第十五話:大嵐の完全籠城編——孤高の極上シェルター
翌朝、暴風雨はさらにその威力を増していた。
タープを激しく叩く雨音は、もはや濁流の轟音に近い。
サテライトコミュニケーターの液晶を確認すると、電離層の乱れからか画面には砂嵐のようなノイズが走り、完全に通信が途絶していた。
「……フッ、正真正銘の完全孤立か。最高だな」
誰も来られない、誰の連絡も届かない。この島には俺と、大自然だけ。
その事実が、俺の胸に形容しがたい解放感をもたらした。これこそが俺の求めていた極限の静寂だ。
「よし……。あと一晩あるなら、ここを徹底的に『城』に仕上げてやる」
俺はナイフとマルチツールを手に、ふたたび腰を上げた。
ただ生き延びるためだけの雨よけ(シェルター)は昨日で終わりだ。ここからは、この大嵐を快適に、ストイックに楽しむための居住空間を作り上げる。
まず着手したのは、タープの完全要塞化だ。
強風で煽られるナイロンの羽ばたき音を消すため、海岸から手頃な大きさの平らな石を何個も運び入れる。タープの裾をその石で隙間なく埋め、さらに外側から濡れた砂を盛り上げて『泥のスカート』を作った。これで下からの冷気と突風の侵入を完全にシャットアウトする。
次に、内部の拡張だ。
昨日敷き詰めた枯れ葉や海藻の上に、さらに流木の太い枝を格子状に組み、その上に青々とした松の葉を何層にも重ねていく。これによって、地面からの冷気(地熱のロス)を完全に遮断する、天然の即席スプリングベッドが完成した。横たわると、ほんのりと松の清々しい香りが漂う。
さらに、シェルターの入り口には、拾ったドラム缶の蓋をリフレクター(反射板)として設置した。
その中央に、俺の最後の切り札である三本目の備長炭を据える。
塩分を含んだ流木を少しずつ足しながら、備長炭の圧倒的な遠赤外線をドラム缶の蓋に反射させる。狭いタープの中は、まるで薪ストーブを焚いているかのように、じんわりとした極上の暖かさで満たされていった。
「仕上げは、最高の贅沢だな」
俺は昨日獲っておいたもう一匹のスズキを取り出した。
骨から出汁を取るスープは昨日やった。今日は、この熾火(残り火)の熱をそのまま使った『塩焼き』だ。
流木を薄く削って作った串にスズキの半身を刺し、粗塩を多めに振る。それを炭火の絶妙な距離に固定し、遠火の強火でじっくりと水分を飛ばしていく。
表面の皮がパリパリと音を立てて弾け、香ばしい魚の脂が炭に落ちては、ジュッと小さな煙を上げる。
焼き上がった身を口に運ぶ。
サクッとした皮の食感のあと、中から溢れ出るのは、蒸し焼きのようにジューシーな白い身の旨味。
「……たまらん」
外では木々がなぎ倒されんばかりの暴風雨が吹き荒れている。だが、この布一枚の城の中は、松の香りと、魚の焼ける匂い、そして備長炭のパチパチという優しい音だけが支配していた。
誰の面倒を見ることもなく、ただ自然の脅威を自分の知恵で快適さに変換する。
気づけば俺は、自分の部屋にいるとき以上に深く、深くリラックスしていた。
さらに翌日の朝。
嘘のように嵐が去り、突き抜けるような冬の青空が広がっていた。
ザザァー、と静かになった波の音の向こうから、聞き覚えのある漁船のエンジン音が近づいてくる。
「おいーーー! ボウズーーーー! 生きてるかーーーー!」
船長が血相を変えて、船の舳先から拡声器で叫んでいる。下界では俺が遭難したと大騒ぎになっていたのだろう。
だが、俺はタープの中からゆっくりと lazing這い出て、大きく伸びをした。
衣服はすっかり乾き、肌のツヤすら良い。煙に燻された心地よい疲労感と、圧倒的な充実感が身体を満たしている。
船から降りてきた船長は、俺の作ったシェルターを見て絶句した。
そこには、突風を完璧にいなす泥の要塞、松の葉のベッド、そして今なお静かに熱を放ち続ける美しい炭火の跡があった。そこは遭難者の急場しのぎの避難所などではなく、熟練の職人が作り上げた『極上の隠れ家』そのものだった。
「……ボウズ、お前、本当に生きてたんだな。さあ、みんな心配してる。早く街に帰るぞ」
船長に促され、俺はマイコンロとナイフをバックパックに収めた。
だが、白波の向こうに小さく見える街の景色を見つめながら、俺は小さくため息をついた。
「正直まだ帰りたくないな」
日常に戻る前の、これが俺にとって最後の、そして最高の贅沢な時間だった。
(第十五話 終わり)




