食い物を粗末にするなと某海賊団のコックも言っていた
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(……ちっ、嫌なやつが)
ミリアリアは内心で舌打ちする。
突如会話に割り込んできた橙色の髪をした若い男。
名をアラン=ローヌ=ウェルズリーという。
聖王国南部の上位貴族ウェルズリー家の三男。
今期に第六分隊へ配属されたばかりの新米騎士で、つまりはミリアリアの部下だ。
プライドが高く、入団以降も周囲と頻繁にトラブルを起こす問題児。
特に直属の上官であるミリアリアに対しては何かにつけて反発する面倒な相手だった。
男は視線をミリアリア、そしてその正面に座るソラへと向ける。
「訓練を終えて食事を摂りに来てみれば、こんなみすぼらしい子供に出くわすとはな。誰だお前は? なぜお前のような部外者がここにいる?」
ソラの素性が気になるというよりも、部外者がいるのが気に食わない。
そんな質問の仕方だった。
男の威圧的な態度にソラは目を丸くする。
無視してもよかったが、黙っていても状況は変わらないなと思い、男に答えようとして、
「――この子は客人だ、ウェルズリー」
それより早く、ミリアリアが立ち上がり声を発した。
先ほどまでの和やかな雰囲気から一転、ミリアリアは険しい顔で男を睨みつけている。
視線を受けたウェルズリーはおどけるように口端を歪ませ、
「これはこれは。我らが第六分隊のエイベル隊長ではありませんか。こんなところで一体何を? 本日は確か特別任務とやらに従事する予定だったのでは?」
「これがその特別任務だ。この少年はエヴァーフレイム卿の弟子。彼女とアークレイ市長両名からの要請で私はこの子の案内役を任されている。この件は団長も了承済みだ。お前が口を挟むことではない」
「……弟子? あの女の?」
ウェルズリーは訝しむようにソラを見やる。
ミリアリアは立ち上がり、さりげなく少年を庇うよう位置をとる。
ウェルズリーは、ハッ、と傲然と鼻を鳴らし、
「別に文句を言うつもりはありませんよ、エイベル隊長。まあ、こんな子供のお守りが特別任務とはいささか面白い冗談とは思いますがね?」
「任務の重要性をお前如きが判断するとはそれこそ面白い冗談だな、ウェルズリー。いつからお前はそんなに偉くなった? ここはお前の我儘が全て罷り通るお屋敷ではないんだぞ?」
――お坊ちゃま、と。
冷たい声音でミリアリアは、くすり、と嗤い返す。
その言葉にウェルズリーは表情を消し、おもむろに腰の剣に手を添えた。
「吠えるなよ、平民風情が」
「貴様こそあまり図に乗るなよ。家柄に恵まれただけのボンボンが。あれだけ叩きのめされてまだ懲りないのか?」
殺気を向けられ、ミリアリアもまたテーブルに立てかけていた剣を手に取る。
このような事態は初めてというわけではない。
これまでもミリアリアはウェルズリーからの挑戦を幾度となく受けている。
その結果はミリアリアの全戦全勝。
アウローラに命を救われ、己の無力を知ったあの日からミリアリアは死に物狂いで鍛錬を繰り返し、平民としては異例の若さで分隊長の座に就いた。
入団して一年にも満たない新人になど決して遅れはとらない。
唯一懸念があるとすれば――
(後ろにはソラ君がいる。万が一にも危害が及ばないように注意しないと)
ソラの位置を意識しつつ、ミリアリアは重心を落とす。
対してウェルズリーは即座に抜剣できるよう構えをとっていた。
食堂にいる他の者たちも異様な雰囲気に気づき、食事の手を止め、ざわつき始める。
一触即発の空気の中、ミリアリアとウェルズリーは互いに一歩踏み込もうとして、
「――はい、そこまで」
軽い口調とともに、ソラが二人の間に割って入った。
その場の空気を完全に無視した行為に二人は硬直する。
それからミリアリアは顔面を蒼白にし、ソラへと詰め寄った。
