第二話:教室での公開謝罪と、おねだりギャルの誤算
あの惨劇のバーベキュー大会から明けた、月曜日の朝。
いつもなら新井美羽たちの賑やかな笑い声でうるさいはずの教室は、どこか奇妙な静けさに包まれていた。
それもそのはず、クラスのいけてる女子グループの面々は、一様にどんよりとしたオーラを纏い、机に突っ伏している。高級肉を台無しにし、着火剤の臭いが染み付いた服をクリーニングに出す羽目になり、おまけに一晩中お腹をすかせて凍えたのだ。精神的ダメージは計り知れない。
俺はいつも通り、教室の隅の席で静かに文庫本を開いていた。
すると、ガタタッ、と激しい音が響いた。
見ると、美羽が自分の席から立ち上がり、真っ直ぐに私の席へと歩いてくる。クラス中の視線が、一斉に私たちに集まった。
「ちょっと、佐藤くん……」
美羽は俺の机の前に立つと、もじもじと指先を弄び、顔を真っ赤に染めている。
昼間の強気なギャルモードはどこへやら、完全にプライドをへし折られた顔だ。彼女はスッと深く頭を下げた。
「……この前は、本当にごめんなさい!」
教室中が「えっ!?」とどよめいた。カーストトップの美羽が、地味なソロキャンパーの俺に頭を下げているのだから当然だ。
「ウチら、何も分かってないのに調子に乗って……佐藤くんの親切をキモいとか言って、本当に最低だった。佐藤くんの言う通り、お肉は消しゴムみたいにパサパサで薬品臭くて、一口も食べられなかったの……」
「分かればいいよ。もう気にしてないから」
俺が淡々と本に目を戻そうとすると、美羽はガタッと私の机に両手を突いた。顔を近づけてきて、潤んだ瞳で上目遣いに私を見つめる。
「それでね……あの、お願いがあるんだけど……!」
「おねだり」のターンが来たな、と私は察した。
「ウチら、どうしてもあの時佐藤くんが焼いてた、すっごく良い匂いのするお肉が忘れられなくて……。今週末、もう一回リベンジでバーベキューやりたいの! もちろん、場所代もお肉代も全部ウチらが持つから! だから……佐藤くん、ウチらのために火を起こして、美味しいお肉の焼き方、教えてくれないかな……っ?」
美羽は小悪魔的な笑みを浮かべ、俺の袖をツンツンと引っ張った。
彼女の中では、これで「カーストトップのギャルにおねだりされて断る男子はいないっしょ」という計算があったのだろう。取り巻きの女子たちも「これで今週末は美味しいお肉が食べられる」と期待の目を輝かせている。
だが、俺はフッと小さく鼻で笑い、彼女のの手を優しく、しかし明確に振り払った。
「断る。」
「え……?」
美羽の動きがピキッと固まる。
「どうして……? お金はウチらが全部出すんだよ……?」
「お金の問題じゃない。君たちは根本的な勘違いをしている」
俺は本を閉じ、美羽を真っ直ぐに見据えた。
「アウトドアは、誰かに依存していい思いをするためのエンタメじゃない。自然を舐めず、道具を愛し、自分で火を起こすプロセスそのものを楽しむものだ。『火だけつけて、美味しいところだけ頂戴』なんてスタンスの人間に、俺の貴重な週末を費やすつもりはない。……それに、君たちと行っても楽しくなさそうだしね」
「た、楽しくないって……ウチらと行くんだよ!?」
美羽はショックのあまり声を裏返した。
「悪いけど、俺は一人で静かに、完璧に管理された肉を育てる方が百倍楽しいんだ。じゃあ、授業が始まるから席に戻ってくれるかい」
冷たく言い放つ俺を前に、美羽は顔を真っ赤にしたり真っ白にしたりしながら、今にも泣き出しそうな顔で立ち尽くしていた。クラスの男子たちは「あの新井美羽をソッコーでフった……!?」と戦慄している。
こうして、都合よく俺を利用しようとしたギャルたちの目論見は、再び粉々に打ち砕かれたのだった。
(第二話 終わり)




