死に戻りの貴方へもう一度
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「…………はぁ」
と。
少年の口から吐息が一つ零れ落ちた。
それで胸の奥に溜まった何かが軽くなったわけじゃないけど。
意識を切り替えるためにあえて行った。
そんな意味合いの溜息だった。
「アーラ。どうやら、ここまでみたいだ」
「くふっ、そのようですねぇ」
ほら、やっぱり無駄だったでしょう? と。
少年の物憂げな表情を見て、アウローラは意地悪げに笑う。
ソラはそれに肩を竦めて返した。
「そうでもないさ。少なくとも、俺の中で納得は得られたからな」
「納得?」
アウローラがソラの方を振り向き、不思議そうに首を傾げる。
どうしてそんな言葉が出てくるのか解らない。
そんな表情。
「それは、必要なものですか?」
訝しげに少年にそう問いかけた。
最初に言った通り、こんなのはただ降りかかる火の粉を払うだけのことだ。
何しろ相手は自分たちを殺そうとする敵なのだから。
情けなどかけようがないし、心を砕く必要もない。
少年が躊躇う理由が、アウローラには不可解でしかなかった。
そんなアウローラにソラは苦笑して、
「必要さ。受け入れるにせよ、抗うにせよ。自分の中で納得が得られなければ前に進むことは出来ない。そうでなければきっと後悔する。お前だって自分の生き方に納得した上で、騎士になる道を選んだんじゃなかったのか?」
「……そうですね」
それを言われてはアウローラに反論する言葉はなかった。
自分とて本来なら違う道を選ぶことも出来たはずだった。
否、彼が用意してくれていた。
名前すら与えられなかった最下層の身分から騎士へと上り詰めた。
かつての彼はアウローラが戦いの中に身を置くことを厭い、彼女の未来を案じていた。
そんな彼の反対を押し切り、騎士となることを選んだのはアウローラ自身だ。
ただこの人の傍にいたかったから。
聖王カイラードこそが本物の英雄であり。
彼を護る剣であることをアウローラは望んだ。
それ以外の生き方に興味などなかった。
「ああ……そういえば、まだお前には大事なことを訊いていなかったな」
ふと、ソラは思い出したようにアウローラを見上げた。
紅い瞳の中にソラの顔が映り込む。
目つきの悪い平凡な顔立ちだと、ソラはつくづく思った。
「なぁ、アーラ。お前が剣を捧げる相手は、本当に今の俺でいいのか?」
唐突な問いにアウローラは目を見開く。
そして、すぐさま不機嫌そうに眉を顰めた。
「……どうして、そんな当たり前のことを訊くのですか?」
「あの頃とは何もかもが違うから。アーラ、俺は……カイラードは既に死んだ人間なんだよ。そして、その人生に満足していた。だから、お前の献身が俺の死に責任を感じてのものだとしたら、そんな必要はないんだ」
人魔大戦を終わらせ、大切な人たちが魔獣に脅かされることのない世界を創る。
そのために王として多くを巻き込み、多くの人々を犠牲にした。
自分に出来ることを精一杯をやった結果だから、そこに後悔はないけれど……それでも後ろめたさのようなものはあった。
大勢を死なせておきながら、自分一人が生き残ることに対して。
だから、10年前のあれはカイラードにとって最良の終わり方だった。
限られた選択肢の中で、大切な家族を護って、看取られて、眠ることが出来たのだから。
目の前の彼女がそれに納得しないことは解っているけれど。
「俺はこの世界に還ってくるつもりはなかった。やるべきことをやりきったという自負があったから。自分がこれから先、この世界でどう生きていけばいいのか……それすらも正直よく分かっていない」
自分から死にに行くような真似なんてしないけど。
それでも、ソラ自身いつ終わっても構わないとは思ってた。
