なぜに……?
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肩に羽織ったトレンチコートを揺らしながら、セリアは部屋の中へと入ってくる。
コツコツと靴音を響かせながら堂々と胸を張って歩く様はさながらマフィアの若き女ボスか、はたまた一流のモデルのようだった。
牢の前で立ち止まったセリアは呆れた眼差しで俺たちを見下ろす。
そんな彼女をアーラは苛立たし気に睨みつけた。
――良いところで邪魔をしやがって。
そんなことを言いたげな顰めっ面。
「おいおい、随分と剣呑な眼差しだな。騒ぎを起こすなと言った当日に牢へぶち込まれた馬鹿を助けに来た慈悲深い領主サマに対して。何か文句でもあるのか、アウローラ?」
「……別に。またこのパターンかって思っただけ。まさかとは思うけど、狙ってやってるわけじゃないでしょうね、セリア?」
「生憎とそこまで暇でも悪趣味でもない。――で、そういうお前はいつまでその恰好でいるつもりだ? まさか、このままおっ始める気じゃないだろうな?」
「わかってるわよ。兄様が望むなら露出プレイもどんとこいだけど、私にだって羞恥心はあるもの」
アーラは不機嫌そうにベッドから降りて、床に脱ぎ捨てていた服を拾い始める。
俺も起き上がって、セリアの方へ顔を向けた。
……正直ちょっと気まずいです。
「あー、悪いなセリア。来てもらって早々こんなんで」
「構わないよ。アウローラの君に対する執着心は重々承知している。まぁ、とはいえ? さすがにこんな場所でも盛るほどとは思わなかったがね?」
「……あはは」
チクリと刺してくるセリアに曖昧な笑みを返す。
ちなみにセリアの後ろに控えていたフェリシアは無表情でスンとしていた。
ただし、その眼光は冷たい。
救いようのないアホを眺めるような、そんな視線だった。
次いで部屋に入ってきた騎士装束に身を包んだ若い女が下着姿のアーラを見て、慌てて目を逸らす。
うん。本当マジごめん。
そして君は誰だ?
「セリア。そちらは?」
「ああ、彼女はミリアリア=エイベル君。見ての通り、この支部に所属する騎士の一人だ。アウローラとも面識があるということで、ここまでの案内役を買って出てくれたのさ」
セリアが後ろを振り返ると、エイベルと呼ばれた女が前に出てくる。
身長はアーラよりやや低いくらいか。
茶色の長いポニーテール。
白を基調とした団服は清潔感があり、腰には細身の剣を佩いていた。
彼女は胸に手を当て、柔らかく微笑む。
「初めまして。只今ご紹介にあずかりましたミリアリア=エイベルと申します。東方方面軍第十七師団第六分隊隊長を務めているわ。以後、お見知りおきを」
「ソラです。こちらこそよろしく、エイベルさん。こんな場所で申し訳ない」
鉄格子ごしに握手を交わす。
手袋から伝わる掌の感触は固く、アウローラと同じく騎士であることを感じさせるものだった。
エイベル騎士は俺から手を離すと、アーラの方へと向き直る。
「エヴァーフレイム卿もお久しぶりです。その節は―――」
「……誰よ、貴女?」
「―――」
アーラに視線を向けたまま、エイベル騎士の動きが固まる。
怪訝な顔をするアーラに、彼女は頬を少しだけ引きつらせていた。
「……その、覚えておられませんか? 2年前、『魔の森』の中で貴女に命を救ってもらった―――」
「悪いけど、記憶にないわね。別に感謝する必要はないわよ。どうせ私にとっては取るに足らない些末事だし」
「そうですか……」
心底興味なさそうに着衣を再開するアーラにエイベル騎士は怒るわけでもなく、ただ哀しそうに苦笑した。
自分のことなど忘れられていても仕方ない。
そんな感じの表情。
あまりの態度の悪さにセリアは呆れたように嘆息し、フェリシアも不愉快そうに眉を顰める。
「エイベル様。気になさる必要はありません。お聞きの通り、彼女には貴女を救う意思など無かった。彼女の行動の結果、貴女が救われたのは単なる偶然。自覚も配慮もない相手に対し貴女が恩に着る必要も、ましてや心を痛める必要もないでしょう」
「フェリの言い方には棘があるが。……アウローラ、人の顔を忘れるのは多少は仕方ないとしても、せめて態度くらいはとりつくろえ。そういう言い方は聞いてるだけで不快だ」
