第十四話:自給自足の限界編——完全孤立の嵐と、泥臭い命の洗濯
「——おい、ボウズ! 嵐が予想より早く来ちまった! 波が荒すぎて船が出せねえ、迎えは明後日になる! 持ちこたえてくれ!」
翌朝、俺のサテライトコミュニケーター(衛星通信端末)の液晶に、チャーターした漁船の船長からそんな悲壮なメッセージが飛び込んできた。
テント代わりに張った軍用タープの外を覗くと、昨晩の穏やかな瀬戸内海はどこへやら、視界全体が鉛色の暴風雨に包まれていた。海は白波を立てて狂ったように荒れ狂い、島から脱出するルートは完全に閉ざされた。完全に孤立した。
腕時計を確認する。
気温は一桁台まで急降下し、潮は間もなく満潮を迎える。
昨日キープした貝類は昨晩のうちに全て平らげてしまった。この暴風雨の中、迎えが来るまでの二日間、何もしなければ体温と体力を奪われて終わる。
「……上等だ。これくらいの絶望がないと、ソロの旅としては面白くない」
俺は即座に防寒ジャケットのフードを深く被り、一本のブッシュクラフトナイフを手に、嵐の浜辺へと飛び出した。
この大荒れの海では、昨日と同じように磯に近づいて貝を拾うのは不可能だ。高波にさらわれれば一瞬で命を落とす。つまり、安全な内湾の浅瀬に『魚を誘い込んで獲る』仕掛けを短時間で作るしかない。
俺は波打ち際に打ち上げられた大量の海洋ゴミ——漂着したプラスチックの浮き(ブイ)や、引き裂かれた頑丈な漁網の切れ端、そして手頃な太さの流木を素早く集め、岩陰のベースへと持ち帰った。
俺は流木をナイフで削り、骨組みを作成。そこに拾った漁網の切れ端を切り分け、細い釣り糸を使って固く縛り付ける。入り口は一度入ったら出られない漏斗状の構造だ。伝統的な海の罠である。
さらに、昨日食べた貝の殻をナイフの柄で粉々に砕き、残った内臓の生臭い匂いと一緒に網の中に擦り付けた。嗅覚で魚をハメる『即席の罠』の完成だ。
満潮から引き潮に変わる瞬間を狙い、俺は波の引いたタイミングを見計らって、浅瀬の岩の隙間にその罠を強固に沈め、太い流木と岩で固定した。
そこから数時間、俺はタープの中で備長炭の熱にすがりながら、じっと耐えた。
外は激しい雨が激しく叩きつけ、体感温度は氷点下に近い。だが、濡れた流木を避け、芯に仕込んだ備長炭がパチパチと安定した熱を供給し続けてくれるおかげで、低体温症の恐怖とは無縁だった。
正式に「完全なる孤立」となったこの島で、嵐の音だけが響き渡る。
そして、再び潮が引き始めた夕刻。
俺は一瞬の隙を突いて、浅瀬に仕掛けた罠を引き揚げた。
「……重い!」
ずっしりとした手応えと共に砂浜に引きずり上げると、網の中でバタバタと激しく暴れる銀色の影があった。
体長30センチを超える、立派な『マダカ(スズキの若魚)』が二匹、そして大ぶりのイシガニが三匹も、網の奥に閉じ込められていた。
「よっしゃ……! 読み通りだ」
ベースに戻り、俺はすぐさまスズキをナイフで手際よく三枚におろした。
クッカーに岩肌を伝う雨水を浄水して沸騰させ、スズキの骨から濃厚な出汁を取る。そこに身のブツ切りとイシガニを放り込み、一握りの岩塩だけでじっくりと煮込んでいく。
嵐の無人島に、暴力的なまでもの濃厚な磯の香りが立ち込めた。
炭火から下ろしたクッカーのスープをすする。白濁したスープは魚の脂とカニの旨味が限界まで溶け込み、凍えた五臓六腑を熱く焼き焦がすように満たしていった。身はぷりぷりとしていて、噛むたびに上品な甘みが広がる。
「美味すぎる……。誰にも邪魔されない、この極限の味こそが……」
大自然の脅威を知識と技術でねじ伏せ、完全な勝利の余韻に浸る。
だが、この時の俺はまだ気づいていなかった。この吹き荒れる大嵐がさらに勢力を増し、明日にはヘリすら飛べないレベルの『観測史上最大の猛暴風雨』へと変貌を遂げることを——。
(第十四話 終わり)