一部とはいえ、かつての自分が見ることの出来なかった景色をこの眼で見ることが叶ったから。
―――だけど。
「今は違う。目的が出来た。今の俺にはやらなきゃいけない事がある」
ぎちりと、音が聞こえた。
ソラが血がにじむ程に握りしめた拳の音だった。
「こいつらはお前のことを『紛い物』と呼んだ。俺はそれが許せない」
……ああ、本当にふざけている。
何が聖剣の力を運用できていた実績を鑑みて、だ。
お前たちが鑑みて、慮るべきなのは何よりも彼女の心だったはずだ。
王の心に焔を灯した彼女に。
王の最期を看取った彼女に。
誰よりも人の心に寄り添うべき宗教が。
10年間ずっと苦しんでいた彼女の心を蔑ろにし、『紛い物』などと貶める。
そんなこと、許せるはずがなかった。
「~~~~ッ」
アウローラの心臓がとんでもない速度で脈動する。
愛する人が自分のために怒ってくれることが、こんなに嬉しいとは思わなかった。
「アーラ、以前の俺には戦う大義があったし、俺なりの正義もあった。でも、今の俺にそんなものは無い。ここにいるのは王でも英雄でもない、ただの子供でしかない」
それでも―――
「そんな俺を、お前は護ると言ってくれるか?」
「――もちろんです」
恍惚の表情でアウローラは断言する。
自分を殺しにきた暗部の存在など、もはや眼中になかった。
アウローラは殺気立つ暗部に背を向け、少年の前で跪く。
何もかもが違いながら。
あの頃と何一つ変わらぬ心を持った、己のただ一人の主君へ――焦がれるように語りかけた。
「私は王という冠に仕えた覚えはありません。たとえ姿かたちが変わり、尊きその名が時の彼方に永遠に忘れ去られようとも。我が主――貴方の下に在れるのなら、それは私にとって揺るぎない誇りとなりましょう」
アウローラは恭しく少年の右手を取り、口づける。
忠節の誓い。
騎士として、主君に捧げる最上位の『礼』。
「貴方の傍にいたい。貴方と一緒に生きたい。いつか貴方の手の中で砕け散るその時まで。――貴方が再び黄泉路へと旅立つというのなら、今度こそ伴をさせてほしい」
だから、どうか。
貴方を犠牲にして生き残ってしまったこの不実の騎士に―――
「ご命令を。貴方の声で、貴方の言葉で聞かせてください。この刃を貴方のために振るうことこそ、私の存在意義なのだから」
懇願と、どこか祈りにも似た言葉。
彼女の誓いは10年の時を経てもなお、揺らぐことはなく。
アウローラはかつてと同じように主の命を待ち。
少年もまた――かつてと同じようにその覚悟を受け止めた。
「我が騎士アウローラ=ヴァン=エヴァーフレイムに命じる。――奴らを斬れ。その刃が未だ錆びついていないことを証明してみせろ」
「仰せのままに――!!」
瞬間。
アウローラの身体から膨大な赤色魔力が立ち昇った。
紅い稲妻が音を奏で、空間を焼き切る。
「ああ、なんという光栄。なんという栄誉! もう一度、貴方のために戦うことが出来るなんて!!」
獰猛な笑みを浮かべながら、アウローラは一歩、前へと踏み出した。
腰の短剣を一息に引き抜く。
――『第九の剣軍』。
カイラードが己の直属に授けた九つの『至剣』の一振り。
人魔大戦において最強と謳われた、聖王近衛騎士団の証。
紅蓮の魔術士は剣を掲げ、高らかに名乗りを上げる。
――『聖騎士』でも『偽焔の騎士』でもない。
主君より賜った、彼女が名乗るべきただ一つの『銘』を。
「私は聖焔騎士団 第九席『覇軍』アウローラ=ヴァン=エヴァーフレイム! 我が主よ! どうかご照覧あれ! 我が刃に錆びはなく、毀れなく、翳りもなし! 万難を排し、御身の道を斬り拓いてみせましょう!!」
その名乗りを合図に。
アウローラは暗部へと向かい、疾走を開始した。
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