森の戦い①
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「~~~ッッ!!」
吹き飛ばされる。
閃光と、轟音と、爆風に晒されて。
アウローラの身体は冗談のように遥か彼方へと吹き飛ばされていった。
木々に激突するもその勢いは止まらず、そのまま何本かを薙ぎ倒したところでアウローラは『第九の剣軍』を発動。
中空に2本の剣を具現化し、交差させた剣で無理やり自分の身体を受け止めさせた。
「げほっ……!」
常人なら骨が粉々に砕けているであろう衝撃にも強大な赤色魔力を纏ったアウローラの肉体は難なく耐えきる。
強打した背中に多少の痛みを感じつつ、地面に着地したアウローラは即座に樹の裏に身を隠し、歯噛み。
「くそったれが……ッ!!」
ぺっ、と怒りのままに口中の血を吐き捨てた。
突如背後から飛来してきた『何か』。
ギリギリ回避はしたものの、吹き飛ぶ石と砂利によって唇と頬が切れてしまった。
アルカディアとの会話に気を取られ過ぎていたせいで反応が遅れた。
そのアルカディアはというと実体化を解いたのか、いつの間にかいなくなっている。
そのまま消し飛んでいればいい。
心の底からそう思った。
(爆発の中心からここまで……かなり遠くまで飛ばされたわね)
攻撃そのものを視認する余裕はなかったが、直感で理解はできた。
放たれた『何か』は、高密度に圧縮された魔力の『矢』だ。
それもアウローラの魔力探知範囲外からの超長距離射撃。
アウローラは両眼に魔力を集中させ、矢が飛来してきた方向を見据える。
魔力によって強化された視力は、いとも簡単に射手と思しき人影を捉えた。
「………驚いた。まさか、あそこからピンポイントで狙ってきたの?」
アウローラにしては珍しく、素直に感嘆の吐息を漏らす。
長大な弓を持ったその人影がいる場所は標高50メートル程の小高い丘の頂上だった。
驚くべきことに、その丘は先ほどアウローラが攻撃を受けた地点から直線距離で実に4km以上は離れている。
弓としての常識を逸脱した異常なまでの射程と精密性。
先ほどの暗殺者たちとは明らかに格が違う。
(あれも聖天教の刺客? さっきの連中とはなんだか雰囲気が違うけど……いえ、考えるのは後回しね)
胸中に抱いた疑問を捨て去り、アウローラは意識を切り替える。
先ほどの一撃。
あの『矢』に籠められていた魔力は少なくとも『第九の剣軍』の剣20本分はあった。
まともに喰らえばアウローラといえど、ただでは済まない威力。
仮にあれを連射できるとしたら相当な魔力保有量だ。
(兄様が傍にいる時にあのレベルの攻撃を受けたら洒落にならない。何者か知らないけど、ここで始末しておく必要があるわね……)
今のソラにはあの頃の――『聖王』としての力はもうない。
前世の記憶を取り戻している以上、培った戦闘技術や経験は健在であろうが、アウローラの見立てではソラの魔力や肉体の強度は齢相応だ。
たとえ直撃を回避したとしても、今の彼では攻撃の余波だけで致命傷になりかねない。
―――故に、あの敵は確実にここで殺す。
「――『展開』」
しゃがみこみ、アウローラは黄金の短剣を地面にかざした。
切っ先から放たれた紅い稲妻は地面を奔り、200メートルほど離れた場所で一振りの大剣へと変質し、そのまま射手へと向かって撃ち出される。
しかし、
―――ドゴンッッ!!!
森を出た瞬間に大剣は空中で撃ち抜かれた。
剣の形をした魔力の塊は盛大な爆発と化して木々を揺らし、粉微塵に砕け散る。
「……ちっ、良い腕してるわね」
先手のアウローラの剣を、敵は後手の矢で射抜いてみせた。
当てるつもりのない小手調べだったとはいえ、高速で射出された剣を空中で――それも『第九の剣軍』を容易く破壊するほどの魔力を瞬時に練って放ってきたのだ。
一朝一夕で身につくような練度ではない。
世界最大の国土と軍事力を誇るアルカディア聖王国の中でも上位の業前だ。
とはいえ、
(射程はあちらが上。反応は早く、狙いも正確。あの『矢』を躱しつつ、距離を詰めるには工夫が必要ね)
ただ早い、ただ正確というだけでは己の脅威にはなり得ないとアウローラは判断した。
戦いに勝つためには狡猾さも時には必要となる。
高邁な精神を持った相手なら、なおのことその手は有効だろう。
アウローラの唯一の使命は主君を護ること。
その為なら彼女はどんな手段であろうと躊躇なく実行する。
カビの生えた騎士道では何も護れやしないのだから。
(幸い『小道具』なら転がってることだし、一瞬の隙さえ作れれば後はどうとでもなるわね)
いかに強力であろうと、所詮は弓。
こと接近戦においては役には立たない。
懐に入りさえすれば、次の矢を番える前に五回は首を落とせる。
次弾を構える射手を目指し、アウローラは樹の陰から一気に飛び出した。
†
その光景は、凄惨の一言に尽きた。
