決闘②
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(……これは、なに? 一体何が起きてるの……?)
壇上から降り、二人の決闘を見守っていたミリアリアは目の前の光景に無言で目を見張った。
いざとなれば止めるつもりだった。
ウェルズリーがソラを殺してしまう前に。
あるいは少年が手遅れになるような怪我を負う前に。
なにせ彼はまだ10代に差し掛かったばかりの子供だ。
いくら聖騎士の弟子とはいえ、子供を見殺しにするなど騎士としての誇りが許さない。
たとえ部下殺しの汚名を被り、その後この首を刎ねられることになったとしてもミリアリアは止めるつもりだった。
だが、
「がはっ!?」
都合七度目。
壇上の端まで吹き飛ばされたアラン=ローヌ=ウェルズリーが脂汗を滲ませながら身を起こす。
裏地に魔術刻印が刻まれた騎士団製の防護装束は既に機能していない。
所々が破れ、その隙間からは青黒い痣が覗いていた。
もしかしたら骨の数本は折れているかもしれない。
「この、平民風情が……ッ!!」
ウェルズリーは少年を睨みつけ、橙黄色の魔力を足元へ集中させた。
その姿が一瞬にして掻き消えた。
――『天靴』だ。
接地面を魔力で弾き、高速移動する魔術の一種。
魔封環により能力を大幅に制限されてはいても、常人では目で追うことすらできない速度。
それを―――
「―――間抜け」
高速移動するウェルズリーに対して、ソラはその場でステップを踏んだ。
直後、石床からの衝撃波が壇上のいたるところで発生。
気づいたウェルズリーがぎょっと目を剥くが速度を殺すことができず、衝撃波の中へ突っ込む。
さながらそれは空気の爆弾となって、ウェルズリーを一気に襲った。
「がぁああっ!?」
悲鳴を上げながら、ウェルズリーは練武場の上空まで吹き飛ばされる。
そんなウェルズリー目掛け、ソラは大きく跳躍。
木剣を振りかぶり、ウェルズリーを容赦なく打ち落とした。
「ごはっ!!」
派手な音を立てて石床へ落下したウェルズリーは激痛によって悶絶する。
纏った魔力は蝋燭の炎のように消えかかっていた。
「何度同じことを繰り返せば気が済む。碌に制御もできない『天靴』でヒットアンドアウェイなんて成功するわけないだろうが。間合いに入るのをビビってんのがバレバレだ」
地上十メートルから軽やかに着地したソラが投げやりに指摘する。
ウェルズリーは割れるほどに歯を食いしばり、床に手をつき立ち上がった。
決闘が始まる前とは違い、その表情には混乱と恐怖の色が混じり始めている。
「………ありえない」
そして、その思いはミリアリアもまた同様だった。
『魔術』とは生命エネルギーである魔力を利用した『体術』だ。
特殊な魔具や先天的な異能、あるいはアウローラのように魔力そのものが稲妻と化した例外は別として、向き不向きや練度による差はあれど、再現すること自体は理論上可能なのだ。
だが、今ソラが行使した魔術の一つをとってみてもミリアリアにはその術理がまったく解らない。
しかも―――
(なんで、あんな低密度の魔力でウェルズリーの守りを突破できるの!?)
魔力は密度を増すごとに色が濃くなり、より強力になる。
ソラが纏う魔力は完全な無色だった。
眼を凝らして視なければそうと分からないぐらいの薄い魔力。
あれでは防護装束を壊すどころか、ウェルズリーの魔力を破ることすらできない。
(攻撃の瞬間にだけ魔力密度を高めている? それとも防護装束の術式を解析して……?)
いずれにせよ、このままではウェルズリーに勝ち目がないことは誰の目にも明らかだ。
ウェルズリーは悔しそうに右腕を見る。
――『魔封環』。
己の魔力を制限する拘束具。
これさえなければ。
そう言いたげなウェルズリーの視線に気づいたソラが、
「――外せよ」
と、切り出した。
少年が何を言っているのかをミリアリアはすぐさま理解する。
始める前に定めた決闘の条件を覆す提案。
仮に枷を外せば、ウェルズリーは怒りのままに少年を殺すだろう。
そう確信したミリアリアは堪らず口を挟む。
「ソラ君ッ!」
「あー、いいよ。エイベルさん」
ソラはひらひらと手を振り、構わず続ける。
「このまま続けても俺が圧勝するだけで観客もつまらないでしょう。余力を残したまま負けてもコイツは納得しないだろうし、あとからゴチャゴチャ言われても面倒くさい」
「……ふざけるなよ、小僧。貴様のような平民に全力を出すなど、貴族としての誇りが許すものか……ッ!」
血泡を飛ばしながらウェルズリーが叫んだ。
ソラはそれを、はっ、と鼻で嗤い、
「これだけ一方的にボコられといてどの立場で物言ってんだ、お前は。いいからさっさと外せ、のろま。どのみち今のお前じゃ俺に一発入れることだってできやしない」
「………ッッ!!」
その言葉でウェルズリーの顔が赤黒く染まった。
どこまでも己を侮辱する目障りな平民を殺してやると。
それしか考えられなくなったように。
激情のまま右腕の『魔封環』へと手を伸ばす。
「――殺す!!」
ウェルズリーは力任せに『魔封環』を投げ捨てた。
瞬間、消えかけていた魔力が怒涛の勢いで噴出する。
内包されていた魔力が解き放たれ、その出力は倍以上に跳ね上がった。
魔力の奔流が烈風を巻き起こす。
(あの馬鹿……っ!)
