9 まさかの転校生?
結局、猿田くんはその日帰って来なかった。
「写真の猿田くん、泣いていたけれど……大丈夫かなぁ~」
「心配しなくても大丈夫ですわ、うずめさん。警察の留置場といっても、神様がおいたをした時に反省してもらうためにアマテラス様が作った施設で、そんなひどい扱いを受けたりはしませんから」
夜、隣で寝ているトヨちゃんが、わたしにそう言った。トヨちゃんの声は優しく囁くようで、お母さんに抱きしめられているような安心感がある。
「ありがとう、トヨちゃん。そう言ってもらえると、少しは気持ちが落ち着くよ」
今、わたしとトヨちゃんは同じベッドの中に入る。
ウカちゃんたちが夜中に襲撃してくることを警戒して、しばらくの間、わたしの部屋で寝泊まりしてくれることになったのだ。
「さすがのウカ様も、同じ食物神のよしみで仲がいいわたしがうずめさんのそばにいたら、わたしを巻きこむようなとんでもない暴挙には出ないでしょう」
ということだった。
とんでもない暴挙って何だろう……。家ごとわたしを爆破するとか? あのスサノオ様の娘だからやりかねないよね……。
「しばらくの間、わたしは人間の少女としてうずめさんのそばにいますね。『親が海外に転勤した親戚の女の子を預かっている』という設定でいきたいと思います」
トヨちゃんが人間のふりをして葦原中国(人間界)に滞在する間、トヨちゃんは笑美家の親戚の女の子ということになった。
わたしとトヨちゃんが家に帰った時からそういうことになっていて、お父さんとお母さんはトヨちゃんのことを「トヨちゃん、トヨちゃん」と言って可愛がっている。
いったいうちの両親に何をしたのか分からないけれど(たぶん記憶をいじくったのだと思う)、神様たちが人間界で人間のふりをして潜伏する時によく使う手段らしい。猿田くんも、中学生のふりをして堂々と学校に通っているし、神様の業界ではそんなに驚くべきことではないみたい。
「明日から、学校にも同行させていただきます。大正時代に女学生のふりをして学校に通ったことがありますが、久しぶりに学生気分を味わうことができるので楽しみですわ♪」
アマテラス様お気に入りのトヨちゃんがここまでわたしにつきっきりでボディーガード役をしてくれるのは、アマテラス様がそれだけわたしのことを心配してくれているということだろう。アマテラス様のわたしを思う気持ちがありがたくて、ちょっぴり感動してしまった。
何だかんだと言って、アマテラス様は人たらし……じゃなくて神たらしの女神様だよ。今回の件でアマテラス様から受けた恩をいつか返さなきゃ、とか考えちゃっているもん。
「トヨちゃんのセーラー服を見るの楽しみだなぁ~。……でも、ウカちゃんがまたスタンガンとか物騒な武器で襲ってきたら、トヨちゃんも一緒に逃げてね?」
穏やかな性格の女神であるトヨちゃんは荒事が苦手だ。だから、わたしは心配してそう言った。でも、トヨちゃんは「大丈夫ですわ」とのほほんとした声で言う。
「転校生は、わたしの他にもあと二人いますから」
「え? そ、それって、もしかして……」
わたしは、ものすごーーーく嫌な予感がするのであった……。
☆ ☆ ☆
嫌な予感は、もちろん的中した。
翌日の朝のホームルームで、担任の夏谷奈津子先生(この人も新キャラじゃないよ。第1巻でちょっとだけ出てるからね)が、
「今日は、みんなにお知らせがあります。一年三組に新しい仲間が加わります」
と、猿田くんが転校した時とまったく同じセリフを言った。
「しかも、三人です」
転校生が三人もいると聞き、教室はちょっとだけざわついた。
一人はトヨちゃん。あとの二人は……。
「うちのクラス、転校生多いよねぇ~。転校生といったら、今日は猿田くんお休みなの?」
わたしの前の席に座っている雪音ちゃんが振り返り、わたしに話しかける。
「な、なんでわたしに聞くわけ?」
「うずめちゃんだったら、猿田くんのこと何でも把握してるでしょ~?」
「そ、そんなわけないし。何でも知っているわけないし。……まあ、休みだけど。たぶん、今週は学校に来られないかも」
「ほら、やっぱり何でも把握してるじゃん。さすがは猿田くんの奥さん♪」
「ぐ……ぐぬぬぅ……」
わたしと雪音ちゃんがそんなやりとりをしている間に、転校生の一人目が教室に入って来た。その直後、教室のあちこちから「おおっ」という声が一斉にあがる。
「羽衣豊子と申します。親が海外赴任で不在のため、今は親戚の笑美うずめさんの家に居候させてもらっています。前の学校ではトヨちゃんと呼ばれていました。みなさん、仲良くしてくださいね♪」
トヨちゃんだった。
清楚で可憐なトヨちゃんは、わたしの予想をはるかに超えるほど、セーラー服が似合っていた。教壇にたたずんでいる彼女は、まるで天から舞い降りた天使のようで、女のわたしでも思わずうっとりとしてしまう。……実際は天使ではなく神様なんだけどね。
