第一話:炭を舐めたギャルたちの末路
「バーベキューくらい私たちでできるわ!」
クラスの女子カーストトップに君臨するギャル、新井美羽は、俺の差し伸べた手をフリフリと払いのけた。
彼女の背後では、取り巻きの女子たちが「ウケる、男子のモテようとするアピール必死すぎ」とクスクス笑っている。
「いや、備長炭は火がつきにくいし、ちゃんとした手順を踏まないと……」
「はいはい、結構でーす! バーベキューくらい私たちだけでできるわ! あんたは一人で寂しく隅っこで芋でも焼いてなよ、佐藤くん?」
美羽はそう言い放つと、短いデニムのショートパンツから伸びる生足を躍らせて、自分たちの特等席へと戻っていった。
「悪いな、佐藤。あいつらあんな感じでさ……」
班長の男子が申し訳なさそうに肩をすくめる。
「いいよ、気にしないで」
俺は首を振った。忠告はした。それを無視して泥を塗ったのは彼女たちだ。俺は自分の仕事に集中することにした。
俺は一人、クラスの喧騒から少し離れたソロキャンプ用のエリアに移動する。
マイコンロを取り出し、お気に入りの備長炭を美しく組み上げる。新聞紙を固めた即席の火種に火をつけ、上昇気流を利用してじっくりと炭に熱を移していく。火吹き棒でピンポイントに空気を送り込むと、炭の芯がじわりと、美しい紅の輝きを帯び始めた。
じっくりと熱が通ったところで、持参した極厚のトマホークステーキを網に乗せる。
——ジュウゥゥゥウウウッ!
鼓膜を震わせる最高の肉鳴り。溢れ出るジューシーな肉汁が炭に落ち、香ばしい煙が辺りに立ち込める。
「やっぱり、ソロバーベキューは最高だな」
俺は一人、完璧に管理された至高の肉を堪能し始めた。
◇
それから二時間後。
山野の日は落ちるのが早い。あたりはすっかり暗くなり、秋の冷え込みが牙を剥き始めていた。
「あの……佐藤、くん……」
不意に、上ずった声が私のテントの外から聞こえた。
見ると、そこには寒さで両腕を抱きしめ、ガタガタと震えている美羽が立っていた。
昼間のあの自信満々なオーラはどこへやら、高級なブランド服は灰と煤で黒く汚れ、マスカラは涙で滲んで悲惨な顔になっている。
「何かな、新井さん」
俺が焼きマシュマロを口に運びながら尋ねると、彼女は恥ずかしそうに、蚊の鳴くような声で言った。
「あのね……火が、全然つかなくて……。お肉が、焼けなくなっちゃったの……。お願い、助けて……っ」
彼女の指差す先、新井たちのエリアを見た。
……惨状だった。
コンロの中には、全く火の通っていない黒々とした炭が転がっている。その上には、一パック数千円はするであろう最高級の黒毛和牛が、生ぬるい網の上でダラリと横たわっていた。
それだけではない。焦った彼女たちが着火剤をドバドバと直接肉や炭にブチまけたのだろう。辺りにはツンとする化学薬品の臭いが立ち込め、ただ白く不気味な煙だけが虚しく燻っていた。
美羽は潤んだ瞳で、縋るように私を見つめてくる。
「お願い、佐藤くん。ウチらが悪かったから……。このままだと、みんなお腹ペコペコだし、お肉も無駄になっちゃうの。あんた得意なんでしょ? ちょっと火ィつけてよぉ……」
しかし、俺は彼女の手を取ることはしなかった。
ただ静かに、冷めた目で首を振る。
「もう遅い。」
「え……?」
美羽が呆然と目を見開く。
「肉を見てみろ。中途半端に着火剤の熱を浴びて、表面だけが生温かく変色している。そのせいで旨味を含んだ肉汁は完全に流れ出し、おまけに揮発した着火剤の化学臭が肉の繊維の奥まで染み込んでしまっている。……こうなったら、今からどんな名シェフが火を起こして焼いても、それはもう『食えた代物』じゃない。ただの薬品臭い肉の消しゴムだ」
「そんな……、だって、ウチら、高かったんだよ!? このお肉……! 」
「それを台無しにしたのは、知識もないのに『できる』と過信した君たちの傲慢さだ。……何より」
俺は美羽を真っ直ぐに見据えた。
「最初に僕の好意をキモいと一蹴し、泥を塗って踏みにじったのは、君たちだ。困った時だけ都合よく僕を頼ろうなんて、虫が良すぎると思わないか?」
「あ……、う、あ……」
美羽は反論の言葉を失い、その場にへたり込んだ。
パチパチと、私のコンロの中で、完璧に熾った炭火が爆ぜる。
その暖かく、しかし冷酷な赤色の光だけが、すべてを失って凍えるギャルたちの絶望を、静かに照らし出していた。
(第一話 終わり)




