襲撃
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聖天教の暗部。
その最後の一人の首を刎ねると、アウローラは剣を振り払い、血糊を飛ばす。
今振った剣は『第九の剣軍』の力によって具現化された魔力の塊だ。
血を払うまでもなく、術式を解除すれば剣は霧散するが、この動作はアウローラの戦闘後のルーティンというか、昔からの癖のようなものだった。
顔を上げ、アウローラは自分が来た方向をぼんやりと見やる。
暗部たち……特に最後の一人が思いのほか遠くまで逃げたおかげで、最初の奇襲地点からかなり離れてしまった。
アウローラの速度であれば5分とかからぬ距離ではあるが、途中に転がっている死体を回収しなければならないとなると気が重くなる。
「……はぁ。どうしてこんなくだらない時間を」
誰にともなく独り言ちる。
何故自分がこんな連中のために主の元を離れなければならないのか。
段々と腹が立ってくる。
とはいえ、聖天教の暗部がアウローラを狙う以上、いずれ彼らは殲滅しなければならなかった。
それを怠り、万が一にも主にまで危害が及んでしまえば悔やんでも悔やみきれない。
だから、これは必要なことだったと、アウローラは無理やり自分を納得させることにした。
「…………はぁ」
と、もう一度息を吐く。
季節は冬。
口から漏れる息は白い。
アウローラは気だるさを追いやり、魔力探知の範囲を広げ、周囲の探索を開始した。
残敵がいないよう念入りに。
面倒を放置した結果、更なる面倒に発展することは往々にしてある。
厄介ごとは残さず、その場その場で対処しろと、カイラードも口を酸っぱくして言っていた。
100、200、400、800メートルと。
自身を中心に加速度的に探知領域を広げていく。
やがてアウローラの知覚がおおよそ2km前後にまで到達。
範囲内に自分以外の人間がいないことを確認すると、アウローラはそこでようやく警戒を解いた。
「とりあえず、今回はこれで落着かしらね」
聖天教のちょっかいそのものはこれから先も続くだろうが、ひとまずの役目は果たした。
今後の対策については改めて考えればいい。
「あとは暗部たちの死体を処理して……ああ、面倒くさい」
呟き、肩を落とすアウローラ。
彼らを埋葬してやる義理などないが、みすみす魔獣たちに餌をくれてやるわけにもいかない。
瘴気に満ちた『魔の森』の中であれば尚のこと。
アウローラは暗部たちの死体をひとまとめに焼却すべく、ひとまず死体を集めようと踵を返し―――
「――あらあら。同族を虐殺した直後だっていうのに随分と冷めた反応じゃない、アウローラ?」
不意に、頭上から響いた声にアウローラは立ち止まった。
振り返ると、大樹から伸びた枝の上に一人の少女が優雅に座っている。
黄金の髪と瞳を持つ絶世の美少女。
聖剣アルカディアに宿る魂―――その顕現体だ。
本体である聖剣が砕かれたことにより、全盛期の姿から大分幼くなってはいるものの、その身に纏う神性や美貌には些かの陰りもなかった。
「……起きていらしたのですか、聖剣さま」
アウローラは内心の苦々しい思いを無表情で糊塗する。
そのまま目覚めなければ良かったのに、とは流石に口に出しはしないけど。
そう思う程度にはアウローラはアルカディアが嫌いで、それ以上にアルカディアはアウローラを憎悪していた。
そんな自分たちが今や二心同体の状態にあるとは一体どんな皮肉なのか。
「ええ、さっきからずっと。それにしても酷い殺し方をするわね。貴女には慈悲の心というものがないのかしら?」
首を失くした暗部の死体を見ながらアルカディアが嘲るように言う。
アウローラは肩を竦め、
「殺しに美学など必要ありませんから。それにしても、まさか貴女の口から慈悲なんて言葉が出てくるとは思いませんでした。一体いつから人間の心が量れるようになったのですか?」
「言ってくれるじゃない。ま、確かに今のはちょっと的外れなセリフだったかもだけど」
