第二十話:深山の夜、もう一つの熾火(おきび)
(先客か……。しかも、この時間に、この深山の奥地で一人で……?)
俺は足音を消したまま、ゆっくりとその明かりへと近づいた。
にわかキャンパーなら絶対に扱いきれずに窒息させるか、爆ぜさせて終わる炭の王様。それを、この極寒の深山で、まるで自分の手足のように手懐けている。そのコンロの前、コンパクトなソロテントの横に、静かに腰掛け合っている一人の人物がいた。
フードを深く被っているため顔はよく見えない。だが、その手元にあるナイフの扱い方や、炭をトングで動かす一挙手一投足に、一切の無駄がなかった。
「……誰」
鈴の音をさらに低くしたような、どこかハスキーで、しかし底冷えするような静かな声が、夜の静寂を切り裂いた。
フードがゆっくりと上げられる。
ヘッドランプの光の端に映し出されたのは、夜の闇に溶け込みそうなほど綺麗な、長い黒髪の少女だった。
年齢は俺と同じか、少し上くらい。だが、その切れ長の瞳に宿る光は、学校の女子たちのような生ぬるいものではなかった。彼女の腰には、プロの猟師や山岳警備隊が使うような、ガチ仕様の和式刃物(鉈)が静かに鎮座している。
彼女は俺の顔を一瞥し、それから、俺が小脇に抱えている『ワイルド・ルーツ』のショップ袋——その中から覗く、俺が買い占めたのと同じ備長炭の箱へと視線を移した。
少女の瞳が、わずかに細くなる。
「……あなたも、それを熾しに来たの」
言葉数は少ない。だが、その一言には、俺が下界のすべてを置き去りにしてまで求めていた「本物の領域」の匂いが、確かに含まれていた。
下界の修羅場を逃げ出した先で、俺は、これまでの誰よりも危険で、図らずも、誰よりも「本物」のソロキャンパーと、対峙することになってしまったのだ。
(第二十話 終わり)




