森の戦い③
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「さて、こうして話せる距離に来たわけだけど。一応、私を襲った理由を訊いておきましょうか。ひょっとして、アナタも聖天教の関係者だったりするのかしら?」
対峙する魔弓使いに軽い調子で問いながら、アウローラは脳内に疑問符を浮かべた。
突如として襲いかかってきた射手は、実に強力かつ合理的な戦い方をしてくる相手だった。
4kmを超える射程。
正確無比な狙撃。
的確な牽制。
灰色の外套と黄金の魔弓の――アウローラがこれまで出会った中で最も腕の立つ弓兵。
これほどの使い手は、恐らく世界に5人といないだろう。
しかし、アウローラには眼前の敵に襲われる覚えも、相手の顔に見覚えもなかった。
というよりも、
(―――コイツ、視えない……?)
目の前の相手の姿が正確に捉えられない。
外套の中をいくら凝視しても細部はぼやけ、実像が霞む。
それどころか輪郭そのものがブレるせいで、体格から性別を判断することさえできない。
まるで出来の悪いモザイクがかかっているようだった。
恐らく、あの外套には持ち主の素性を幻惑する術式が刻まれているのだろう。
(わざわざ魔具を使ってまで正体を隠している? 私は、この敵を知っている……?)
胸の奥で何かが燻ぶる感覚はあったが、記憶の糸を手繰ることができない。
どこか懐かしいような……けれど霞がかってうまく思い出せない、そんな感じ。
そこへ、
「……彼らと一緒にされるのは不本意だな。昔から宗教は肌に合わない。生憎と、私は神というものを認めていないんだ」
別に返答を期待したわけではなかったが、思いのほかあっさりと魔弓使いは口を開いた。
ノイズが混じったようなざらついた声。
どうやらあの外套の効果は姿だけでなく声にも及ぶらしい。
「へぇ、気が合うじゃない」
相手の言葉に、アウローラは歪んだ笑みを浮かべた。
「その意見には頗る同感よ。神なんて所詮、人間が造り上げた偶像に過ぎない。偶像に人を救う力なんてない。そんな無意味なものを盲信しているから、こんな場所で犬死にする羽目になる。まったく愚かな連中よ。アナタもそう思うで―――」
言葉の途中で魔力の矢が突如撃ち込まれた。
アウローラは具現化した剣で反射的にそれを斬り払う。
払われた魔力矢はアウローラの後方へと流れ、爆発。
付近の樹々を丸ごと吹き飛ばした。
「貴様と私を同列に語るな。彼らと一緒にされるのは不本意だが、貴様と一緒にされるのは業腹だ。倫理も正義もなく、死者の亡骸を弄ぶような外道などと」
「……はっ、嫌われたものね」
外套に隠れ、依然その表情は見えない。
ただ、言葉の端々に怒気が孕まれているのは理解できた。
アウローラは顔色一つ変えず、平然と返す。
「正義を掲げるのは大いに結構だけど、騎士は主を護るための道具よ。道を踏み外そうと倫理に悖ろうと、必要ならどんな悪逆な手段でも迷わず取るべきだわ。神が人を救わないように、正義にも人は救えないのだから。違う?」
「違うな。それは三流の言い分だ。悪逆にならねば主を護れないなど、弱さゆえの言い訳に過ぎない。真の騎士とは正道を歩み、それでもなお使命を果たす者のことだ」
アウローラの反論を、魔弓使いは凛然と斬り捨てた。
その言葉に欺瞞や陶酔は微塵もなく、あるのはただ――騎士とはかくあるべしという、揺るぎない信念。
「騎士は主を護る剣であり、剣は持ち主の心を映す鏡だ。善悪に頓着せず、理性の歯止めも利かない狂犬など主にとって害悪にしかならない。……いや、負け犬か。賢しらなことを口にしても、結局貴様は10年前――主を護ることができなかったのだから」
ぴしり、とアウローラの笑みに亀裂が入った。
外套の奥から昏い眼光がアウローラに突き刺さる。
嘲るように。
その不実を問いただすように。
「実の伴っていない言葉など空虚に響くだけだな。主を死なせ、たった一つの誓いも果たせなかった貴様に、一体何の価値がある?」
