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魔王と相討って10年。転生した元英雄の少年は最強女騎士を曇らせる〜俺の死で心が壊れた彼女と再会した結果、めちゃくちゃ溺愛してくるようになった〜  作者: 甥の子
死に戻り3日目

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これからの話をしよう

お読みいただきありがとうございます

 それは、ある日の夕暮れ時のことだった。


 いつものように道場で爺様との稽古を終えた後、俺が腫れた箇所をタオルで冷やしていると声をかけられた。


「……また、おじいちゃんにいじめられたの?」


 声をかけてきたのは黒い髪の小さな女の子だった。

 父さんと母さんが命を懸けて護り、二人が死んだあの日から俺の家族となった女の子。


 その子は今にも泣きだしそうな顔で俺の顔をジッと見つめている。


 それに苦笑しつつ、苛められてなんかいないよ、と答えた。


「うそ。だってそらにい、こんなに痛そう」


 むっとして、女の子はすぐにそう返してくる。

 稽古の間はずっと部屋で隠れているくせに、終わるとこうして猫みたいに現れる。


 女の子は心配そうに俺の頬に手を添えた。

 ひんやりとしたその手が腫れあがった頬に心地良かった。


 平気だよ、と女の子の手に自分の手を重ねた。


「……痛くないの?」


 うん、こんなの全然痛くない。


「そらにいはどうしてこんなになってまでけいこするの?」


 女の子が俺を見上げる。


 大きくて綺麗な、鳶色の瞳。


 この子が俺を慕って、心配してくれるのが嬉しかった。


 重ねていた手を解いて、代わりに女の子の頭に手を置く。

 傷つけないようにゆっくりと撫でてやった。


 俺たちが家族になったあの日から、この子が寂しがる度に何度もしてあげた。


 この子が大切だった。


 父さんと母さんが遺してくれた小さな命。

 二人が戦い、生きた証。


 世のため人のためなんて御大層なお題目じゃない。


 ただ、自分の大切な人たちだけは失いたくなかった。

 両親が命懸けで貫いた想いを繋いであげたかったというだけの話。


 信念と呼ぶにはなんとも若くて、荒っぽくて、独善的な気持ちだと自分でも思う。

 けど、だからこそ忘れないと心に誓った。


 これから先、どんなに道に迷っても胸に宿ったこの灯を決して途絶えさせないようにと。


 それが原点。

 死んだ今も消えることなく輝き続ける、宝物のような記憶だった。




   †



 開け放たれた窓から冷たい夕風が吹き込んでくる。

 その感触で俺は眠りから目を覚ました。


「っ……は、っづ……!」


 身じろぎするだけで鋭い痛みが走った。

 加えて、体から生命力をごっそり持っていかれたようなひどい倦怠感。


 俺はベッドの上で眠っていた。

 微かな消毒液の匂い。おそらくは医務室だろう。


 腹に力を入れて無理やり起き上がり、体を見下ろす。

 簡素な病衣に包まれた体はところどころが包帯で覆われていた。


 身の丈を越えた魔術を行使した反動だろう。

 そういえば決闘の直後に俺は血を噴き出して倒れたんだっけか。


 ぼやけた頭で、自分の置かれた状況を考えていると、



「――ああ、よかった。目が覚めたのですね」


 傍らで声がした。

 唐突にかけられた声に驚き、首を横に向ける。


 そして、その人物を目にした瞬間、霞みがかっていた意識が一気に覚醒した。


「―――え?」


 そこにいたのは一人の女だった。

 ベッド脇に置かれた椅子に行儀よく座っている。


 女の美貌はあまりにも常軌を逸していた。

 窓から差し込む夕焼けに照らされて淡く輝く金糸の髪。

 こちらを真っ直ぐに見据える蒼い瞳はどこまでも清らか。

 神話に語られる女神というのはきっとこのような姿だったのではないかと本気で思った。


 そんなある種の幻想的な美しさに目を奪われていると、女は悪戯が成功したかのようにクスクスと笑いだす。


「ふふ。どうしました? そんなに目を丸くして。まさか見惚れているのでしょうか? 自分で言うのもなんですが、私綺麗になりましたからねぇ」


「……………」


 何故か女は胸に手を当ててドヤ顔を決めてきた。


 なんだろう。

 見惚れていたのは事実だが、こうも自信満々に言われると素直に認めるのもなんだか癪な気分。


 女はさも親しげな眼差しでこちらを見つめてくる。

