騎士団長の提案
お読みいただきありがとうございます
皆さま、こんにちわ。
アークレイ家に仕える忠実なるメイド、フェリシアでございます。
私たちは現在エイベル騎士の案内の下、師団長室へと向かっております。
まさか問題を起こすなと言ったその日の内にこれほどの大事件を巻き起こすとは……。
あれでしょうか?
推理小説の探偵が行く先々で事件に遭遇するのと同じように、英雄の元には常に厄介ごとが舞い込んでくるものなのでしょうか?
であるなら、私は一生凡人のままで結構ですね。
自分から進んで厄介ごとに関わるなんて絶対に御免です。
ただでさえメイドとしての本業で忙しいのですから、これ以上仕事を増やさないでほしいものです。
――とはいえ。
文句を言っているだけでは事態は好転しないのが現実というもの。
主であるセリア様がお二方……いえ、ソラ様の味方をすると決めた以上、私も従者として尽力せねばなりません。
「こちらになります」
と、そんなことを考えていると、案内役のエイベル騎士が最上階フロアの奥に鎮座する扉の前で立ち止まりました。
「失礼します。第六分隊隊長ミリアリア=エイベルです。客人をお連れしました」
「ご苦労。入りたまえ」
「はっ」
エイベル騎士が扉を開け、その横をセリア様を先頭に私たちは通り抜けます。
古いけれど、高級感を感じさせる内装。
室内に入ってまず目につくのは、壁に掛けられた太陽と竜と剣が描かれたアルカディア聖王国の国旗でした。
そして、その前に設置されたデスクから、一人の男性がゆったりとした仕草で立ち上がります。
鋭い眼光の細面。
左頬には大戦時に負ったという古い傷跡。
男性は落ち着いた、低い声で私たちを迎え入れました。
「ようこそ、アークレイ伯爵。ご足労をおかけして申し訳ない」
「いいや、ヴァイルシュタイン卿。こちらこそ此度の件ではご迷惑をおかけした」
こちらへと近づいてくる男性と穏やかに挨拶を交わすセリア様。
彼こそがアルカディア聖王国の誇る第十七師団団長キース=アウグスト=ヴァイルシュタイン卿。
常に冷静沈着で厳格な偉丈夫。
丁寧な言葉遣いとは裏腹に『剛斧』の銘を与えられた歴戦の英雄であり、そして―――
「――――――」
かの人魔大戦を『聖王』カイラード様と共に戦い抜いた盟友の一人でもあります。
ソラ様は10年ぶりに会うかつての戦友に懐かしさを覚えたような表情で。
アウローラ様はそんなソラ様の視線を奪うヴァイルシュタイン卿を妬ましそうに見ています。
……果たして、彼女はソラ様を主でなく弟子として扱うという設定をきちんと覚えているのでしょうか?
ここで不用意な発言をするほど愚かでもないと思いますが、どうにも信用しきれないんですよね、この狂犬女。
ヴァイルシュタイン卿はちらりとアウローラ様を一瞥し、
「君も久しいな、エヴァーフレイム。昨日は災難だったようだね」
「……何が災難よ、他人事みたいに。貴方たちの防備が甘かったせいでとんだとばっちりだわ」
「防備が甘くなったのは君が街の結界を壊したせいだろう。自業自得だ。それに関して君に非難される覚えはないな」
「…………」
言い返すことができず不服そうに押し黙るアウローラ様。
ヴァイルシュタイン卿は特に気にすることもなく話を進めます。
「まぁ、その話は後日改めてでいいだろう。アークレイ伯爵、そちらの少年が例の?」
「ああ、アウローラの弟子だ。色々と事情のある子でね。今は彼女に預かってもらっている」
「そうか。貴女がそう言うのであれば詮索はしないが、あのエヴァーフレイムに弟子とは……。実際この眼で見ても俄かには信じがたいものだな」
この10年、抜け殻も同然だったアウローラ様を知るヴァイルシュタイン卿からすればその疑問も当然でしょう。
ヴァイルシュタイン卿は目を細めながらソラ様をじっと観察し、右手を差し出しました。
「初めまして、少年。私はキース=アウグスト=ヴァイルシュタイン。アークレイ伯爵やエヴァーフレイムとはそれなりに長い付き合いになる。以後、よろしく頼むよ」
「ソラです。……初めまして、ヴァイルシュタイン卿。会えて光栄です」
「ほう。エヴァーフレイムの弟子にしては礼儀正しい。彼女にそんな情操教育が出来るとは思えないが……まぁ、君自身の性根が良いのだろうな。今後も捻くれることのないようにしたまえ」
差し出された手を握り返すソラ様に、ヴァイルシュタイン卿は感心したように言います。
アウローラ様は、ちっ、と舌打ち。
「余計なことを言わないでくれるかしら、ヴァイルシュタイン。挨拶が終わったのなら兄……その子から手を離しなさい」
