6 炸裂、稲荷寿司手裏剣!
「うずめさーーーん!」
鈴ちゃんの悲鳴が夕空に響き渡る。わたしは、ウカちゃんのスタンガン攻撃を避けられそうにない。このスタンガン、異様なほどバチバチいっているけど、もしかしたら改造をしているのかも。
「も、もうダメ! ……猿田くん!!」
わたしは無意識に猿田くんの名前を呼んでいた。猿田くんは高天原に飛ばされちゃていて、助けなんて来るはずもないのに――。
「ウカ様! そこまでです! ……稲荷寿司手裏剣っ!!」
空から稲荷寿司が手裏剣みたいにビューン! と飛んで来たのは、スタンガンがわたしの体にふれる直前のことだった。
「い、稲荷寿司ぃ~!?」
なんでここに稲荷寿司が……とか思う暇もなく、稲荷寿司手裏剣(?)はウカちゃんの口の中に入った。
「む、むぐぐぅ!? ……お、おいちい~!!」
ウカちゃんは恍惚とした表情になり、スタンガンを手から取り落とした。よほど稲荷寿司が美味しかったのか、ふにゃ~んとなっている。稲荷神社には油揚げがお供えされるって聞いたことがあるけれど、神使のキツネだけじゃなく神様のウカちゃんも好物だったのね……。
ていうか、さっき頭上からした声は聞き覚えがあるような……。
わたしがそう思って見上げると、案の定、紅色の空には、天の羽衣をまとい紅花染めの着物を着たトヨちゃんがプカプカ浮いていた。
トヨちゃん。本名はトヨウケビメ。豊受大神としてアマテラス様と共に伊勢の地で祀られている食物・穀物の女神だ。
「と、トヨちゃん! どうして人間界に!?」
「アマテラス様のご命令で、うずめさんをみんなで助けに参りました。うずめさん、お怪我はございませんか?」
トヨちゃんはそう言いながら、ふわりとわたしの横に着地した。
「うん、大丈夫。でも、《《みんなで》》ってことはもしかして……」
「うずめぇーーーっ!! 無事かぁーーーっ!?」
ず、ズゴゴゴゴ……! という地響きが足元からして、これまた聞き覚えのある声が地下から……。
ズガーーーーーーン!!!
力持ちの神様アメノタヂカラオ(天手力男神)が、アスファルトの地面を突き破って現れた!!
「うずめファンクラブ会長タヂカラオ、見参っ!!」
「どこから出て来たの!? 普通に登場しなさいよ!! ていうか、こんなに道路をめちゃくちゃにして、後でニュースになっちゃうよ!!」
「ふはははは! オレもいるぞ、うずめ!」
「はっ! こ、この声は……!」
今度はどこから現れるの!? と思って警戒していたら……。
「うずめファンクラブ副会長アメノイワトワケノカミ(天石門別神)、参上!!」
宮殿の門を守護する神様アメノイワトが、「柿田」という表札がかかっている民家の門から出て来て、そう名乗った。
ちょっと、あんた! なんで人様の家から普通に出て来ているのよ!?
「おじいさん、お饅頭ありがとう。美味しかったよ」
「どこのどなたか分からんが、なんて神々しい雰囲気をまとったお方じゃ。ありがたや、ありがたや……。また遊びに来てください」
「ああ、また世間話をしような。昭和のアイドルの話とか」
「ワシは山口百恵のファンですじゃ。お土産に、ばあさんが作った漬物をどうぞ」
「おお~、こいつは美味そうだ」
しかも、柿田さんとお友達になってるしぃー!!
ていうか、柿田さん、あなたの家の前の道路がめちゃくちゃになっているのに騒がないの!? 何事もなかったかのように家の中に入っちゃったけど!