そして、着物を着ている時は下にさらしを巻いている(本人談)から、今まで気づかなかったけれど……。
トヨちゃん、胸にずいぶんと立派なものをお持ちなようで。あれで中学一年生は詐欺だよ。本物の中学生のわたしたち女子が束になって挑んでも、軽く蹴散らされるレベルですやん……。
「ご……五穀豊穣の女神だからか? いや、でも、ウカちゃんはあんなお子ちゃまだったし……」
「うずめちゃん、何ブツブツ言ってんの?」
女には微塵も興味がない雪音ちゃんが何か話しかけてきたけれど、わたしはトヨちゃんに見惚れてしまって、返事をすることさえ忘れていた。他の女子たちもトヨちゃんの美少女オーラに圧倒され、呆然としている。男どもなんて、「ありがたや……ありがたや……」とトヨちゃんを拝んでいるヤツが七、八人もいた。
「(男子ってそんなにも胸の大きな子がいいのかしら。わたしも中学時代にあれぐらいあったら……ぶつぶつ)……こ、こほん! では、残りの二人も入って来てください」
何事かをぶつぶつと呟いていた夏谷先生が我に返ってそう言うと、「へぇ~い」という声が廊下から聞こえてきた。少年とは思えないほど、その声は野太い。
ああ……。やっぱり、あいつらだ……。
教室に姿を現したのは、屈強な大男二人。
「転校生の、盛々《もりもり》筋肉でぇーす」
「同じく、天乃石門でぇーす」
わたしと鈴ちゃん以外の全生徒が、髭面でどう見てもおっさんの顔をした自称中学生二人を愕然とした表情で見上げ、完全に固まっていた。ついさっきまでの「美少女転校生キタコレ!!」という浮かれた気分はすっかり吹き飛んでしまっている。
夏谷先生も、胡散臭そうな目で二人を凝視していた。「この子たち、本当に十代……?」という心の声が聞こえてきそうだ。
……ええと。どこからツッコめばいいんだこれ。
とりあえず、タヂカラオ。あんた、盛々筋肉っていう名前以外にいいの思いつかなかったわけ……?
「え……ええと……。さ、三人は空いている席に座ってください」
夏谷先生がおそるおそるそう指示した。すると、盛々筋肉くん(タヂカラオ)が「先生、ちょっと待ってくれい」と野太い声で言い、迫力満点の顔でクラスメイトの男子たちを右から左へと順々に睨みつけていった。
え? 何する気? 変なことをやらかすのはやめてよ?
「おめえら、よく聞けぇ!! オレはうずめファンクラブの会長をつとめている世界最強の筋肉だ!!」
そう名乗ると、タヂカラオは「ふん!」と気合いを入れた。バリバリ、バリー! と、制服の上着が破れ、タヂカラオの鋼の肉体があらわになる。筋肉を誇示するために、わざわざ裸になるな!!
「うずめファンクラブの主な活動は、うずめの笑顔を守り、うずめの穏やかな生活を脅かす者を排除することだ!! もしも、この中にうずめに告白しようとか、うずめのパンチラを拝もうとか、不届きなことを考えているヤツがいたら、このオレが天罰を加えてやるからそのつもりでいやがれっ!!」
ビリビリ……と教室の窓ガラスが震えるほどの大音声で、タヂカラオは怒鳴った。その悪鬼のごとき迫力に、脅された男子だけでなく、女子たちも「ひ、ひぃ~!」とおびえてしまった。ただし、雪音ちゃんだけは、
「う、うずめファンクラブ!? うずめちゃん、いつの間にファンクラブなんて作ってたのよ! アイドルのオーディションを受ける前からすごいじゃん! いいな、いいな~! わたしもファンクラブ欲しい! 男子たちにちやほやされたぁ~い!」
などと言いながら目を輝かせていた。さすがは雪音ちゃん、図太い女である。
わたしは雪音ちゃんにかまっているどころじゃなかったので、彼女の質問を(悪いけれど)無視して、席をガタンと立った。タヂカラオがこれ以上余計なことを言う前に止めないといけない。
「ちょっと、あなた。みんながビビってるからやめなさ……」
わたしはそこまで言いかけた時、今度は天乃石門くん(名前、そのまんまやん)が前に進み出て口を開いた。
「待てよ、盛々筋肉くん。お前だけカッコつけるな。うずめファンクラブ副会長のオレにもしゃべらせろ」
あっ、ヤバイ。こいつも何かやらかしそう……!
「うずめに不自然に近づこうとするヤツはウカ様が放った刺客かも知れない! 今日から、うずめと話したいヤツは、男だろうが女だろうがこのオレを通してもらうことにする! 文句があるヤツは、前に出な!!」
そう啖呵を切り、拳をベキボキ鳴らす天乃石門くん。
……前々回、わたしは、アメノイワトのことを『個性的すぎる神様の中では辛うじて常識人の部類に入る』とか評価していたけど……。ごめん、前言撤回させてください。
こいつ、ダメだ!! やっぱり、戦闘タイプの神様は脳みそ筋肉ばかりだぁぁぁ!!
