7 ミヤっちて何者?
「みなさん、ご心配をおかけしました。もう大丈夫ですので……」
鈴ちゃんの家に運ばれたトヨちゃんは、鈴ちゃんのご両親が客間に用意した布団に寝かされて安静をとり、一時間ほどして回復した。
部屋には、わたし、トヨちゃん、タヂカラオ、アメノイワトたち神様ズ。そして、愛野家の住人である鈴ちゃんとお父さんの雄介さんがいる。一つの部屋にこれだけの人数が集まると、けっこう狭い……。
ウカちゃんにベコボコに踏まれた半蔵は、猿田くんの神使であるカエルの彦太郎とサルの藤吉に、アメノウズメ(つまり、わたし)の社殿内で手当してもらっている。
「豊受大神様、粗茶ですがどうぞお飲みくださいませ」
雄介さんが、畏まりながらお茶をトヨちゃんに捧げた。
今のトヨちゃんたち神様は「隠形の術」を使っていないから、人間たちに姿を見せる「顕現」の状態。だから、神主でありながら神通力が無い雄介さんでもトヨちゃんたちの姿が見えているのだ。
「何から何までありがとうございます。……まあ、とっても美味しい」
「娘の結婚式を神様たちの都で挙げていただけたご恩を思えば、この程度のことは大したことありません。お陰様で、娘の奏もオリバー君と幸せに暮らしています」
ニコニコとうれしそうに話す雄介さん。ちょっと腰を浮かせて正座しているのは、イボ痔が辛いからかな……?
「では、何かご用がございましたら遠慮なくお呼びくださいませ。家内がいま夕飯を用意していますので、ぜひ召し上がっていってください」
そう言って丁寧に頭を下げると、雄介さんは部屋から出て行った。微妙にお尻をかばった歩き方をしながら。タヂカラオが「あのおっさん、痔?」と無遠慮に言い、わたしはタヂカラオのお尻をつねった。
「お、お恥ずかしいかぎりです……」
鈴ちゃんが恥ずかしそうに顔をうつむかせてそう言うと、トヨちゃんが「そんなこと気にしなくてもいいのですよ。人間はあの年頃になると、持病の一つや二つあるものなのですから」となぐさめた。
「後で出雲大社のオオクニヌシ様に連絡して、あなたのお父様の持病がよくなるように頼んでおいてあげますね?」
「えっ、オオクニヌシ様は痔が治せるのですか?」
「あの方は病の治癒を得意としている神ですから、痔ぐらい何とかなると思いますわ。栃木県の國神神社では、オオクニヌシ様が大己貴命という名前で祀られていて、痔の予防・治癒を祈願する『じかたまじない』という祭りが行われているぐらいですから」
出雲大社の大国主神っていうと、因幡の白兎を助けたお話で有名なあの神様? たしか、スサノオ様と関係のある神様だったような……。
「あのスサノオ様の子孫にあたる神様が、治癒が得意だとは知りませんでした。わたしもまだまだ勉強不足です」
あっ、やっぱりスサノオ様関連の神様だったのね。最近、スサノオ様ゆかりの神々を知る機会が多いなぁ~……。
「鈴の親父さんの痔の話はここらへんにしておいて、ウカ様とミヤっちの話をしたほうがいいんじゃないのか。うずめが命を狙われているんだし」
個性的すぎる神様の中では辛うじて常識人の部類に入るアメノイワトが、そう言ってお茶をずずずっ……とすすった。
ちなみに、戦闘モード中はそれぞれ柔道着と鉄の甲冑を着ていたタヂカラオとアメノイワトだけど、今は白のTシャツとジーパンというラフなかっこうに衣装チェンジしていた。
Tシャツには「うずめ命」と大きく書かれている。それ、うずめファンクラブの公式グッズか何かなの……?
「そうですね。まず、なぜウカ様がうずめさんの命を狙っているのか、なのですが……」
トヨちゃんは、ウカちゃんの「うずめ暗殺作戦」の動機について語ってくれた。
その話によると、元凶はやっぱりスサノオ様にあるらしい。スサノオ様がわたしを三人目の奥さんにしようと企んでいるらしく、それに怒った娘のウカちゃんがわたしを亡き者にしてやると息巻いているそうなのだ。
「スサノオ様にはすでに二人の奥さんがいて、表面上は仲良く暮らしているのですが……」
「陰ではバチバチと女の戦いが繰り広げられている、っていうわけね。何となく想像つくわぁ~。スサノオ様って無神経だから女の人の嫉妬心を無意識に煽っちゃいそうだもん」
「スサノオ様本人はゴーイングマイウェイで大ざっぱな性格なので、そういった妻同士のネチネチとした争いに気づいていないのですが、ウカ様たち子供の神々は色々と気苦労が多いそうです」
う、う~む……。なるへそなぁ~……。何千年も生きているとはいえ、幼い外見のウカちゃんが二人の母親の水面下の戦いに胃を痛めている光景を想像すると、ちょっとかわいそうな気がする……。
「ウカちゃんの事情は分かったわ。今度ウカちゃんと会ったら、わたしの夫は猿田くん一人だけだからスサノオ様とは結婚しないって……言ってあげな……きゃ……」
そこまで言いかけて、わたしは自分がかなり恥ずかしいセリフを言ってしまっていることに気づき、顔を赤らめて固まってしまった。
「へぇ~……。夫は猿田きゅん一人……ねぇ……」
「あーあ……。サルタヒコのヤツ、もういっぺん黄泉の国に堕ちないかなぁ……」
面白くなさそうな顔でブツブツ呟くうずめファンクラブのタヂカラオ、アメノイワト。
「うふふ。記憶は無くしても夫婦仲はうまくいっているようで、安心しましたわ♪」
「う、う、う……。うれしいです……。わたしが巫女としてお仕えしている夫婦神が、ようやく本当の夫婦らしく……」
温かい眼差しでわたしを見つめるトヨちゃんと、感動して泣いている鈴ちゃん。
「う、うがーっ!! さっきの発言に過剰に反応するのは、みんなやめてよぉ~!!」
わたしは羞恥心に耐えられず、両手と両足を使って暴れた。
どげしっ! とわたしの右手がアメノイワトの頬に当たり、アメノイワトは「ありがとうございます!」と叫びながらひっくり返った。……なんでお礼を言ったの?