「知らないわよ。私が配慮して、護るのは一人だけ。それ以外のことなんて心底どうでもいいわ。他人がどれだけ傷ついたところで、そんなの私の知ったことじゃ―――」
「こら」
俺は目の前にあったアーラの尻をはたく。
パァンッ! という甲高い音とともにアーラが「うひゃぁっ!?」と可愛い声を上げた。
アーラは頬を赤らめながら、おずおずと振り返り、
「あ、あの……兄様? まさか、彼女たちの前でこのまま……?」
「アホか。そうじゃなくてエイベルさんに謝れ。セリアたちの言うことはもっともだ。お前の考えを否定する気はないけど、お前の言動は彼女を傷つけるものだった。たとえ悪意がなかったとしても謝るべきだ」
「っ、ですが……っ」
「――アーラ」
アーラがビクリと震える。
自分では割と静かに言ったつもりだったのに、声は不思議と牢屋の中によく響いた。
アーラの様子はまるで親に叱られる子供みたいだった。
いや、状況的にはまんまそれなんだけど。
「アーラ」
もう一度呼ぶと、アーラは目を伏せて押し黙る。
それから、ぼそりと。
聞こえるかどうかくらいの小さな声で、
「………………悪かったわね」
「えっ……ああ、いえっ! こちらこそ気を遣わせて申し訳ありませんでした」
素直に謝られたのが意外だったのか、エイベル騎士も慌てて頭を下げる。
正直、ちゃんとした謝罪だったかと言うとかなり怪しいとこだけど。
今もなんか拗ねたみたいにそっぽ向いてるし。
「あー……すみません、エイベルさん。連れの態度が悪くて。後でキツく言っておくから」
「あ、ううん。それについてはいいんだけど。ちょっとビックリして……。ソラ君はエヴァーフレイム卿の弟子だと聞いていたけど、なんだかまるで立場が逆のように見えたから」
「……それに関しては色々と事情があってね」
本当に説明するのも面倒な複雑な事情が。
エイベル騎士の後ろではセリアが、くくっ、と意地悪げに笑う。
他人事だからってなんだか愉しそうだね、君。
「それで? 君たちが来たってことは俺たちは釈放ってことでいいのか?」
これ以上エイベルさんに深堀りされたくないので、少し強引に話題転換する。
俺の質問に、セリアの後ろに控えていたフェリシアが淡々と答えた。
「ええ。昨夜のことは表向き、騎士くずれの賊による凶行ということで処理されました。アウローラ様の虐殺行為も一応は正当防衛が認められております。襲撃犯の正体については箝口令が敷かれることになりますが……ソラ様たちにとってはその方が都合が良ろしいかと」
「状況や襲撃犯たちの話からも、彼らが聖天教と関わりを持つのは確かなんだがね。遺体からそれを証明するものは出てこなかった。残念ながら、この件で聖天教を追及するのは厳しいな」
「そうか」
セリアとフェリシアが言う内容は予想通りのものだったので特に驚きはない。
俺たちに仕掛けてきた時点であの連中が『聖天教』から切り離されるのはどのみち規定路線だったんだろうし。
「ま、俺たちは牢屋から出られるなら文句はないよ。悪かったな、二人とも。昨日の今日で迷惑かけて」
「いや、昨夜の件はこちらのミスだ。あれは私たちが事前に対策すべき案件だった」
「いいさ。現場の暴走なんて防ごうと思っても中々防げるものじゃないだろ。幸い俺たちに怪我はないんだし、君たちがいなければ俺もアーラもしばらくは牢屋の住人だっただろうさ」
「そう言ってもらえると助かる。それで、これからについてなんだが……少し厄介なことになっていてね」
「……何よ? まさか釈放と言いつつ、しばらくここから出られないとか言わないでしょうね?」
歯切れの悪いセリアにアーラがジロリと剣呑な眼差しを向けた。
それにセリアは首を横に振る。
「いや、それに関しては問題ない。今日中と言わず君たちは今すぐにでも解放される。ただ……」
フェリシアは相変わらずポーカーフェイスで、ミリアリアは申し訳なさそうな顔。
そして。
セリアはひどく面倒そうに後ろ頭を掻いて、
「この支部の責任者、第十七師団団長キース=アウグスト=ヴァイルシュタイン卿が君たちと話をしたいと言ってきているんだ」
そんな予想の斜め上のことを言ってきた。
………は?
なぜに……?
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