「ちょっ、何してるのソラ君ッ!? 危ないでしょ!?」
「危ないのはエイベルさんの方ですよ。何これから殺し合いするみたいな空気出してるんですか?ここは食事をするところで、剣を抜く場所じゃないでしょう」
呆れたようにソラが言うと、ミリアリアは、うっ、と押し黙る。
一方で水を差されたウェルズリーは不愉快そうに顔を顰めた。
「……どういうつもりだ、小僧。関係ない者は引っ込んでいろ」
「いや、俺のことで揉めてるっていうなら関係なくはないでしょう。ただまぁ、部外者なのはその通りですけどね。俺のことが気に入らないなら大人しく出ていきますので、それで収めてくれませんか?」
譲歩する言葉ではあったが、ソラが必要以上に謙ることはなかった。
自分を恐れず堂々と対峙するソラの態度に、ウェルズリーが眉を顰める。
ミリアリアはあまりにも聞き分けの良すぎるソラの提案に納得がいかず少年の肩を掴んだ。
「ちょっと待って。そもそもソラ君が気を遣う必要なんてないのよ? 団長が許可を出してるんだから、あんなヤツの言うことなんて無視して、」
「そういうわけにもいかないよ。俺がいることで不快になる人がいるなら無理に居座るつもりはない。それにこんなことで騒ぎを起こしてもエイベルさんの立場を悪くするだけでしょ?」
「そんなのソラ君が気にすることじゃ……」
「これだけ良くしてもらって、そういうわけにもいきませんよ。いいから行こう、エイベルさん。あ、でもその前に食事の残りを片付けないと。悪いけど、それまで少し待って――」
言いかけた瞬間、ガシャァァン! と不快な騒音が響き渡った。
ウェルズリーが足を振り上げ、ソラたちが使っていたテーブルを勢いよく蹴り飛ばした音だ。
椅子が吹き飛び、食器が床に叩きつけられて砕け散る。
ぶちまけられた昼食が無残に床を汚した。
喧噪が凍りつき、食堂中の視線が一斉に集まる。
「これで片付いただろう? さっさと出ていけ」
ウェルズリーが嘲笑交じりに言い放った。
「………ッ!!」
あまりに横暴な行動と物言いにミリアリアの理性が焼き切れそうになる。
喉から絞り出したような呻き声が漏れた。
「お前、いい加減に……ッ!!」
「――エイベルさん」
爆発しかけた怒声は少年の声によってかき消された。
呼ぶ声は静かで、平坦。
だが、そこにあるのは鋼の重み。
明らかに先ほどまでの少年とは気配が違う。
「………っ」
ぞくり、とミリアリアの肌が泡立つ。
息を呑み、本能的に少年から後ずさった。
「……民が作った糧を足蹴にするか。10年前は、一欠片のパンを得るために命を落とす者だって少なくなかったというのにな」
じっと、ソラは散乱した食事の残骸を眺めて呟く。
それからウェルズリーへ視線を向けた。
「それで? 一応訊くけど、これは一体何の真似だ?」
声は無情に。
言葉は鋭利に。
少年は男に問いかける。
「……訊かなくても分かるだろう? ここは騎士団の支部だ。お前のような平民の子供がいていい場所ではない。だから、お前がここにいる理由を排除してやったまでだ」
無意識に腹に力を籠めてウェルズリーは答えた。
それは彼にとって当たり前の正しさの主張。
人は生まれながらにいるべき場所、立つべき位置が決まっている。
平民が貴族の上に立ち、己の意を通すことなどあってはならない。
それがウェルズリーの信じる世界の常識だった。
「ここは選ばれし者のための殿堂だ。騎士団所属の者しか立ち入ることを許されない。ましてやお前のような身分も怪しい小僧が……この聖域に立つことがどれほどの蛮行か理解しているのか!?」
怒声が空気を震わせる。
食堂内の騎士たちの視線は今や完全にソラとウェルズリーに集中していた。
「……なるほど。そっちの主張は理解した」
ソラは表情一つ変えずに再び床に散らばった食事に視線を注ぐ。
そのまま床に膝をつき、両手で散らばる食材をかき集める。
