5 うずめ暗殺!?
「喰らえ! 神の鉄槌!!」
狐耳の幼女はわたしの体にスタンガンを押し当てようと、飛びかかって来た。
な、何が神の鉄槌よ! 神様のくせしてそんな近代的な武器を使っちゃってぇ!
「遅い!!」
チアリーディング部で培った柔軟な体は伊達じゃない! わたしは素早く身をひるがえし、スタンガンをよけた!
「この! この! このーーーっ!」
狐耳の幼女は躍起になって、スタンガン攻撃を連続で仕掛けてくる。でも、最初の不意打ちさえかわしたら、幼女の動きなんてとろいとろい。わたしは難なく攻撃をかわしていった。
「いい加減にしなさい! あなたのお父さんとお母さんはどこ? 親御さんに言いつけて、叱ってもらうわよ!?」
「うるしゃいうるしゃい!! 子供扱いするなぁ~!! ……くっそぉ~、ちょこまかちょこまかと~!」
狐耳の幼女は歯ぎしりをすると、「来い! 命婦!」と叫んだ。
え? みょうぶ? 誰?
わたしがキョトンとしていると、
「うずめさん! 後ろ!」
という鈴ちゃんの声がした。その直後、背後からものすごい霊力を感じて、わたしはとっさに側転した。
わたしがさっきまでいた場所を、白く美しいキツネが目にも止まらぬスピードで通過する。あそこに突っ立っていたら、吹っ飛ばされるところだった。
「うずめさん! 大丈夫ですか!? サルタヒコ様の霊力が急に地上から消えたので、心配して家から走って来ました! ぜぇ……ぜぇ……」
巫女服の鈴ちゃんが駆け寄って来て、呼吸が乱れた声でそう言った。全力で走って来てくれたのか、全身汗びっしょりだ。
「大丈夫だよ、ありがとう。……あれが、鈴ちゃんが言っていた白いキツネ?」
「は、はい、そうです。気をつけてください、うずめさん。あの狐耳の女神様はもちろん、神使のおキツネさんもすごい霊力です。……おそらく、あのお方は……」
「くっくっくっ。信仰心を失った近ごろの人間どもの中にも、まだわたくしたちの姿をハッキリと見ることができる力ちゅよ……ちからつよきち……力強き巫女がいたとはな」
カッコをつけようとして、やっぱり途中で噛んでしまう狐耳の女神。
女神のかたわらでお座りしている白いキツネ――命婦という名前らしい――が、「ウカ様、無理して芝居がかったセリフを言わないほうが……」と心配している。その声は、落ち着いた大人の女性のようである。
「うじゅ……うずめよ、そなた記憶喪失だそうだな。わたくしのことも忘れてしまったのなら、教えてやろう。二度と忘れぬよう、わが名をしっかり頭に刻んでおくがよいぞ! わたくしの名は――」
「あのお方は、やっぱりウカノミタマ様です! 日本各地の稲荷神社に祀られている穀物神!」
「あー、そうなんだぁ~。朝、教室で鈴ちゃんが言っていたのが正しかったんだねー」
「おい、貴様ら! せっかく、わたくしがカッコよく名乗ろうとしていたのに、先に言うな! そして、軽いノリで流そうとするな! むきぃ~!!」
狐耳の女神――ウカノミタマ――は、顔を真っ赤にして怒り、地団駄を踏んだ。見た目は完全なお子様で、とても数千年も生きている神様には見えない。
「ウカちゃんって、スサノオ様の娘さんでアマテラス様の姪っ子なんでしょ? どうして、アマテラス様と仲良しのわたしを襲ったりするの?」
「ウカちゃん言うな! その子供っぽい呼び方は、父上と二人の母上、それにアマテラス伯母上にしか許していないのじゃ! 記憶を無くしても、そういう馴れ馴れしい性格は変わらんのだな、この能天気女神は!」
どうやら、人間の少女になる以前のわたし(アメノウズメ)も、彼女のことを「ウカちゃん」と呼んでいたらしい。
「ねえ、ウカちゃん。神様同士、仲良くしなきゃ。こんなこと、もうやめようよ」
「だーかーらー! ウカちゃん言うなと言っておるだろうがー!」
ムキーっ! と怒ったウカちゃんは、「もう激おこぷんぷん丸じゃ!!」と叫びながら命婦の背中に飛び乗った。
「行け、命婦!!」
「御意……」
ウカちゃんをのせた命婦は、ふわりと宙を浮くと、空を駆けてわたしに突っ込んで来た!
