12 そのころチーム稲荷大神は…… (ミヤっち視点)
「ふはははは! サぁータヒコよ、京都はいいところじゃろう? うずめのところばかりにいて幽霊部員みたいだったお前だが、今日からはチーム稲荷大神の一員としてしっかり働いてもらうからな!」
真夜中。伏見稲荷神社の本殿の前。
ウカ様は、拉致してきたサルタヒコ様を縄で縛ったまま横たわらせています。
「くっ……。まさかウカ様がこんな幼女に変わり果てていたとは。ウカ様、なぜそんなお姿に……うげっ! ごふっ!」
「『変わり果てた』とか言うにゃ、ぶれーものー!!」
どげしっ! どげしっ!
ウカ様はサルタヒコ様を足蹴にして、ヒステリックに叫びました。あの……うずめさんにサルタヒコ様を傷つけたりはしないと約束していたのでは……?
「そ、それに……オオミヤノメ殿はなぜうずめとそっくりな顔に……げふっ!」
「うるしゃいうるしゃい!! わたくしたちが長い年月の間にどれだけ苦労をしてきたか知らないくせに!」
「お、お面を集中的に蹴らないでください! 大事なお面が割れる! 割れちゃうから!」
パリーン! と、天狗のお面が割れ、サルタヒコ様の素顔が月下にさらされました。
ああ……。二千年ぶりに見るサルタヒコ様のご尊顔です……。なんて、なんて凛々しくてお優しそうなお顔でしょうか。足蹴にするなんて、もったいない! 傷がついたら大変です!
「暴力はやめてください、ウカ様!!」
「うひゃぁ~!?」
わたしはウカ様の小さな体を両手で思いきり突き飛ばしました。吹っ飛んだウカ様は本殿の柱に頭から衝突しましたが、今はそれどころではありません。
「サルタヒコ様、おケガはございませんか!? ウカ様が暴力を振るってしまい、申し訳ありません!」
「あ、ああ……。ウカ様がピクリとも動かないみたいだが、大丈夫なのか?」
「そんなことより、今はサルタヒコ様の治療をしなければ! 痛むのはここですか!? それとも、もっと下のほうでしょうか!?」
「オオミヤノメ殿、なぜ下半身を集中的に触診する!? オレが蹴られていたのは頭なんだが!?」
「ウカ様ったら、こんなにもきつく縄で縛ったりして……。ごめんなさい、サルタヒコ様。今すぐほどきますからね」
わたしがいそいそと縄をほどいていると、少し離れた場所にいる命婦が何か言いたそうな目をしてこちらを見ていました。
(あなた様がやったのでしょう、それ……)
という命婦の心の声が聞こえてきそうですが、わたしは無視しました。
言えません……。ウカ様に「気絶しているうちに、サぁータヒコが逃げ出さないように縛れ」と命令されて、わたしがやったなんて……。体に食いこむほどきつく……はぁはぁ……縛って……はぁはぁ……。
「……オオミヤノメ殿? 顔が真っ赤で呼吸も荒いようだが、具合が悪いのか?」
「い、いえ! 何でもありません! わたしは何もやっていません!」
「おい、ミヤっち! 縄をほどいたらサぁータヒコが逃げ出すではないか!」
わたしがサルタヒコ様の縄をほどいた直後、復活したウカ様が大きなたんこぶを頭にこさえて駆け寄って来ました。
「ウカ様! そのたんこぶ、誰にやられたのですか!?」
「そなたじゃ! そなた! ……まったくぅ~。普段は気弱なくせに、たまに驚くほど大胆になるヤツじゃ……」
ウカ様はそう言ってため息をついた後、ギロリとサルタヒコ様をにらみました。
「サぁータヒコよ、改めて言うぞ。そなたは、今日からうずめの元を離れてチーム稲荷大神のせんじょ……せんじょく……」
「専属、です。ウカ様」
「う、うるしゃいぞ、命婦! 分かっとるわい! ……こほん、うずめの元を離れてチーム稲荷大神の専属の神に……」
「なる気はありません。申し訳ないですが」
「最後まで言わせぬか! せっかく何度も練習したセリフなのに!」
駄々っ子のように地団駄を踏むウカ様。サルタヒコ様は顔色を変えずに「申しわけありません」ともう一度言い、右手に導きの矛を出現させました。
「二千年も黄泉の国にいたせいでチーム稲荷大神のメンバーとしてずっと活動できずにいたこと、お許しください。これからは、ウカ様がお忙しい時には手伝いに来たいと考えています。……ですが、永遠の愛を誓い合ったうずめとオレの絆を引き裂こうとするのはあきらめてください。オレは、あいつに命の全てを捧げているのです」
そう宣言するサルタヒコ様の声は、ウカ様への怒りでも懇願でもなく、今この場にいないうずめさんへの愛と忠誠を誓う清々しさに満ちあふれていました。サルタヒコ様はそこまでうずめさんのことを……。
「これにて失礼します。導きの矛よ、オレを愛する妻の元へ――」
「させるかっ!! 稲荷神秘儀、おキツネ憑依!!」
サルタヒコ様が導きの神の力で逃走を図ろうとした直前、ウカ様はそう叫びながら片手をかざしてキツネの影絵を作りました。あの術は……!