そうして残飯を手のひらいっぱいに抱えると、躊躇なくそれを口に運んだ。
「―――ソラ君!?」
ミリアリアが目を見張る。
ソースと土に塗れた指先がソラの口元を汚した。
時折聞こえる、ジャリッ、という鈍い音。
食器の破片が混ざっていたのだろう。
ソラは構わずに食事を続ける。
「……は、ははっ。ははははははっ! なんだ、その卑しい様は! まさか床に散らばった残飯を口にするとは! 傑作だな! 平民には誇りというものがないらしい!」
ウェルズリーの笑い声が食堂に響き渡った。
腹を抱えながら膝を叩き、床に伏せるソラの姿を指さす。
「何が聖騎士の弟子だ! エイベル隊長。お前が連れてきたのは乞食か!? いや、そこらの犬の方がまだマシかもしれんな!」
ウェルズリーにとってソラの行動は滑稽極まりなかった。
残飯を掬い上げ、貪る姿はまさに餌を漁る野良犬だ。
その無様さがウェルズリーの歪んだ自尊心を刺激する。
「もういい、ソラ君っ。やめて。お願いだから……ッ!」
ミリアリアが必死に懇願するも、それでもソラは止まらない。
途中でえずきながらも、無理やり食事を喉に詰め込む。
やがてすべてを食べ終わると、ゆっくりと立ち上がり、ふぅ、と息を吐き出した。
「どうだ、小僧? 地べたに落ちた残飯の味は。美味かったか?」
薄笑いを浮かべながらウェルズリーが問いかけてくる。
それに対し、ソラは、ふふっ、と満面の笑みを浮かべて、
「――美味いわけねぇだろ、クソ野郎」
トン、と。
靴底で食堂の床を叩いた。
それは本当に軽い音だった。
鳥が木に止まった時のような些細な振動。
――しかし次の瞬間、ウェルズリーの身体に衝撃が走った。
「ごがっ……!!?」
まるで頭上から巨大な鉄槌が振り下ろされたかのように、顔面から床に叩き伏せられた。
メキメキッ、という不気味な音を立てて骨と肉が軋みを上げる。
鼻の奥から広がる血の味と痛み。
(な……んだ……!? 一体、何が起きた!?)
混乱と怒りの中でウェルズリーは顔を上げる。
そこで彼は見た。
己を見下ろす少年の絶対零度の眼光を。
「…………っ!?」
あまの威圧感にウェルズリーは気圧される。
反射的に立ち上がろうとするも、体がまったく動かない。動けない。
「泥混じりの飯ってのは相変わらず最悪だが」
ソラは服の袖で乱暴に口元を拭い、
「それでも腹は膨れるし、飢えは凌げる。身分に関係なく、人は食わなきゃ生きていけない。お前はきっと飢えの苦しみを知らないで育ったんだろうな。だから、こうして簡単に食い物を棄てることができる。そういうのをな、傲慢って言うんだよ」
胸の奥底から湧き上がる不快感を露わに吐き捨てる。
「モノの価値は時代や環境、個人の主観によって変動する。お前の価値観をどうこう言うつもりはない。だがな……食い物を粗末にするななんてのは貴族だの平民だのの前に人として最低限のマナーってもんだろうが」
こちらを見下す言動は、腹立たしいが飲み込もう。
平民を蔑む貴族など珍しくはないから。
ミリアリアへの侮辱もまぁ見逃そう。
部外者である自分が口出しすべきことではないから。
だが、食い物を平然と投げ棄てる行為は断じて看過できない。
「『ウェルズリー』の家名とその髪。……お前、バナードの息子だな? 古くより続く英雄の血筋もここまで濁ったか。お前のような馬鹿は即刻首を刎ねるところだが、亡き戦友への誼で一度だけお前らの作法に付き合ってやる」
ミリアリアの着けていた手袋をするりと抜き取る。
その動作があまりにも滑らかで、ミリアリアは反応することさえできなかった。
手袋が宙へと放られる。
ふわりと弧を描いた手袋は重力に従い、ウェルズリーの眼前へと落ちた。
「拾えよ、クソガキ。その腐った根性、叩き直してやる」
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