「文句なら、あるわよ!!」
堪忍袋の緒がプッツンと切れてしまったわたしは、どしん、どしん、と怪獣みたいな足取りで教壇までおもむき、
「あんたたちのその顔で、中学生は無理がある!! その設定はなし!! なかったことにしなさい!!」
と、ズバリ言ってやった。
盛々筋肉くんと天乃……もうめんどくさい、タヂカラオとアメノイワトは、
「そ、そんなぁ~! せっかくうずめときゃっきゃっうふふな学園生活ができると思ったのにぃ~!」
と声をそろえて半泣きになった。でも、慈悲はない。
「トヨちゃん。この二人の設定はなし、っていうことで」
「……そうですね。ぎりいけるかと思ったのですが、無理っぽいですね。人間の子供たちに脅迫まがいの発言をこれ以上繰り返したら、高天原警察に通報しないといけなくなりますし」
「え? え? 笑美さんと羽衣さん、二人とも何を話しているの……?」
夏谷先生が困惑し、鈴ちゃん以外のクラスメイトたちも頭の上でクエスチョンマークが飛び交っている様子。
「では、お二人には申し訳ありませんが、お二人の設定はなかったという方向で。今からこの教室のみなさんの記憶を書き換えますので、お二人は教室からご退出ください」
トヨちゃんがちょっと気の毒そうに言うと、タヂカラオとアメノイワトは、
「うわーん! うずめの意地悪ぅ~! でもそんなところも好きぃー! オレたちは陰から見守っているからなぁ~!」
と泣き叫びながら出て行った。おい、窓から出て行くなってば! ここ三階だよ!?
「き、きゃー!? 生徒が飛び降りたぁーーーっ!!」
夏谷先生が悲鳴を上げ、クラスメイトたちも騒ぎ出した直後、
パン! パーン!
トヨちゃんが柏手を打つように手を二回叩いた。
すると、ぎゃあぎゃあ騒いでいた教室のみんなは一瞬虚ろな表情になり、一、二秒で生気を取り戻した。
「あ……あれ? わたし、さっきまで何を……」
スマホで救急車を呼ぼうとしていた夏谷先生が呆然とそう言う。教室のみんなも夢からさめたばかりみたいな顔をして、おたがいの顔を見合わせていた。
「転校生の羽衣豊子です♪ よろしくお願いします♪」
ニコリ、とトヨちゃんが最高の愛嬌をふりまいて微笑む。そこで、ようやくみんなは「ああ、そうだった! 美少女転校生がやって来たんだった!」と思い出すのだった。あと二人、髭面の転校生がいたことはすっかり忘れて……。
「タヂカラオ様とアメノイワト様……いったい何しに来たのでしょうか……」
わたしが席に戻ると、近くの席の鈴ちゃんがポツリとそう呟いているのが聞こえた。
本当に、何しに来たんだかって感じだね……。
でも、あの二人のことだから、隠形の術でも使って、わたしのそばから離れないだろう。ウカちゃんからわたしを守るという大義名分のもと、わたしの近くにいられる絶好の機会だし。
結局、この日は、学校ではウカちゃんの襲撃はなかった。ただ、かわりに、高天原警察の留置場で拘束されていた猿田くんが、ウカちゃんによってさらわれてしまうことになるのだけど……。
<雑談コーナー:うずめ×作者>
うずめ
「今回のエピソード、いる??? タヂカラオとアメノイワトが馬鹿騒ぎしていただけで終わっちゃったじゃない!」
作者
「いるよ! 超重要なエピソードだよ! トヨちゃんのセーラー服姿がおがめるし、トヨちゃんの巨乳設定が明らかになるんだよ!? ほら、すごく重要な回じゃないか!!」
うずめ
「(ジト目になりながら)……どうせ、お気に入りのトヨちゃんの出番を増やそうという企みなんでしょ?」
作者
「包容力があるお姉ちゃんキャラの女の子、大好きです!! 我こそは伊勢の大地より立ちのぼる姉萌えの積乱雲!!(ただし一人っ子)」
うずめ
「…………」(←哀れな生き物を見つめる眼差し)
作者
「あっ、でも、アマテラス様にもセーラー服を着させたいんですよねぇ~。続編があったら、アマテラス様も学校に来ていただこうかしら」
うずめ
「アマテラス様もお気に入りだよね、あなた」
作者
「だらしなくて甘えん坊なお姉ちゃんキャラの女の子も大好きです!! 我こそは伊勢の大地より立ちのぼる姉萌えの……」
うずめ
「もういい。分かった。分かったから、ちょっと黙ろう?」
作者
「この世界には!! 癒しが、姉萌えが……!! 圧倒的に足りなすぎる……!!」
うずめ
(あまり考えないようにしていたけれど、ひょっとするとこの作者は病んでいるんじゃないだろうか……)