くすくすとアルカディアは口元に手をやり、愉しそうに笑う。
的外れなのはお前の倫理観と感性の方では? と。
またしてもアウローラは戻元まで出かかった言葉を呑み込んだ。
「他人事のような口振りですが、彼らの信仰対象は貴女でしょうに。仮にも信者に対してかける言葉の一つもないのですか?」
「信仰は自由よ。でも私、馬鹿って嫌いなの。特に聖剣の所有権を声高に主張するだけでは飽き足らず、あの子を害そうとする底抜けの愚か者はね。そんな豚にも劣る畜生にかける言葉なんてないわ」
「………そうですか」
アウローラは微妙な顔で相槌を打つ。
その意見についてはアウローラも概ね同意ではあったが、トチ狂っていたとはいえ、信仰に最期まで殉じた報いがこれとは。
暗部に対する同情なんて欠片もないけど、信じる相手を選ぶのは重要なのだとアウローラはつくづく思った。
「それで、何の御用でしょうか? わざわざ姿を現したということは私に話があるのでしょう?」
「そうね。あまり時間もないことだし、さっさと本題に入りましょうか」
言って、アルカディアは樹上から飛び降りる。
仮初の体は重力を無視するかのように、ふわりと地面へと降り立った。
「用件は一つ。貴女が余計な真似をする前に釘を刺しておこうと思って」
「余計な真似とは?」
「言わずとも解るでしょう? ――『魔王を斃せ』。あの子にそう発破をかけられていたようだけど、まさかそれを鵜呑みにしているわけじゃないでしょうね?」
じろり、と。
アルカディアは黄金の双眸を細める。
彼女が現れた時点で大方の予想はついていたが、それにしてもソラにしろ眼前の少女にしろ、妙なことを言うとアウローラは思った。
件の魔王は他ならぬこの聖剣によって貫かれ、森の最奥で息絶えているというのに。
(いえ……誤魔化しね)
アウローラは首を振って己の考えを否定した。
10年前から聖剣の力が一向に回復せず、魔王を討ち取った英雄が『斃せ』と命じた。
それの意味するところはつまり―――
「……やはり、魔王は生きているのですね」
アルカディアは、ハッ、と鼻を鳴らし、
「むしろ、貴女たちはどうしてこれまで死んでいると錯覚できていたのかしらね。人魔大戦が終結して10年以上が経ちながら、未だに森は瘴気に溢れ、新たな魔獣が生まれ続けているというのに」
アウローラが。
世界が。
眼を逸らし続けてきた現実。
その事実を『聖剣』アルカディアはあっさりと肯定する。
「あの怪物の命はまだ尽きていない。アレの厄介さは今更言うまでもないでしょう? だからこそ、外部から刺激を与えて封印が解かれるような事態だけは絶対に避けなければならない」
「ですが、このまま静観しているだけでも、いずれ封印は解けるのでは?」
「静観どころか傍観していた貴女がそれを言うのね。――見くびらないで。たとえ力が半減した状態でも、あと50年は保たせてみせるわ」
アルカディアは力強くそう断言する。
一抹の不安はあれど、かといって全くの虚勢というわけではないだろう。
少なくともこの10年、魔王の封印に綻びはなかったのだから。
(……でも、逆に言えば封印の保証期間はあと50年しかない)
アウローラとしても、それは困る。
なにしろ今世では主には幸せな人生を送ってもらう予定なのだ。
主が天寿を全うした後ならば世界がどうなろうと知ったことではないが、たかだか50年では流石に早すぎる。
「……私にどうしろと?」
「貴女は話を聞いていなかったの? 言っているでしょう? 『余計な真似をするな』と。あの子に出来なかったことが貴女如きに成し遂げられるはずもない。違うかしら?」
「違いません。ですが、私はあの人の騎士です。私にはあの人の命令を果たす義務がある」
「そんなつまらない使命感なんて狗にでも喰わせなさい。最優先されるべきはあの子の命。そこに異論を挟む余地はないはずよ。もしもあの子のために、貴女に出来ることがあるとするなら、それは今すぐ私との契約を破棄し、あの子へ所有権を返すこと。あの子が再び聖剣の契約者となり、今度こそ魔王を討ち滅ぼす。それこそが最も確実な方法よ」
