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第十一話:凍てつく夜の来訪者と、ガチ勢の正体

地吹雪がテントのフライシートを激しく叩く音が響く。

外はマイナス十五度の極寒。だが、俺が設営したスノーウォールの内側、そして完璧に熾った備長炭の熱に守られたテントの中は、春のように暖かかった。

クッカーの中でコトコトと音を立てる、干し肉と乾燥野菜のトマトスープ。スプーンですくい、ゆっくりと口に運ぶ。

これだ。他人の目を気にせず、ただ自分のためだけに時間を使う。この圧倒的な孤独と静寂こそが、ソロキャンプの真骨頂——。

「た、助け……て……くれ……っ」

突如、風の音に混じって、テントの外からかすれた人間の声が聞こえた。

俺は即座にスープのカップを置き、ヘッドランプをつけて入り口のジッパーを開けた。

「おい、大丈夫か!?」

外には、雪まみれになりながら四つん這いで俺のテントへ這い寄ってくる、一人の男がいた。

防寒着を着てはいるが、手袋は片方失われ、顔は寒さで完全に真っ青。低体温症の初期症状だ。俺は男の腕を掴み、強引にテントの中へと引きずり込んだ。

「ハァ……ハァ……ア、暖かい……」

男はテントに入るなり、俺の熾した炭火の熱に顔を近づけ、ガタガタと激しく震え出した。

俺はすぐに、マイナス30度まで耐えられる極厚のダウンシュラフ(寝袋)を男の肩にかけ、先ほどまで自分が飲んでいた熱いトマトスープを差し出した。

「ゆっくり飲め。一気に飲むと胃がびっくりするぞ」

男は震える手でカップを掴み、大急ぎでスープを飲み干した。

数分後、ようやく人心地がついたのか、男の顔に赤みが戻ってくる。彼はコンロの中で赤々と燃える備長炭と、テントの片隅で静かに駆動している『リン酸鉄リチウムイオン・ポータブル電源』を信じられないといった目で見つめた。

「信じられない……この猛吹雪の雪山で、なんでこんなに安定した炭火を熾せるんだ……? おまけに、このポータブル電源、マイナス20度対応の自己発熱ケース入りじゃないか……。あんた、一体何者なんだ?」

「ただのソロキャンパーだ。それより、あんたはどうしてこんなことになったんだ? 装備はどうした」

俺の問いに、男は恥ずかしそうに俯いた。

「俺は……ジローっていう名前で、アウトドア系の動画配信(YouTuber)をやってる人間だ。チャンネル登録者も結構いて、正直、冬山なんて最新のギアがあれば余裕だって舐めてたんだ……」

男の告白を聞いて合点がいった。

彼の言う「最新ギア」とは、ボタン一つで高火力が手に入る最新のガスバーナーや、お洒落で軽量なワンポールテントのことだった。

「山頂に着いてすぐ、この突風でテントのポールが折れて飛ばされた。焦ってガスバーナーで暖を取ろうとしたんだけど、寒すぎてガスの缶(CB缶)が凍りついて、火が消えちまったんだ。スマホのバッテリーも寒さで一瞬でゼロになって、救助も呼べなくて……。道具が使えなくなった瞬間、自分がただの無力な人間だって思い知らされたよ……」

ジローは自分の情けない姿を思い出すように、悔しそうに拳を握りしめた。

俺は自作の防寒カバーからジローの死にかけたスマホを引っ張り出し、俺のポータブル電源から高出力のPDケーブルを繋いだ。すぐに急速充電が始まり、電子の命綱が息を吹き返す。

「最新のギアは便利だが、それは『道具が正常に動く環境』が前提だ。電子機器もガスも、極限の寒さの前では簡単に死ぬ。だからこそ、最後は自分の肉体と、原始的な火起こしの技術だけが命を繋ぐんだ。炭を並べる角度、風の読み方、自分の肺活量。そういう『泥臭い知識』をサボった人間から、山は命を刈り取っていく」

「……その通りだ。俺は、画面の向こうの視聴者に『映える』ことばっかり気にして、アウトドアの本当の怖さも、本質の楽しさも何も分かってなかった……」

ジローは炭火を見つめながら、ぽろぽろと涙を流した。自然の洗礼によってプライドを木っ端微塵に砕かれたのだ。

「まぁ、気づけたならいいさ。明日の朝、天気が回復したら一緒に下山しよう」



「ああ……ありがとう、佐藤さん。本当に助かった。……なぁ、もしよかったら、俺に一から『本物の火起こし』を教えてくれないか? 弟子にしてほしいんだ!」

「いや、断る。私にはもう、これ以上はキャパオーバーなくらい騒がしい連中が街にいるんでね」

俺が苦笑いしながら断ると、ジローは不思議そうな顔をしていた。

外の猛吹雪はますます激しさを増していたが、俺たちが囲む小さな炭火だけは、凍てつく夜の闇を優しく、そして力強く拒絶し続けていた。

(第十一話 終わり)

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