食堂にて
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正午を少し過ぎたあたりで調べものを切り上げ、俺たちは支部内の食堂へ向かった。
100人以上は入れそうな広い食堂には、訓練を終えた騎士たちがまばらに残っているだけで、ピークタイムはとうに過ぎているのが分かる。
そのおかげで席に困ることはなかったが、子供の俺が騎士や職員たちに混ざっているとどうしても目立ってしまうらしい。
エイベル騎士と二人で席に着いてからも、なんとなく視線を向けられている気がした。
若干の居心地の悪さを感じつつ、エイベル騎士が持ってきてくれた料理に手をつけ始める。
うん、さすが騎士団の食堂メニュー。
肉類が中心で、荒っぽい濃いめの味付けだった。
量も充分。
フェリシアの料理とはまた違う、訓練後の疲れた体に染みわたるだろう美味しさだった。
子供の体は意外と燃費が悪いようで、朝に食べた質素なパンと干し肉だけじゃ到底足りなかったのだ。
思わずバクバク食べてしまう。
「気持ちのいい食べっぷりだね。ソラ君には少し多いかなって思ったんだけど、余計な心配だったかな」
エイベル騎士が笑いながら言う。
微笑ましく見つめるその表情が、なんだか気恥ずかしかった。
「あー……すみません、がっついちゃって。朝あんまり食べてなくて」
「謝ることないよ。育ちざかりの子供はこうでなきゃ。ただし、慌てて食べて喉に詰まらせないようにね」
エイベル騎士がそっと水を差し出してくる。
子供扱いされるのはまだ慣れないけど、素直に受け取り一気に呷った。
「それにしても、さっきはすごい集中力だったね。あんなに積まれた本や新聞を次々と……私が子どもの頃は活字を読むこと自体苦手だったのに。ソラ君て、もしかして実は良いとこの出だったりするの?」
「……はは、まさか。俺はしがない平民ですよ。速読がそれなりに得意ってだけです」
前世では立場上、書類の速読は必須スキルだったし。
もっとも、今の俺は平民どころか戸籍すらもないんだけど。
「そういうエイベルさんこそ平民ですよね? この街は長いんですか?」
「私? 騎士学校を出てすぐにラルクスに配属されて、もうすぐ4年になるけど。どうして?」
「いや、ただの雑談。平民で、しかもその若さで小隊の隊長になるなんて、よほど優秀じゃないと難しいだろうから。色々とやっかみもあるんじゃないかなって」
アルカディア聖王国では貴族は三つ、王族は四つの名を持つことが許されている。
名前が二つ以下なら平民か移民のどちらかだ。
ミリアリア=エイベル。
名前が二つ。
つまり彼女は平民出身というわけだ。
「……まぁ、そういうのもないわけじゃないけどね。でも、私が優秀かどうかはさておき、上の立場にいる以上ある程度は仕方ないと思ってるよ」
「大人ですね」
「これでも一応隊長ですから。……それに、私程度の人間に嫉妬しても意味ないと思うしね。そういう人たちはきっと、本物の天才がどんなものか知らないんだろうなって」
エイベル騎士が自嘲気味に笑う。
誰のことを言っているのかはすぐに分かった。
「……アーラのことですか? そういえば命を救ってもらったって言ってましたね」
「この街に赴任したばかりのころ、ちょっとしたヘマをしてね。『魔の森』で仲間とはぐれて魔獣の群れに囲まれたところをエヴァーフレイム卿に助けてもらったことがあるんだ。……もっとも、あの人はその時のことを覚えていないようだったけど」
「あー……それについては本当に申し訳ないというか……」
アーラは俺以外の人間に対して極端に関心が薄い。
ましてや一度助けただけの他人を覚えているはずもない。
そのあたり、アイツの人間関係の狭さに呆れる。
けれど、エイベル騎士を首を横に振って、
「ああ、それについてはいいんだ。あの人にとって、私の存在は路傍の石と変わらなかっただろうし、実際あの人と私の実力にはそれだけの隔たりがあったから。でも……自分とそう変わらない齢の人が魔獣の群れを一瞬で消し飛ばすのを見たら、やっぱり愕然としちゃうよ。『ああ、私みたいな凡人じゃ一生かかっても届かないんだろうな』って、卑屈になるっていうか……ね」
エイベル騎士が目を伏せる。
顔には憧れと、微かな諦めが混ざっていた。
だけど、
「……別に、エイベルさんがただの凡人だとは思いませんけど」
「え?」
「死ぬような目に遭って、才能の違いを見せつけられて。けど、それでも諦めずに剣を振るい続けたんでしょう? 誰にでもできるようなことじゃない。そうして小隊長にまで上り詰めたのは普通にすごいと思うよ」
「……ありがと。慰めてくれてるのかな」
「本心です」
そう答えるとエイベル騎士はしばらく俺を見つめて、それからふっと噴き出すように笑った。
「そっか。なら誉め言葉として素直に受け取っておこうかな。ところで、ソラ君はエヴァーフレイム卿の弟子なんだよね? あの人が弟子を取るなんて思いもしなかったけど。普段は一体どんな訓練をしてるの?」
「今のところ特に何も。俺がアーラの弟子(っていう設定)になったのもつい昨日のことですから」
「えっ、マジで!?」
「マジで」
エイベル騎士が驚きテーブルに身を乗り出す。
そんな彼女に適当に肩をすくめて、
「まぁ、弟子っていってもそんな堅苦しい関係じゃないけどね。昔からの知り合いなんです、俺たち。ああ見えてアーラにも結構かわいいところあるんですよ?」
「かわいいって……。あのエヴァーフレイム卿にそんな表現使う人初めて見たよ。あ、でも言われてみれば、ソラ君と一緒にいる時あの人めちゃくちゃデレてたね」
顎に手を当てて呟くエイベル騎士。
うん、やっぱりアーラは周りから相当恐れられてるらしい。
あの性格と態度じゃ無理もないけど、アーラの評判を覆すのはつくづく難しそうだなぁ。
「それにしても昔のエヴァーフレイム卿か……。その話、ちょっと興味あるかも。ね、ソラ君。良かったら詳しく教えてくれない?」
「いいですよ。少し長くなるかもですけど。……そうですね、これは俺たちが出会ったばかりの話なんですけど―――」
「――おやおや。訓練をさぼってこんな場所で談笑とは。ずいぶんと良いご身分ですね、エイベル小隊長殿?」
喧噪の中、唐突に響く声が会話を遮った。
声の方向に視線を向ける。
そこにはエイベル騎士と同じ団服を着た、くすんだ橙色の髪の若い男。
こちらを見下ろすその表情には、明らかな嘲笑が浮かんでいた。
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