 10年の隔たりはあれど、彼女の容姿には覚えがあった。


 おそらくこの金髪美女は……いや、止そう。

 どういう経緯か知らないが、ここまで確信を持たれて話しかけられたら誤魔化そうという気も湧いてこない。


「……おはよう。大きくなったな、ユフィー」


 掠れた声で応じる。


 ユーフィリア。

 アルカディア聖王国の王女にして、カイラードと血を分けた実の妹。


『魔の森』の最終決戦の前、聖都で別れたきり、それが最後となってしまった女の子。


「……はいっ。おはようございます、お兄様」


 碧眼を潤ませながら、ユフィーが微笑む。

 記憶の中では幼い少女だった彼女は今や立派な淑女となっていた。


 ユフィーは嬉しさを噛みしめるように、俺の手を握る。


「いつからそこに?」


「一時間ほど前から。私の気配にも気づかないとは、かなり深く眠っていたようですね」


 ……マジか。

 いくら消耗していたとはいえ、人前で一時間も熟睡してたとは。


 腕だけでなく勘の方も大分鈍ってたらしい。


「まぁいいや。改めて、ひさしぶり、ユフィー。また会えて嬉しいよ」


「ええ。お久しぶりです、お兄様。私もこうして再会できたことを嬉しく思います。まさか早々にこんな大怪我をしているとは思いませんでしたが」


「成り行きってやつだよ。まぁ、自分でも年甲斐もなくハッスルしたなとは思ってるけど」


「そうですね。相変わらずお兄様は無茶をしすぎです。特に最後の『天声』は余分でした。あの程度の騎士、お兄様であれば余裕で勝てたでしょうに」


「……もしかして見てたのか?」


「ええ、一部始終。ちなみにお兄様と決闘したあの騎士は別の部屋で治療中のようです。どうします? お望みならば今すぐ止めを刺してきますが?」


「刺すな刺すな。俺たちの間で決着はついてるんだ。お前の出る幕はないよ」


 散歩のついでに、みたいなノリで事もなげにユフィーは言う。

 なんで俺の周りにはこうも過激派が多いんだか。


「……残念です。それにしても私がいることにあまり驚いていないようですが、もしかして予想していたのですか?」


「まさか。こう見えて充分驚いているよ。ただ、アルカやアーラが俺の前に現れた以上、同じような連中がきっと来るだろうなとはなんとなく思ってたから」


「なるほど。その口ぶりですと記憶に欠損はないようですね。大変結構。それは私にとって喜ばしい情報です」


 ふふっ、と口元に手を当てユフィーが笑う。


 子供ながらに大人びたヤツだとは思ってたけど、実際に大人の姿でそういう仕草をすると随分サマになってるな。


「で、お前はどうやって俺がこの世界に死に戻っていることを知ったんだ? 偶然ってわけじゃないんだろう?」


「事前に聖剣(アルカディア)様よりお話を伺っていただけですよ。お兄様が死に戻るならあの方のお膝元以外にありえないと。ゆえに、この街にはあらかじめ連絡網を敷き、異変があったらすぐに報告するよう根回しをしておきました」


「そりゃまた気の長い話だな。俺がいつこの世界に死に戻ってくるかはアルカにだって読めなかっただろうに」


「ええ、それについては私も予想外でした。この10年は私たちにとって怖ろしく長いものでしたが、一人の人間が産まれて、生きて、死ぬまでにはあまりにも短い時間です。正直なところ、私は貴方を100年は待つ覚悟でいましたが―――」


 ユフィーの白く、たおやかな指が胸をなぞる。

 そこには、さっきの決闘でできたものとは別の――胸全体に広がる大きな傷跡があった。


 ユフィーは俺に顔を寄せて、


「あまりにも短い人生でしたね。心より、お悔やみを申し上げます」


「―――――」


 悼むようにそう言った。


 それだけで、その言葉だけで――この世界に戻ってきてからずっと胸の奥底にしまい込んでいた感情が溢れでそうになった。


「……っ、はは……別に。死ぬのは、あれだ。初めてってわけでもなし。今はともかく戦時中なら、俺ぐらいの齢で死ぬヤツだって……少なく、なかったし」


「二度だろうと三度だろうと死とは哀しいものですよ、お兄様。誰かと比べる意味だってありません」


「―――!」


 ユフィーが俺の肩に手を置き、そっと抱き寄せる。

 優しい花の香りがした。

 昔は知らなかった、大人になった彼女の匂い。


「お兄様を失った時、決めたことがあります。もしもまた出逢えたなら今度こそ私が貴方を幸せにすると。感情とて積み重ねれば澱のように溜まり、腐っていく。溜めこんでいるものがあるなら残さず吐き出すべきです」


