ビルにある少しマニアックなアウトドア専門店『ワイルド・ルーツ』に足を運んでいた。
ここは量販店と違い、ガチの登山家やキャンパーが通う店だ。店内には渋いカーキやブラックの道具が整然と並び、薪やオイルの香りが心地よく漂っている。
「よし、今週末のソロキャン用に、新しい麻紐と火打ち石を買っておくか……」
棚に手を伸ばした、その時だった。
「あの……すみません。初心者でも使いやすい、火吹き棒ってどれですか……?」
聞き覚えのある声が、静かな店内に響いた。
振り返ると、そこには信じられない光景があった。
なんと、あの新井美羽がいたのだ。
いつもの露出度の高いギャル服ではない。髪を後ろでラフに結び、オーバーサイズのマウンテンパーカーに、歩きやすそうなトレッキングパンツを穿いている。完全に『形から入った初心者キャンパー』の装いだ。
「新井……? どうしてここに」
「あ、佐藤くん……っ!」
美羽はビクッと肩を揺らし、持っていたカタログで慌てて顔を隠そうとした。しかし、すぐに諦めたように、真っ赤になった顔を晒して俯いた。
「……ストーカーとかじゃないからね! 佐藤くんがよくこのお店のショップ袋持ってるの見たことあったから、もしかして、と思って……」
「それはいいけど、何をしてるんだ?」
美羽はもじもじしながら、自分が抱えていた買い物カゴを私に見せてきた。
中を見ると、格安のセット品ではなく、俺が愛用しているものと同じ『ウバメガシの備長炭』や、頑丈なトング、そしてガチ勢好みの火起こし器が入っていた。
「ウチ、あれからずっと考えてたの。佐藤くんに言われたこと」
美羽は真剣な目で私を見つめた。
「『美味しいところだけ頂戴なんて人間に、週末を費やすつもりはない』って。ウチ、本当にダサかった。自然を舐めてたし、佐藤くんの知識や技術を都合よく使おうとしてた。……だからね」
美羽は一歩、私に近づいた。
「ウチ、ちゃんと一から勉強する。道具も自分で揃えて、重くても自分で運ぶ。……だから、お願い! ウチに、正しい火の起こし方と、アウトドアの本当の楽しさを教えて! 佐藤くんの『弟子』にしてくれないかな……っ?」
クラスのトップギャルが、プライドを完全に捨てて、真っ直ぐに私に弟子入りを志願してきたのだ。
俺はカゴの中の道具に目を落とした。
流行りのブランドに流されず、私のセリフをヒントに、ちゃんと『育てるのが難しいけれど、極めれば最高の道具』を揃えようとしている。本気のようだ。
「……備長炭から始めるなんて、最初は絶対に苦労するぞ。爪も汚れるし、煙で服に匂いもつく。ギャルの君には耐えられないんじゃないか?」
「耐える! ウチ、もう佐藤くんに『楽しくなさそう』なんて言われたくないもん!」
必死に食い下がる美羽。その目には、あのBBQ大会の時の傲慢さは微塵もなく、ただ純粋な『知りたい』という熱意が宿っていた。
俺は小さくため息をつき、口元をわずかに緩めた。
「……いいだろう。ただし、足手まといになったらその時点で即クビだ。まずはそのカゴに入ってる炭の、正しい組み方から教えてやる」
「ホント!? やったぁ! よろしくね、佐藤師匠!」
美羽はパッと花が咲いたような笑顔を見せた。
こうして、プライドをへし折られたギャルと、孤高のソロキャンパーによる、奇妙な師弟関係が幕を開けたのだった。
(第三話 終わり)