「まあまあ、うずめさん。落ち着いてください」
「ふー!……ふー!……ふしゃー!!」
「どうどう、どうどう。……それで、ウカ様の事情は分かりましたが、ウカ様と行動を共にしているうずめさんそっくりの女神様はどなたなのでしょうか?」
鈴ちゃんがわたしをなだめながら、トヨちゃんにそうたずねる。
そ、そうだ。暴れている場合じゃなかった。あの女神様は、なんでわたしと瓜二つなのか、わたしも知りたかったんだよ。
「彼女はミヤっち……オオミヤノメ(大宮売神)といいます。アマテラス様に仕える侍女で、ウカ様と共に稲荷神社に祀られている神々の一人でもあります」
「えっ……。アマテラス様の部下とウカちゃんのおもり役を兼任しているの!? あのわがままな二人の面倒を同時に見るなんて、わたしなら胃に穴が開きそう……。なんで、そんなに大忙しなの?」
「ミヤっちは、気弱なところはありますが、昔から神や人に必要とされる愛されキャラなんですよ。その愛らしく親しみやすい性格から、古来より宮廷の人々からは、『君臣の間に調和をもたらす女神』として信仰されてきましたし」
「君臣……調和……え、ええと……。ごめん、トヨちゃん。中学一年生にも分かるように説明してくれると助かる……」
「あっ、すみません。ちょっと難しかったですか? ……つまり、ミヤっちがいると、何となく場が和むのですよ。
たとえば宮廷で天皇と貴族たちが難しい会議や大事な儀式をしている時、可愛らしい少女の姿をした女神が何か手伝おうと意気込んでやって来て、
『は、はわわぁ~! 天皇さんの服にお茶をこぼしちゃいました! ごめんなさい、天皇さん!』
『ああ~! 今度は藤原さんの大事な書類にお茶を……! ごめんなさい、ごめんなさい!』
……などとドジっ娘属性を発揮したら、おじさんたちは和んじゃいますよね?」
お茶をこぼしてるだけじゃん……。でも、ドジっ娘キャラってたしかに憎めないからなぁ~。
「ミヤっちは、そんな人々に和をもたらす性格がもてはやされ、商売繁盛の神や家族和合の神としても信仰されている女神なのです」
「ミヤっちが人気のある女神だということは分かったけど……。わたしと同じ顔をした子が『はわわ! お茶をこぼしちゃいましたぁ~!』とか言っているのを想像すると、何だか微妙な気持ちになるなぁ……」
「いや、ミヤっちは昔はうずめとぜんぜん違う顔をしていたんだぜ。ある日、急にうずめのそっくりさんになっちまったんだ」
わたしはタヂカラオの発言に驚き、「え!? 何それ! 整形でもしたの!?」と叫んだ。すると、アメノイワトが「ちゃう、ちゃう。整形なんて、チョンマゲの時代にはない」と言って手を振る。
「原因は、たぶん人間たちだ。彼女のみんなに愛されるキャラが、『踊りの女神アメノウズメに似ているような気がする』→『アメノウズメとオオミヤノメってキャラかぶってね?』→『きっと同一神に違いない!』ということになって、一部の人間の学者や信者たちの間で『ミヤっち=うずめ』説が唱えられるようになったんだよ。……その説がけっこう広まり始めたころ、ミヤっちはうずめそっくりになったのさ」
「いやいや、わたしとあの子、そんなに性格似てる!? ていうか、そんなことで神様の顔って変わるの!? こわっ! 神様の世界、こわっ!!」
キャラかぶりしている神様がいたら、その神様とそっくりさんになるなんて恐すぎるじゃ~ん!! しかも、人間たちのウワサでって……!!