「……俺は、自分の人生に……後悔なんて、してないっ」


「たとえ後悔はなくとも未練はあるでしょう? それに、『カイラード』と『ソラ』の人生はまた別です」


「知った……ふうな口をきくな。何も知らないくせに……っ」


 声は暗い濁りを帯びていた。

 直後、腹の底から後悔が沸き上がる。


 ああ、今のは完全な八つ当たりだ。

 向こうの世界でのことをユフィーが知らないのは彼女のせいじゃないのに。


 でも、理屈では分かっているのに、取り消せない。

 謝る言葉さえ、喉が詰まって出てこない。


 そんな子供じみた態度をとる俺に、ユフィーは首を横に振る。


「たしかにソラという少年のことを私は何も知りません。でも、古傷だらけのお兄様の身体を見た瞬間に一目で解りました。お兄様はずっと戦ってきたのでしょう? 許せないことがあって、譲れないものがあって、護りたい者があって。そのために戦い続けてきた」


「…………」


「それは決して無意味なことではない。かつての私たちがそうであったように、今の貴方に救われた者は向こうの世界にも必ずいるはずです」


 耳に届く音はどこまでも優しい。

 ぎゅっと強く抱きしめられる。

 腕から伝わってくる温もりが泣きたくなるくらいに熱かった。


「よく頑張りましたね、『ソラ』。つらいことも哀しいこともたくさん乗り越えて、この世界へ生きついた貴方を心から尊敬します。だからどうか貴方も、貴方の人生を悼んであげてください」


「………っ!」


 言葉が、胸の内に染みわたっていく。

 慈しむような、愛おしむような、やわらかい声色。

 血が滲むほど歯を噛んで耐えていたのに、涙腺はあっさりと決壊した。


 溜め込んでいた激情が津波となって外へと押し出される。


「……死にたく、なかった」


 口をついて出たのは、王としても、兄としても、あまりにも情けない弱音だった。

 でも、それが『カイラード』ではない『ソラ』の、誤魔化しようのない本音だった。


 涙は止まる気配がなくて、湧き上がる感情のままにユフィーの身体にしがみつく。


「死にたくなかった。生きていたかった。あの世界でっ。だって……まだなにも、恩返しできてないんだ。まだなにも……伝えきれてないんだっ。あの人たちが大切で……っ。だから必死で頑張って、努力して、全部護れるようにって……っ! なのに、全然足りなくて!」


「ええ」


「なんで、向こうでのことを忘れてないんだって……思ってる。こんな気持ちになるくらいなら、いっそ忘れたかった。女々しいって、自分でも嫌になるよっ! でも、もうあの子には会えないってのに、なんで今さらあの頃の夢なんて見るんだ……!」


「ええ、つらかったですね」


 堰を切った感情が、どうしようもなく溢れ出す。


 涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔がユフィーの服を汚した。

 ユフィーは気にせず、赤子をあやすように背中を叩いてくる。


 情けない。かっこわるい。

 妹の前で泣きじゃくるなんて。


「俺は………」

「ええ」

「おれ、は……っ」

「ええ」


 絶対に口にしてはいけない言葉を言おうとしている。

 この言葉は、きっと俺を待っていてくれた人たちの心を傷つける。


 なのに。

 そうと理解しているはずなのに、どうしても堪えきれなかった。


「おれは……この世界に、もどってきたくなんてなかった……っ!」


 カイラードとしての自分。

 ソラとしての自分。


 アウローラたちが求めているのは前者だ。

 彼女たちは俺と再会して、泣いて、笑って、感謝してくれたけど、『ソラ』の境遇に心を寄せてくれることはなかった。


『カイラード』との再会を喜ぶことは、イコール『ソラ』の死を喜ぶということ。

 そんな被害妄想じみたことを考える自分が堪らなく嫌だった。


「かえりたい……っ。向こうの世界に、かえりたいよ……っ!」


「ごめんなさい。私には、その願いを叶えてあげることはできない」


 ユフィーがそっと額に唇を近づけてきた。

 慰めるように、触れるだけのキスをする。


「だから代わりに、これからの話をしましょう、ソラ。泣いて、泣いて、涙が枯れるまで泣きつくしたあと。向こうの世界の人たちに自慢できるくらい楽しい、これからの話を。何も心配する必要はありません。私は、貴方を幸せにするためにここにいるのだから」


 優しい声で、優しい言葉を語る。


 ユフィーの腕の中で、彼女の心音を聞いた。

 穏やかな鼓動に、乱れた呼吸が重なる。


 嗚咽が喉を震わせる。

 理性の壁はとうに崩れ去っていた。


「うぁ……っ…ああああ……!!」


 みっともない泣き声が室内に響き渡る。

 力いっぱい抱き着かれて痛いだろうに、ユフィーの華奢な身体は揺るがない。

 ただ強く、優しく抱きしめてくれる。


 泣き疲れてもう一度眠りに落ちるまで、俺はずっとユフィーの胸で泣き続けた。



「──そう。すべてうまく行く。大丈夫です。貴方の幸せに邪魔なものは私が残らず排除しますから」



 意識が途絶える寸前、そんな囁くような声を聞いた気がした。





ここまでお読みいただき、ありがとうございました!

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