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第十話:孤高の頂へ——俺、一人の挑戦

新井美羽や木村たちに火の熾し方を教え、にわかグループにBBQの良さをちょっと教えてから数週間。学校では相変わらず「佐藤師匠!」と美羽たちに付きまわされ、加藤遥からも週末の合同キャンプのSNSが届く日々。賑やかで悪くない日常だが、俺の心には少しずつ、ある欲求が頭をもたげていた。

(……そろそろ、一人の静寂が恋しいな)

誰の面倒を見ることもなく、ただ自然と一対一で対峙する、あのストイックな時間。

俺は週末、美羽たちには「用事がある」とだけ告げ、一人でバックパックを背負った。向かったのは、公共交通機関すら通っていない、標高2,000メートルを超えるガチの本格登山ルートだ。

今回の目的は、単独での冬季登頂と、山頂直下での雪上ソロキャンプ。

これまでのような「至れり尽くせりのキャンプ場」とは次元が違う。一歩間違えれば遭難、携帯の電波も届かない、文字通り自分の実力と、選び抜いた装備だけが頼りの世界だ。

「ふぅ……やっぱり、一人の山はいいな」

冷徹な静寂が支配する雪道を、アイゼン(雪山用の靴底の爪)を利かせてザク、ザクと踏み締めていく。

背中には30キロ近い冬山装備。肩に食い込む重みすら、自分の生存をかけた心地よい緊張感へと変わる。

数時間のストイックな登高を経て、夕刻前。俺は山頂直下の吹きさらしの稜線へとたどり着いた。

視界に広がるのは、美羽たちに見せてやりたいと思うほど圧倒的な、しかし冷酷なまでに美しい純白の山脈。

「ここを今夜のキャンプ地とする」

俺はすぐにスコップを取り出し、一人で雪を掘り始めた。風速15メートルを超える突風が吹き荒れる中、風を遮るスノーウォール(雪壁)を黙々と積み上げていく。美羽たちと一緒なら役割分担できる作業も、すべて一人。容赦なく体力が削られていく。

設営を終えたテントに潜り込んだ時には、指先の感覚が半分なくなっていた。

気温は氷点下10度以下。急いで熱源を確保しなければ、本当に凍傷になる。

俺はバックパックの奥から、あのウバメガシの最高級備長炭を取り出した。

美羽の前では一瞬で点けてみせたが、この高地、かつ極寒の環境では、酸素濃度が薄く火種がすぐに立ち消えようとする。

「……舐めるなよ、冬山を」

自分自身に活を入れるように呟き、ほぐした麻紐に、手袋をしたままでもホールドしやすい極太の『フェロセリウムロッド』を構えた。ナイフの背を力強く擦り下ろすと、バチィッ!と3,000度の火花が暗いテント内を照らす。

小さな、本当に小さな火種。それを壊れ物を扱うように優しく、しかし力強く伸縮式の火吹き棒で育てる。空気が薄い分、自分の肺活量だけが頼りだ。何度も意識が遠のきそうになりながら、酸欠に耐えて風を送り続ける。

じわり。

漆黒の炭の奥から、待望の、圧倒的な紅の輝きが満ちてきた。

テントの中に、凍てつく世界を拒絶するような力強い熱が広がる。

「……よし」

俺は凍えた手を炭火にかざし、深く息を吐き出した。

美羽たちがいたら「すごーい!」と騒ぐだろう。遥なら「さすがね」と不敵に笑うだろう。

だが、ここには誰もいない。ただ、自分が熾した本物の火の音と、外を叩く猛烈な地吹雪の音だけが響いている。この圧倒的な孤独は、周到な準備と自然への敬意があってこそ成立する贅沢だ。

俺はクッカーに雪を放り込み、沸騰した湯で厚切りの干し肉を戻し始めた。

誰にも邪魔されない、孤高の贅沢。

外の風の音は、ますます激しさを増していく。

そんな凍てつく嵐の夜、この山頂の静寂を破る「あの男」が俺のテントへと位置を特定して近づいてきていることを、この時の俺はまだ、全く知る由もなかった——。

(第十話 終わり)

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