「随分と彼を大事にしているようだね。それとも単に機嫌が悪いだけなのか。牢で一晩過ごしても頭は冷えなかったかね?」
「おかげさまで。まさか善良な市民を襲ってきた賊を返り討ちにしただけで牢に入れられるとは思わなかったわ。手厚い歓迎に血管がぶち切れそうよ」
「当然の措置だろう。返り討ちにするにしても、もう少しキレイな殺り方というものがある。飛び散った肉片を片付けて周囲を洗浄するのも楽な仕事ではない。君が壊した街の結界の修復作業もあって現場の人間は勿論、私も一昨日からほぼ徹夜なんだよ」
「知ったことじゃないわね。それが貴方たちの仕事でしょう」
「その仕事を増やしてくれるなと言っているんだ。外敵から街を守るのは確かに私たちの仕事だが、内側から食い破られてはたまったものではない。いくら聖騎士といえど、分別は弁えるべきではないかね?」
「……あー、二人とも?」
と、二人のやり取りを見ていたセリア様が割って入ります。
「話の腰を折って悪いが、本題はそこじゃないだろう。ヴァイルシュタイン卿、まずは昨夜の襲撃事件について話を」
「失礼した、アークレイ伯爵。つい話が逸れてしまったようだ。こちらへ」
「……ふん」
セリア様の仲裁にヴァイルシュタイン卿が謝罪し、アウローラ様も不承不承といった風に引き下がります。
部屋の隅で控えていたエイベル騎士は露骨に安堵しているようでした。
彼女の立ち位置には、本当に心の底から同情しますよ。
バレないよう密かにため息を吐きつつ、セリア様たちがソファーに座るのを確認した後、私はその後ろにつきます。
あ、当然主人と同じ席に座るようなことはしませんよ?
メイドですからね。
「さて。先の襲撃事件だが……襲撃犯たちは聖天教の暗部を名乗っていた。彼らの目的はエヴァーフレイムを殺害し、『聖剣』を奪うこと。その認識で間違いはないか?」
ヴァイルシュタイン卿が切り出すと、アウローラ様は肩を竦めて、
「ええ、連中の一人はそう言っていたわね」
「それがブラフという可能性は? たとえば、聖天教の敵対組織がその罪を擦り付けるという陽動の線」
「さあ? その辺りのことを考えるのは私の仕事じゃないから。ただ、今回の襲撃にはそこそこの手練れが混じっていた。聖天教の戦士の戦い方は何度か見たことがあるけど、連中の動きはそれとよく似ていたわ」
「ふむ……。こちらが得た情報と合わせてそれなりに信憑性はあるというわけか」
顎に手を当て考えこむヴァイルシュタイン卿。
そんな彼にセリア様が問いかけます。
「ヴァイルシュタイン卿、襲撃犯についてその後何か判ったことがあるのか?」
「ああ。今回の襲撃事件、リーダーと思しき男の名はグリフィス=オルクリスト。聖天教第三戦師団第九グループの副長を務めていた男だ。8年前、ある作戦の行動中に死亡したとされていた人物だが、実際は裏で生き残り、その後暗部として活動していたようだ。全員の調べがついたわけではないが、他のメンバーも恐らくは似たようなものだろう」
「だろうな。ところで、貴方はどう考える? アウローラを殺し、『聖剣』を奪う。それが聖天教上位の意志なのか、もしくは襲撃犯たちによる暴走なのか」
「十中八九後者だろう。上位の命というには今回の襲撃はあまりにもお粗末だった。加えて言うならエヴァーフレイムは『聖剣』を用いて『魔の森』の瘴気を浄化するという最低限の機能は果たしている。その彼女から聖剣を奪い、現状の均衡を崩すリスクを許容できるほど聖天教の老人たちは勇敢ではない。とはいえ、聖剣を奪還するのが彼らの悲願であることは事実。当然、水面下では次代継承者の選定は続いているだろうな」
ヴァイルシュタイン卿の言葉に頷くセリア様。
聖天教にとっての悲願である『聖剣』の奪還。
アウローラ様の中にそれが在る以上、彼女から聖剣を奪うには彼女を殺すしかない。
ですが、『煌』の魔術士であるアウローラ様を殺すには、たとえ聖天教の全戦力を投入しても難しい。
というか、事実上不可能です。
とはいえ、彼らがそう簡単に聖剣を諦めるとも思えません。
次代継承者の発掘と選定は今後も続き、いずれ再びアウローラ様を狙ってくることは目に見えていますが……。
「くふっ、ふふ……。我が主を差し置いて『聖剣』の次代とは。そんな奴がいるというなら、ぜひとも会ってみたいわね」
堪えきれず、といったふうにアウローラ様が嗤いを零します。
その笑みは見る者の背筋を凍らせるような酷薄なものでした。
――見つけたら無惨に殺してやる。
そんな心の声がダダ漏れの、殺意に満ちた声。
セリア様や歴戦の猛者であるヴァイルシュタイン卿はともかく、エイベル騎士など全身が震え上がっていました。
私ですか?