高密度に圧縮された魔力の『矢』は地表に触れた瞬間に膨張し、巨大な光球となって周囲一帯のあらゆるものを呑み込んだ。
まるで巨大なスプーンでくり抜かれたかのよう。
攻撃の爆心から300メートル内にあった樹々や岩は地面ごと抉られ、塵となって消失した。
常軌を逸した破壊の爪痕。
これがたった一人の人間の手によって作り出されたものだと果たして何人が信じられるだろうか。
そんな大破壊を齎した魔術士はその結果を誇るでもなく、ただ苛立ちに舌打ちを漏らす。
「――ちっ。何故あのタイミングであれが躱せる……」
灰色の外套に身を包んだ長身の人物だった。
顔深くまで外套を被っているせいで人種も性別も不明。
左手には華麗さと重厚さを兼ね備えた黄金の魔弓が握られている。
「爆発に紛れ身を隠し、魔力も絶ったか。……まぁ、当然だな」
射手は丘の頂上で残心したまま、油断なくアウローラの消えた方向を見据えた。
森の中に生まれた空白地帯。
高熱と煙が立ち込めるその場所に標的の姿は既にない。
結果として、狙い澄ました一矢は空を切った。
完全な死角、完璧な不意打ちだったにもかかわらず、物の見事に躱された。
狙いが逸れたわけでも、外したわけでもない。
標的は矢が中る寸前に攻撃を察知し、一瞬にも満たない時間で反射的に魔力を纏い、身体能力を強化・加速――直撃を回避してみせたのだ。
必中の確信をもって放った一射を躱されるという屈辱。
それはその者にとって、久しく忘れていた感覚だった。
(……魔力の展開速度が尋常じゃない。『最速』の評価は眉唾ではなかったな)
腹立たしいが、認めよう。
魔力を纏わない全くのゼロ状態から最大出力へ達するまでのスピード。
その瞬発力の高さこそが『赤』の魔力属性の特色だ。
とりわけ『煌』の位階へ到ったアウローラの魔力は文字通り稲妻と化している。
その速度は正しく疾風迅雷。
速さという一点においてのみ、『聖王』カイラードさえも上回ると言われる――世界最速の魔術士。
(不意打ちでも中てられないとなると、この遠間からでは何発撃っても無駄か。このまま距離を取られたら確実に逃げられるな……)
アウローラ=ヴァン=エヴァーフレイムのプロファイリング。
事前に読んだ彼女の資料から推察すると、十中八九逃走の選択を取るだろう。
何故なら敵の目的も、動機も、正体も。
アウローラにとっては大きな意味を持ち得ないから。
瞬殺できる雑魚相手ならともかく、多少でも厄介だと感じたならそのまま立ち去る可能性は極めて高い。
けれど―――
(それはあくまで数日前までの話。今の貴様には敵に執着する理由はなくとも、敵を排除する必要はある。そうだろう?)
情報によれば、二日前からアウローラ=ヴァン=エヴァーフレイムの傍には一人の少年の姿が確認されているという。
それも、これまでの彼女からは考えられないほど、その少年を溺愛していると。
(少年の素性は未だ確定していないが、護るべき存在の脅威となるものを今のあの女は無視できないはず。ならば……、―――ッ!)
パリッ、と。
空気が裂ける音と共に突如森の中から剣が飛来。
それを魔弓使いは反射的に射抜いた。
破砕された剣はすぐさま魔力爆発を引き起こし樹々を揺らす……が、近くにアウローラの姿はない。
「私の反応速度を測るつもりだったか……? だが、今ので居場所を晒したぞ」
剣が飛来する直前、地面を紅い稲妻が走った。
爆発に巻き込まれないよう離れた場所で剣を具現化したのだろうが、そんな分かりやすい目印を見逃すほど節穴ではない。
弓弦を再度引き絞る。
膨大な緑色魔力が凝縮された『矢』が魔弓に番えられた。
彼我の距離は直線にして4km弱。
森の中に散在する障害物や高低差を考慮すれば、実際の距離はその倍以上はあるだろう。
こちらの攻撃を躱しながら詰めてくるにはあまりにも遠すぎる距離。
「……さぁ、どう来る?」
強く、魔弓を握った。
どれだけ速かろうと、届かなければ意味はない。
アウローラの射程は多く見積もっても精々が己の10分の1以下。
彼女が射程内まで詰めてくる前に5回は脳天を射抜ける。
魔弓使いは絶殺の意思を籠め、双眸を眇めた。
あの女は偉大なる王を死なせた罪人。
それもあの御方に生かされておきながら、その尊き理想を継ぐこともなく、ただ怠惰に息をしてきただけの愚物。
度し難い醜悪さ。
その身を百度引き裂いてもなお飽き足らないほどの大罪。
ましてや、何一つ貫くこともしなかったくせに、今さら騎士の本懐を遂げようなどと―――!
「貴様は私が殺す。私が裁く。他でもないこの私が、貴様を地獄に叩き堕とす」
だから、来い。向かってこい。殺してやる。殺してやるぞ。
来い。来い。来い。
「来い―――!」
奇しくも。
魔弓使いが叫ぶと同時に、黒色の瘴気に覆われた森の一部が紅に染まる。
耳をつんざく轟音が大気を鳴らし、赤雷の魔力が空に向かって迸った。
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