「やれやれ……。うずめ様との決着がつくまでの間、ずっと憑依しているのですか? 骨が折れますね……」
命婦の体が光り輝き、彼女はブツブツと文句を言いながらもサルタヒコ様に飛びかかりました。
「キツネめ! 何をする!?」
「しばらくの間、あなた様にとりつかせていただきます」
「ぐ、ぐわぁぁぁぁぁ!! う……うずめぇぇぇぇ!!」
霊体となった命婦はサルタヒコ様の体内へと入りこみ、サルタヒコ様は導きの矛を足元に落としてもがき苦しみます。
「ふはははは! いくら導きの神といえども、弱体化している今のお前では、命婦を体から追い出すことはできまい!」
「ぎゃぁぁぁぁぁ!!」
「さ……サルタヒコ様……」
「おキツネ憑依」は神使のキツネを使って相手を操り人形にしてしまう恐ろしい術です。通常、神ならば格下の神使ごときに憑依されてしまうことはないのですが……サルタヒコ様は死者の世界から復活したばかりで弱っていますし、命婦は神使の中でも最強クラスの霊力を持っています。サルタヒコ様が体を乗っ取られるのは時間の問題でした。
「う、ううう……あぐぅ……」
もがき苦しんでいたサルタヒコ様はやがて虚ろな目になり、がくりと膝をつきました。
「どうやら憑依が完了したようじゃな。ちょっと試しに芸でもやらせてみるか。……命婦、サぁータヒコに何か面白いことをやらせるのじゃ」
『無茶ぶりをしないでくださいませ、ウカ様……』
表情が死んでしまったサルタヒコ様の口がパクパクと動き、命婦の声がしました。
「後で稲荷寿司を食わせてやるから」
『……仕方ありませんね。では、ミヤっち様とポッキーゲームでもやりましょうか』
「おお! それは面白そうじゃな! やれやれ!」
え、ええ!? わたしがサルタヒコ様とポッキーゲーム!?
あの、二人がポッキーの両端をくわえて同時に食べていき、先に口を離したほうが負け、二人ともそのままいっちゃったらキスしちゃうという、うらやまけしからん人間たちの低俗なゲームをやるのですか!? は、破廉恥極まりないですぅ~!!
「あ、あのあのあのあの!! さすがにそれはまずいのでは? き、キスしちゃったら、うずめさんに悪いですし!」
「そう言いつつ、顔がにやけておるではないか」
『ミヤっち様。これはただのゲームですので、そんなに気にする必要もないでしょう』
「ふ……不倫になっちゃいます!」
「人間界では、『不倫は文化』という格言があるらしいぞ。神たる者、人間の文化を理解するのも大切じゃ」
「えー!? えー!? えーーー!?」
わたしがあたふたしている間に、命婦に操られたサルタヒコ様がポッキーをくわえてわたしに迫って来ていました。
「あ、あわわわわわわわ!!」
サルタヒコ様に肩を抱かれ、わたしは顔を紅潮させます。
……で、でも、これはサルタヒコ様の意思ではなく、命婦に操られているわけで……。本当にこのままキスなんてしてまっていいのでしょうか? 好きな殿方の気持ちを無視して、踏みにじって、こんなひどいマネをするのは……。
「わ……わたしには……む、む、む……」
「オレには無理だ、こんなこと」
「……え?」
サルタヒコ様の顔が迫り、わたしがポッキーをくわえるかどうか悩んでいたその時、サルタヒコ様の真剣な声が聞こえました。ポッキーはサルタヒコ様の口から離れ、わたしとサルタヒコ様の間にぽとりと落ちます。
「な、何だと!? おキツネ憑依が失敗したというのか!?」
『ぐっ……。ど、どうやら、サルタヒコ様の強い意思に邪魔されて、完全には体を乗っ取れなかったようです。サルタヒコ様の心が本気で嫌がることは、ウカ様がどれだけ命令しても従わないでしょう……』
サルタヒコ様が本気で嫌がること……。それって、つまり、わたしとキスすることですか……?