そう言って、にべもなくアルカディアはアウローラの意見を切り捨てる。
アルカディアの言うことは間違っていない。
むしろ、それ以外に選択肢などないというぐらいに正しいものなのだろう。
かつて、この場所で起きた悲劇を。
あの日の過ちを繰り返すわけにはいかないのだから。
けれど――だからこそ。
「――お断りします。あの人にすべての責任を押し付け、あの人が傷つくのをただ見ていろなんて、そんなのは絶対に御免です」
その提案に、頷くことは出来なかった。
アルカディアは胡乱げに眉を顰め、
「……聞き間違いかしらね。とても不愉快な発言があった気がしたのだけれど」
「聞き間違いではありません。魔王は私が殺す。そう言ったのです、『聖剣』アルカディア」
その瞬間、アルカディアの体から黄金の焔が吹き荒れた。
もはや抑えきれぬ怒りのあまりに、アルカディアは残された僅かなリソースの節約さえ忘れ、周囲の瘴気を無作為に灼き祓う。
「冗談も大概にしなさいよ。貴女のせいであの子は死んだ。貴女のその自惚れがあの子を殺した。忘れたとは言わせない。もう一度灼かれたいの?」
「ご随意に。貴女には私を裁く権利があり、その力がある。ただし、痛めつけるだけで私の決意が覆るとは思わない方がいい」
臆することなく、毅然とアウローラは言い放つ。
「私はもう傍観者のままではいられない。この力も、この命も、全部あの人のために使う。あの人の幸福のためなら私はどんな苦痛にだって耐えられる」
アルカディアの言う通り、カイラードに出来なかったことが自分に成し遂げられるとは思わない。
それでも、10年前カイラードを死に追いやったのは自分だ。
だからこそ、アウローラはあの少年を――ソラを誰よりも幸せにしなければならない。
そのために己の全てを棄て、全てを懸ける。
使えるものは何だって利用してやる。
これは贖罪だ。
正しさも確実性も糞くらえ。
あの人の前にある、あらゆる苦難を取り除き、その果てにあの人と過ごした思い出を胸に自分は死ぬのだ。
「私は今度こそ、あの人を護る剣となる。そのために魔王を殺す。貴女にも協力してほしい、アルカディア」
「そんな身勝手な理屈に私が乗るとでも? 貴女のために?」
「あの人のためです。それに、契約を今すぐ移すのは得策ではない。半減したとはいえ、聖剣という莫大な力の器となるには今のあの人は弱く、幼すぎる。封印はあと50年は保つのでしょう? 少なくともあと数年は待つべきです」
アルカディアが忌々しげにアウローラを睨みつける。
本来であれば契約に関するイニシアチブは所有者であるアウローラにある。
アウローラが了承しない限り、聖剣の側から契約を破棄することは出来ない。
しかし、それでアウローラが一方的に聖剣に対しマウントを取れるかというとそうではない。
主と再会したあの夜のように、目の前の少女はその気になればアウローラの精神を廃人になるまで灼き尽くすことが出来るのだから。
「……………」
「……………」
空気が張り詰める中、一人と一振りは互いに一歩も退かず対峙する。
長い沈黙の後、やがてアルカディアは、ふん、と鼻を鳴らした。
「いいわ。貴女のなけなしの覚悟に免じてこの場は引いてあげる。でも、それと私が貴女に協力するかは別問題よ。『聖王』を死なせた貴女に恨みを持つ者は決して少なくない。無数の悪意に晒されながら、せいぜい私が力を貸すだけの価値を示してみせなさい」
ほら、と。
アルカディアはアウローラの背後を指し示す。
彼女の口許が三日月のような弧を描いた。
アルカディアは聖剣の名に相応しからぬ邪悪な微笑みで、
「憎悪の矛先が迫ってきたわよ。果たして貴女は生き残れるかしら?」
直後。
衝撃と轟音とともに、アウローラの全身が吹き飛ばされた。
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