「わたしたちの力の源は人間たちの信仰心ですので、人間たちの神への認識がわたしたちの外見や性格に影響をおよぼすことはまれにあるのです。
……ただ、そうしょっちゅうそんなことが起きるわけでもなくて、『わたしはわたし! 他の神とキャラかぶりなんてしてない!』と自分のアイデンティティーをちゃんと保っていたら、見た目がガラッと変わってしまうことはありません。わたしも同じ食物神であるウカ様と同一神だとウワサされることがありますが、ぜんぜん見た目も性格も違いますし。
たぶん、ミヤっちの心の中に『うずめさんがうらやましい、うずめさんのようになりたい』という気持ちがあって、人間たちの信仰の影響を強く受けてしまったのかも知れません」
「わ、わたしのことがうらやましいって……。ミヤっちは、いったい、わたしの何を――」
そこまで言いかけた時、わたしは、ウカちゃんとミヤっちのある会話をふと思い出した。
――気弱になるな、ミヤっち! サぁータヒコが当分戻って来れないすきに、うずめをやっちゅ……やっつけるのじゃ! そうしたら、サぁータヒコはミヤっちのものになるぞ!
――さ、サルタヒコ様がわたしのものだなんて! あんなこともこんなこともしたい放題だなんて! そ、そんなのはしたないですぅー! あ、あばばばばば!!
も……もしかして……。ミヤっちは、猿田くんのことを……?
わたしがあまり想像したくないことを考えかけた時、トヨちゃんの着物の懐からブルルル……ブルルル……と何かが震える音が聞こえた。
「……あっ、すみません。アマテラス様からメールが来たみたいです」
トヨちゃんがそう言いながら、懐からスマートフォンを取り出した。
……え? 何? メール? 神様もスマホを使いこなす時代なの? ケータイ会社との契約ってどうやってるんだろ……。
「……アマテラス様、何て?」
「ええと~……。サルタヒコさんの写真が添付されているのですが……」
「えっ、猿田くん!? 高天原の警察署に飛ばされたっていう話だったけど、よかった、無事だったのね! 見せて、見せて!」
わたしは猿田くんの名を聞いて食いつき、トヨちゃんのスマホの画面をのぞきこんだ。
「…………な、何じゃこりゃ……」
「ここはたぶん留置場かと。サルタヒコさん、鉄格子の中ですっごい号泣していますね……」
アマテラス様のメールの文章を読むと、こう書かれていた。
高天原警察署なう(^O^)/
サルタヒコIN豚箱なうwwwwww
豚箱って……牢屋の中? 猿田くんが!?
「な、なんで!? 猿田くんが何したっていうのさ! 濡れ衣だよ!」
「……メールの文章に続きがあります。『うずめをストーカーした容疑なうwwwwww』だそうです」
「…………」
わたしは黙りこみ、鈴ちゃんが「濡れ衣……じゃないですね」とポツリと呟いた。
これって、猿田くん、しばらく帰って来られない展開じゃないの……?
<雑談コーナー:ミヤっち×作者>
作者
「ところでさ、ミヤっち」
ミヤっち
「はい、何でしょう(なんでこの人、神様のわたしに馴れ馴れしいのでしょうか……)」
作者
「昔の時代は、神様と人間ってけっこう交流とかしていたの? ミヤっちは宮廷の会議や儀式を邪魔……げふん、げふん、お手伝いしたりしていたんでしょ?」
ミヤっち
「人間たちが神々の存在を普通に信じていた頃は、アマテラス様がワカタケル大王(雄略天皇)という人に女性のナンパの仕方を教えてあげたりしていましたね……」
作者
「??? なんで、アマテラス様が天皇にナンパのしかたを……?」
ミヤっち
「ワカタケル大王さんって、かなり乱暴な人だったから、か弱い女の子たちに恐がられてモテなかったんです。だから、悩んだワカタケル大王さんは巫女を通じてアマテラス様に『子孫を絶やさないために、女性にモテる方法を教えてくだされ!』とお願いしたんです」
作者
「それで、アマテラス様はなんてアドバイスしたの?」
ミヤっち
「『おっかないあなたの意外な一面を見せたらギャップ萌えになるから、ノリノリな感じの歌でも詠みながら話しかけてみなさい』と……。それでワカタケル大王さんがナンパをするために作った歌が、『万葉集』の一番最初にのっている歌なんです」
籠もよ み籠持ち
掘串もよ み掘串持ち
この丘に 菜摘ます児
家聞かな 名告らさね
そらみつ 大和の国は おしなべて われこそ居れ しきなべて
われこそ座せ われこそは 告らめ 家をも名をも
<意訳>
OH! 籠YO! YO! 美しい籠を持ち
ヘラYO! 美しいヘラを手に持ち
この丘で菜を摘む乙女YO! YO!
君はどこの家の娘だい!? 名前はなんと言うんだい?
このそらみつ大和の国は、すべてオレが治めているんだYO!
オレこそ名乗るぜ 家柄も名も YO! YO!
作者
「……いきなりこんなノリで迫られたら、私が女ならたぶん逃げるかなぁ~」
ミヤっち
「いや、これはあなたの意訳がひどすぎると思いますよ……?」