正直言って漏らしそうです。
……ああ、替えの下着を持ってこなかったことが心底悔やまれます。
けれど。
「――アーラ。殺気が漏れ過ぎ」
そんな空気も一瞬のこと。
穏やかな、あるいは呑気な声音でソラ様が一言そう告げました。
宥めるようにアウローラ様の手を取ると殺気はたちどころに霧散し、彼女の表情がだらしなく緩みます。
その豹変ぶりにはさすがのヴァイルシュタイン卿も目を剝いていました。
「……驚いたな。たった一言で彼女がこうも大人しくなるとは。少年、君は一体―――」
「ヴァイルシュタイン卿」
絶妙のタイミングで、セリア様がヴァイルシュタイン卿の意識を引き戻しました。
彼の視線がソラ様から外され、セリア様へと向けられます。
「話を続けよう。現状の確認が済んだなら、次にやるべきは具体的な対策を講じること。今回の件、襲撃犯が昨日の者たちだけとは限らない。恐らく残党はまだこの街にいる。昨日の連中は多少節度があったようだが、街中で再び戦闘になれば今度は住民に被害が出てもおかしくない。貴方も二度目をむざむざやらせるつもりはないんだろう?」
「……そうだな。だが、残党の戦力も所在も現状では不明のままだ。これ以上の情報を探ろうにも昨日の襲撃犯たちはエヴァーフレイムが皆殺しにしてしまった」
「戦力規模で言えば決して大きくはないだろう。奴らには組織的なバックアップがない。であれば、これ以上の増員は無いはず。昨夜の段階でアウローラが既に30人近くも殺しているんだ。残党はそう多くはないんじゃないか?」
「アークレイ伯爵。確かに戦力的に言えば残党の殲滅は容易だろう。だが、問題は敵の数よりも敵の姿が見えないことだ。この支部の騎士たちを全て動員すれば捜索自体は不可能ではないが―――」
「却下だ。敵は暗殺に特化した部隊。たとえ騎士たちを動員しても見つけ出すのには時間がかかるだろうし、追い詰められた連中が何を仕出かすか分からん。最悪、市民を巻き込んで自爆でもされたら事だ」
「だが、放置しておくわけにもいかないだろう。こちらから打って出ない限り事態の収束は望めない。貴女の言う通り、二度目はある」
セリア様が苦い顔を浮かべます。
確かにヴァイルシュタイン卿の言う通り、このままでは事態の解決は見込めません。
敵に損害が出ている以上、このまま何事もなく終わりということはないでしょう。
通常の部隊であれば作戦遂行が不可能なほどの損耗を負ったら撤退しますが、敵は宗教。
損得勘定で動く相手ではないのですから。
はたしてどうすれば………。
「一つ、策がないでもない」
不意に、ヴァイルシュタイン卿が口を開きました。
その言葉にセリア様が眉をひそめます。
「……策? どんな内容だ?」
ヴァイルシュタイン卿はアウローラ様の方に視線を向け、淡々と何でもないことのように。
「なに、単純な作戦さ。エヴァーフレイムを餌に敵をラルクスの壁外へ誘引し、殲滅しよう」
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