ミリアリアが内心で舌打ち。
おいおいと、観戦していた観衆までもが俄かにざわつき始める。
それらの反応を無視してウェルズリーは雄叫びをあげながら突進した。
「っおおぁぁああ!!」
木剣が唸りを上げる。
ソラが纏う魔力ではとても防ぎきれない威力。
少年を圧殺する勢いでウェルズリーは木剣を振り下ろす。
その一撃をソラは真横へ飛んで回避。
全力で振るわれた木剣は壇上の石床を叩き割り、破片を撒き散らす。
「逃がすかっ!!」
跳躍するソラをウェルズリーは追撃。
斜めに振り上げた一撃が側頭部へと迫る。
だが、木剣が届くその寸前にソラは身を翻し、ウェルズリーの横をすり抜ける。
「ちょこまかと――ッ!!」
追撃。回避。追撃。回避。追撃。回避。
その繰り返しだった。
壇上の上を縦横無尽に駆けながら、次々と繰り出されるウェルズリーの攻撃をソラはいとも容易く躱し続けていく。
魔封環を外したことで速度も格段に上がっているというのに、少年の動きをウェルズリーはまったく捉えられない。
「どうした、逃げるだけか!? 偉そうなことを言っても、結局私が恐ろしいか!?」
「そうか。なら、今度はこっらから攻めてやる」
苛立ちに叫ぶウェルズリーにソラが応じた。
踏みとどまり、強引に方向転換。
ウェルズリーに向かって走り始める。
急接近するソラに警戒したのか、ウェルズリーが魔力出力を最大に引き上げた。
ソラは気にせず前進。
横薙ぎに振るわれた一撃をスライディングして躱すと、木剣でウェルズリーの胸を軽く小突いた。
途端、バシュンッ! と空気が抜けるような音が練武場に響き渡る。
「な……っ!?」
(――うそ!?)
ウェルズリーの表情が凍りつき、ミリアリアが瞠目する。
ウェルズリーが纏っていた魔力が煙のように霧散したのだ。
何が起きたのか理解できず、ウェルズリーは呆然と己の身体を見下ろす。
「馬鹿が。敵を前に何を呆けているか」
「がっ!?」
足元に叩き込まれた鋭い一撃。
下段払いによってあっさりと体勢が崩される。
「魔力密度を上げる時は常に『遊び』を持たせろ。内圧限界まで上げた魔力は張り詰めた風船みたいなものだ。留める技術が未熟であれば、外からの刺激で簡単に弾ける」
言いながらソラは宙を舞うウェルズリーに連撃を打ち込む。
右肩、左脇、鳩尾、右胸。
最後にウェルズリーの顔面を思いきり殴りつけた。
子供の細腕、脆弱な魔力であろうと魔力を纏わぬ生身の状態では大きなダメージを受ける。
ウェルズリーの体は床を数回バウンドしても止まらず、壇上を飛び越え背後の石壁へと激突した。
砂埃が濛々と立ち込める。
その中でウェルズリーがもぞもぞと動いた。
どうやらまだ意識までは飛んでいないらしい。
「しぶといな。いや、今の俺が貧弱すぎるだけか。まぁどちらにせよ、意識があるならまだ戦えるな。ならさっさと立って、とっとと掛かってこい。何度でもぶちのめしてやる」
ソラは最初と同じく、木剣を肩に担ぎ、構えもしない棒立ちでウェルズリーを挑発する。
しかし、ウェルズリーはそれに激昂することなく、ただ膝をつきダラダラと流れる鼻血を押さえていた。
その瞳に宿るのはもはや怒りでも闘志でもなく、恐怖だけ。
おそらくここに来てようやく、ウェルズリーは自分が相対する存在の異常性に気がついたのだろう。
「……ありえない」
同じセリフをミリアリアはもう一度繰り返す。
少年の力は単なる才能によるものではない。
否、もちろんそれもあるのだろうが、それだけの薄っぺらなモノではない。
ミリアリアには少年の強さは確かな練度と経験によって裏打ちされた実力のように見えた。
もし、そうだとしたら。
彼はどうやってあの幼さであれほどの強さを得たというのか……?
当初の予想を裏切る展開に練武場が静まり返る。
ウェルズリーの荒い呼吸だけがやけに大きく響いた。
そこへ、
「……騎士の面汚しが。なんだ、あのザマは」
観衆の一人が呟いた。
自分の半分程度しか生きていない子供相手に無様を晒すウェルズリーを侮蔑する言葉。
誰に同調を求めたわけではない。
ただ偽らざる本音を漏らしただけ。
しかし、小さなその呟きは瞬く間に練武場全体へ伝播した。
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