「ウカ様ぁ~。おいたはそろそろやめにしようぜぇ~?」
「うずめファンクラブの我々が駆けつけたからには、うずめに指一本ふれさせませんよ?」
ウカちゃんの前と後ろから、タヂカラオとアメノイワトがちょっと威圧的に言った。
タヂカラオは柔道着、アメノイワトは鉄の甲冑を身につけている。タヂカラオはまだいいにしても、アメノイワトと道ばたで出会ったら誰でも通報してしまうだろう。
何も事情を知らない人が見たら、図体のでかい怪しげな男二人に幼女がいじめられているようにしか見えないよね、これ……。
「ぐ、ぐぬぬぅ~……。厄介なヤツらに囲まれてしまった。……ぐすん」
まだ泣きやんでいないウカちゃんが、ぐずぐず鼻をすすりながら、そう呟いた。うん、たしかに色々と厄介な神様たちであることは認めるよ……。
「ウカ様。仲間の神を暗殺するなどという野蛮な行為は、アマテラス様がお許しになりません。今すぐ、手をお引きください」
トヨちゃんが、彼女にしてはかなり強い口調でそう言い、ウカちゃんをキッとにらんだ。おお、いつも癒し系キャラのトヨちゃんが珍しく怒っている。
普段は温和な人が怒る時ほど恐いものはない。ウカちゃんはビクッと肩を震わせ、幼い顔をぐにゃりと歪ませた。
「と、トヨちゃんはわたくしと同じ食物の女神なのに、うずめの味方をするのか!? う、う、う……うわぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」
「わっ、また大泣きしはじめた! み、耳が痛い……」
わたしとトヨちゃんたち神様、鈴ちゃんが顔をしかめて耳をふさぐ中、わたしと瓜二つの顔をした女神がウカちゃんに駆け寄り、
「う、ウカ様! ここはいったん退散しましょう! ね、ね?」
そう言いながらウカちゃんを抱き上げた。そして、命婦の背中にまたがり、
「命婦! 逃げてください!」
と命令した。命婦は「御意……」と短く答え、空を天高く駆け上がる。
「あっ、ちょっと! 待ちなさいよ! あなた、なんでわたしと顔がそっくりなの!?」
わたしはそう呼びかけたけれど、命婦はあっという間に夕空の向こうへと消えてしまったのであった……。
「ああ~ん、逃げちゃったぁ……。あの女神、何者なんだろう……」
「そこらへんのお話は、うずめさんの神社でゆっくりと説明させていただきたいと思いますわ。ウカ様がなぜうずめさんを狙っているのか、ということもふくめて。……ごふっ!」
「えっ、トヨちゃん!? 急に吐血なんかして、大丈夫!?」
トヨちゃんは青ざめた顔で、ふらふらだ。倒れそうになったトヨちゃんの華奢な体をタヂカラオが慌てて支える。
「だ、大丈夫です。……ただ、食べ物を放り投げるという、食物の女神としてあるまじき行為を行ったため、精神的に大きなダメージを負ってしまいまして……。げふっ!」
「さっきの稲荷寿司手裏剣のこと? あわわ、わたしを助けるためにごめんね!」
「トヨウケビメ殿。そんなに気に病むな。あの稲荷寿司は、ウカ様がちゃんとキャッチして食べたのだから、食べ物を粗末にしたことにはならないさ」
ナイスフォロー、アメノイワト!
「そうだぜぇ~、トヨウケビメ殿。オレなんて、しょっちゅう冷蔵庫の中の食べ物を賞味期限が切れるまで放置しちゃって、もったいないなぁ~と思いながら捨てることがあってさぁ~。それに比べたら、稲荷寿司を放り投げることぐらい、ぜんぜんオーケーだぜ」
「た、食べ物を賞味期限が切れるまで放置……!? しかも、捨て……げふぅーーーっ!!」
ぎゃぁぁぁぁぁ!! 今度は大量に吐血したぁぁぁぁぁ!!!
「しまった……。さっきのは失言だった……」
「タヂカラオのばかちん! あんた、トヨちゃんを殺す気!? アマテラス様に言いつけるからね!」
「や、やめてくれよぉ~。アマテラス様、トヨウケビメ殿のことになったらガチ切れするからぁ~!」
「ぐだぐだ言っていないで、トヨちゃんを鈴ちゃんの家まで運びなさい! アメノイワトも手伝って! 鈴ちゃんは一足先に家に行って、ご家族に『神様が一人血を吐いて倒れたから、介抱する準備をしておいてください』って伝言してくれる!?」
わたしは、ウカちゃんに散々踏まれて気絶中の半蔵を抱きかかえると、テキパキとみんなに指示を出した。
鈴ちゃんのご両親、雄介さんと栄子さんは、長女の奏さんとオリバーさんの結婚式をアマテラス様に高天原で挙げてもらっているから、トヨちゃんたち神様とも顔見知りなのだ。
<雑談コーナー:うずめ×トヨちゃん>
うずめ
「ねえ、トヨちゃん。どうして稲荷神のキツネは油揚げが好きっていうことになっているの?」
トヨちゃん
「昔は、キツネの好物はネズミを油で揚げたものだとされていたんですよ。キツネ狩りを行う時にも、ネズミの油揚げを餌に使っていましてね」
うずめ
「えっ……。ね、ネズミ……?」
トヨちゃん
「でも、稲荷神にお供えする時にネズミの油揚げをお供えしたら、ちょっと……アレじゃないですかぁ」
うずめ
「まあ、そうだよね。ちょっとアレだよね……」
トヨちゃん
「そこで、ネズミの油揚げのかわりに豆腐の油揚げをお供えするようになったんです」
うずめ
「よかった……。昔の人たちが神様のお供えをする時に工夫をしてくれて、よかった……。油揚げ(豆腐)が大好きなキツネは可愛いけれど、油揚げ(ネズミ)が大好きなキツネはイメージ的にアレだから……」




