第十二話:夜明けの銀世界と、本物の男の朝食
猛烈な地吹雪に揺らされていたテントのフライシートが、いつの間にか静かになっていた。
俺が目を覚ますと、手首のタフネスウォッチは午前六時を指していた。周囲の気圧は安定へと向かい、液晶画面のバックライトが静かに終わりの夜明けを告げている。
横を見ると、俺の極厚ダウンシュラフに包まれたジローが、炭火の残り火の温もりの中でまだ泥のように眠っていた。昨日まで死にかけていた男の顔色には、すっかり健康的な赤みが戻っている。
俺は静かにシュラフから抜け出し、冷え切ったテントのジッパーをゆっくりと引き上げた。
「……まぶしっ」
思わず目を細める。
外に広がっていたのは、嵐が去った後の圧倒的な青空と、朝日を浴びて黄金色に輝く純白の雲海だった。空気は刺すように冷たいが、風は完全に止んでいる。
「う、うーん……あ、佐藤さん……?」
背後でジローが身震いしながら目を覚ました。テントの隙間から差し込む光の美しさに、彼は言葉を失って呆然と外を見つめている。
「嵐は過ぎた。最高の登山日和だぞ、ジロー」
「すげえ……本当に生き延びられたんだな、俺……」
ジローは自分の両手を見つめ、それから俺に向かって深く頭を下げた。「佐藤さん、本当に、本当にありがとうございました。あんたがいなきゃ、俺は確実にあの世行きだった」
「礼ならあの備長炭に言ってくれ。……さて、体が冷え切ってるだろ。下山する前に、腹に何か入れよう」
俺は昨日から駆動し続けているポータブル電源から、コンパクトなIHクッカーへとプラグを差し込んだ。冬山での調理はガスが冷えて火力が安定しないリスクがあるが、耐寒仕様のポータブル電源とIHの組み合わせなら、氷点下の環境でも一瞬でお湯を沸騰させられる。
コップ一杯の雪をクッカーに放り込み、瞬時に沸騰させる。そこに投入したのは、俺が自作してきたフードドライヤー製の「超高密度トレイルラード(乾燥豚汁の素)」だ。
じゅわぁ、と味噌と生姜の香ばしい匂いが狭いテント内に広がる。
さらに、昨日の炭火の残熱でじっくりと温め直しておいた、厚切りの自家製ベーコンをナイフで切り分け、そのスープの中に豪快に投入した。
「ほら、熱いうちに食え」
「いただきます……っ」
ジローはシェラカップを受け取ると、すするようにスープを口に運んだ。その瞬間、彼の身体がビクッと震え、目から大粒の涙がぽろぽろとこぼれ落ちた。
「美味い……美味すぎる……。五臓六腑にしみわたるって、こういうことなんだな……。俺、今まで何万もする高級なキャンプ飯を動画で紹介してきたけど、この一杯のスープには、足元にも及ばないや……」
「極限の環境だからこそ、体が必要としている栄養が一番美味い。映えなんて気にしなくても、生きるための飯はそれだけで美しいんだよ」
俺がスープを飲み干すと、ジローは自分のスマホを取り出した。俺のポータブル電源で100%まで急速充電されたその画面には、数え切れないほどの未読通知が来ていた。だが、ジローはそれらを一瞥すると、ふっと静かに画面を消した。
「佐藤さん。俺、下山したら一度動画の配信を休もうと思う」
「ほう?」
「一から、あんたみたいに自分の力で自然と対峙できる『本物の技術』を学び直すよ。ソロキャンプの真の厳しさと、本当の贅沢を、自分の身体に叩き込みたいんだ。……で、もし、いつか俺が一人前のキャンパーになれたら」
ジローは真っ直ぐに俺を見つめ、晴れやかな笑顔を見せた。
「その時は、またこの頂上で、あんたの隣で肉を焼かせてくれよ」
「……その時のお前の火起こし次第だな」
俺はフッと笑い、バックパックのベルトを締め直した。
誰にも邪魔されない、孤高の雪山。そこで交わされた男二人の無口な約束を胸に、俺たちは白銀の頂を後にしたのだった。
(第十二話 終わり)