「………言ってくれるじゃない」
アウローラの笑みは固まったままだった。
そして、固定された笑顔のまま、その頬がさらに歪に吊り上がる。
「確かに10年前、私はあの人を護れなかった。その責めは甘んじて受け入れましょう。けど、あの人は私に言ってくれたわ。お前のおかげで最期の瞬間まで寂しくなかったと。私が傍にいたことで王の孤独から救われたのだと」
「…………っ」
うっとりと、喜悦に満ちた口調でアウローラは言う。
私はそこにいたけど、お前はいなかった。
あの人の最期の言葉を私は聞けたけど、お前は聞けなかった。
私だけがあの人の孤独に寄り添えたという――仄暗い優越感。
「主を護れなかった私に価値がないというのはその通りかもしれない。でも、それはお互い様でしょう? あの人が命懸けで戦っていた時、アナタはどこで何をしていたの? あの人の戦う場所に辿り着くことさえできなかった者が、よくも偉そうに言えたものね」
「……ほざくなよ。この10年、あの御方が救った命をただ無駄に消費していただけの愚物が」
「その言い回し、流行っているの? つい最近『聖剣』にも同じことを言われたばかりよ。まさかアナタ……アレと繋がっているのかしら?」
紅い稲妻が奔り、アウローラの両隣の空間に二挺の剣が出現。
高速で射出された剣が魔弓使いに襲い掛かる。
だが、それらは黄金の魔弓で容易く打ち払われ、宙を舞った。
魔弓使いの遥か後方へと着弾した剣軍は盛大な爆発を起こし、『魔の森』に新たなクレーターを生み出した。
「……『第九の剣軍』の攻撃を正面から受けても傷一つつかない。やっぱりその弓、『至剣』の一振りね。『至剣』は九本で打ち止めだったはずだけど……まさか大戦後、新たに造られていたとはね」
先ほどあの魔弓と鍔競り合った時、アウローラは奇妙な感触を覚えた。
思えばあれは『至剣』同士がぶつかり合って起きた共鳴だったのだろう。
『至剣』はカイラードが己の直属騎士に与えた魔具であり、『聖剣』の欠片を基に造られた特殊兵装。
つまり、至剣は大元である『聖剣』と繋がっている。
「アナタが何者かなんてどうでもよかったけれど、訊かなきゃならないことができたわね。アナタはここへ何をしにきた? アレから一体、何を聞いた?」
アウローラは浅瀬へと足を踏み入れる。
敵との距離は10メートル。
『第九の剣軍』を握る手に、無意識に力が入った。
「知っているさ、全て。貴様のこの10年の生き方も。あの少年が何者であるかも。貴様があの御方と再会できたのは単なる偶然だ。貴様が為した行動の結果では断じてない」
魔弓使いもまたアウローラへ向かって歩を進めた。
黄金の魔弓を――『第十の流星』を固く握りしめる。
間合いが5メートルほどになったところで、両者は自然と足を止めた。
「何をしにきた? 決まっている。私は、奪い取るためにここへ来た。貴様が我が物顔で独占しているその席を。あの御方の隣を。貴様を殺し、私は今度こそ、あの御方を護る騎士となる」
「アナタには無理よ。あの人の死に際にすら立ち会えなかったような弱者には」
「主に護られ、無様に生き延びた無能よりはマシだ」
二人はそこで言葉を切った。
代わりに浮かぶのは、凄絶な微笑み。
「くふっ」
「……ふふ」
互いの身体から濃密な魔力が漏れ出し、空間が歪む。
水面に巨大な波紋が広がり――そして、一気に弾けた。
両者は示し合わせたように同時に水底を蹴り、突貫。
重力を無視した大加速をエネルギーに変え、互いの得物をぶつけ合う。
大気を震わす轟音。
『至剣』同士がぶつかり合った凄まじい衝撃に、小川の水が飛沫をあげて吹き飛んだ。
二人の『至剣』使い。
ともに人外の領域へ到達した怪物。
二匹の獣は息がかかるほどの距離で、互いにその意思を叩きつける。
「「ぶち殺す……ッ!」」
重なり合ったその言葉が、戦闘再開の合図だった。
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