「な……なんで? わたし、うずめさんとそっくりなのに……」
「それは……あなたがうずめではないからだ。見た目が同じでも、うずめはうずめ、あなたはあなただから……ぐっ! くそ、キツネめ! オレはそんな簡単には乗っ取られんぞ! ぬおおおおお!」
完全に体を乗っ取ろうとする命婦と戦い、サルタヒコ様は再びもがき苦しみ始めます。わたしは、地べたに這いづくばって自我を保とうとあがいているサルタヒコ様を呆然と見下ろしながら涙を流していました。
「……うっ、うう……ぐすん。ですよねー……。わたしなんかが……外見がうずめさんそっくりなだけでドジっ子のダメダメなわたしなんかが、サルタヒコ様に相手してもらえるはずがなかったんですぅ~……。ふえぇぇ……」
二千年もの間離ればなれになってもサルタヒコ様が失わった妻への愛。それは、わたしにはけっして向けられないもの……。うずめさんと瓜二つでありながら、絶対に手に入らないモノ……。
「ミヤっち! 泣いているばやいか! このままうじゅ……うずめに負けたままで女として悔しくはないのか!? うずめを倒して、サぁータヒコをゲットするのじゃ!」
「うずめさんに勝つなんて無理ですぅ~! 今のうずめさん、人間の親から格闘術まで習ってますしぃ~! ふえぇぇぇぇん!!」
「宮廷内で篤く信仰されてきた由緒正しき女神のくせに、そんな簡単にあきらめるでない! うずめとそなたは、神としてのパワーはほぼ互角じゃ! そなたにとって最も有利な場所……デパートでなら絶対に勝てる! 元気を出せ!」
ウカ様はわたしの体を揺さぶり、励ましました。
「わたくしは、そなたの苦しい片想いをずっと見てきた! だから、報われてほしいと思っている! けっして、そなたの恋心を利用してうずめを消そうと考えているわけではない! ……いや、ちょっとだけ……半々ぐらいで考えていたりしないわけでもないが、そなたの恋が報われてほしいと願っているのは嘘ではない!」
ウカ様は、真剣な眼差しで、一度も噛まずにそう言いました。ウカ様、本音がだだもれですが……そこまでわたしのことを心配してくれていたのですね……。
「ぐすん……。本当はうずめさんと争うのは気が進みませんが、わたしもこのままでは気持ちを切り替えることができません。正々堂々と戦って、見事に玉砕してきます」
「まだそんな弱気なことを……! 玉砕なんてさせんぞ! わたくしには秘密兵器があるのじゃ! 絶対に、そなたを勝たせてみせる! そして、ミヤっちはサぁータヒコをゲットして、わたくしは父上の新たな結婚を阻止するのじゃ! ふはははは!」
ウカ様はふんぞり返り、高笑いしました。
秘密兵器……。そんなもの、ありましったけ……?
<雑談コーナー:猿田×作者>
猿田
「今回のオレ、散々な目にばかりあっていないか……?」
作者
「女の子にモテているんだから、ちょとぐらい酷い目にあっても罰は当たらんよ」
猿田
「でも、うずめと一緒のシーンが少ない……」
作者
「文句ばかり言わないでよ~。本当は、体を乗っ取られたシーンで、アキラ100%のモノマネをやらされる予定だったんだよ? でも、それをやった後に『うずめ以外の女とはキスできない(キリッ)』とか言ってもカッコがつかないから、カットしたんだからね?」
猿田
「お前……神に対してなんと罰当たりな……」