「鈴ちゃん! 危ないから下がっていて!」
「う、うずめさん!」
わたしは、命婦の最初の突撃をしゃがんでかわすと同時に、ダッと走り出した。鈴ちゃんからなるべく離れるためだ。鈴ちゃんはわたしのお父さんの道場で一通りの護身術を習ってはいるけれど、神様と神様の常識外れな戦いに巻きこんでしまうのは危険すぎる。
「今度こそ、電撃をおみまいさせてやりゅ!!」
「そんな簡単にはやられないよ! チアリーディング部の運動神経、なめるな!」
命婦は、ビューン! ビューン! とスポーツカーなみの速さで空を駆け、ウカちゃんはわたしに接近するたびにスタンガンを押し当てようとしてくる。わたしは猛ダッシュで逃げ、時にはバク転や側転を駆使して、鮮やかにかわしていった。
「うずめさん、すごい! まるで踊っているかのように攻撃をかわしていきます……!」
「そりゃ、踊りの神様ですからね! あらよっと!」
そう言いつつ、自分でも(これはちょっと人間の身体能力じゃないな)と考えていた。たぶん、ただの人間の少女だと思っていた時に比べて、神様として少しずつパワーアップしているのだろう。
でも、このまま逃げ続けていても、らちがあかない。命婦が疲れ始めた時を見計らって、覚えたばかりの「隠形の術」で姿を消して背後から反撃……って、ああダメだ。「超・隠形の術」じゃないと、力のある者には見えちゃうんだった。
わたしは「超・隠形の術」はまだマスターしていないし、困ったなぁ……。
「ち、ちくちょう、ちくちょう! なんてすばっしこいヤツなのじゃ~! 命婦、もっとスピードを上げてくれ!」
「これ以上飛ばしたら、ウカ様を振り落としてしまいますので……」
「心配するな! ちゃんとつかまっているから、全力で行け!」
「毎回そう言って、わたしの背中から落ちてしまわれますし……」
「あとでごほうびの稲荷寿司をあげるから!」
「稲荷寿司……御意」
ギューーーーーーン!!!
う、うおっ!? 急に命婦のスピードが上がった!?
光の速さで飛んで来る命婦を、わたしはぎりぎりでかわす。や、やばい、さっきのは間一髪だった……。
「うずめ様。わたしをただの神使と思わないでくださいまし。わたしは、かつて帝より『命婦』の位を授かり、朝廷に出入りすることを許可された、由緒正しき霊狐でございます」
宙を浮いている命婦は、わたしを見下ろしながら厳かな声音でそう言った。
「何かすごい強キャラっぽい……。神使って、可愛いマスコットキャラ程度にしか思っていなかったけど、ものすごい子もいるんだなぁ……。主人の女神様はお子ちゃまだけど」
「……行きます! 速さは三倍です!」
命婦が急降下し、再びわたしめがけて突撃してくる! まるで彗星のような速さだ!
「……でも、わたしの神使だって、やる時はやるんだからね!」
わたしは臆することなく、命婦に向かって走り出した。
「馬鹿め! 自分からやられに来おったか! 今度こそスタンガンをおみまいさせてやりゅ!」
「半蔵、カモーン!!」
わたしは、バッと右手をかざした。直後、手のひらから赤いとさかがにょきにょきぃ~と出てくる。ウカちゃんが「うわっ、気持ち悪っ!!」と叫んだ。
「神鳥半蔵、再び登場コケーーーっ!!」
神使は主人の神様が呼んだらどこからでも出て来ることができるから便利だ。わたしの右手から勢いよく飛び出てきた半蔵は、翼を必死にはためかせ、ウカちゃんの顔にアタックした。
「う、うにゃにゃ!? ま、前が見えない~!」
「あっ、ウカ様! しっかりつかまっていてください!」
「うひゃーーーっ!! 落ちりゅ~!!」
ずでーーーん!! ウカちゃんは、半蔵もろとも落下した!!
あちゃぁ~。かなり大きな音を立ててアスファルトの地面に落ちちゃったけれど、大丈夫かな? まあ、神様なんだし、半蔵がクッションになってくれたみたいだから、これぐらいは平気よね?
「ううっ……ぐすん。いひゃい……痛いよぉ……。鼻血が出たよぉ……」
むくりと起き上がり、目から涙、鼻から血を流すウカちゃん。
大丈夫……みたいだけれど、泣き出してしまった。外見が小さな女の子のせいで、泣かれちゃうと罪悪感が半端ないんですけど……。
「ご、ごめんね、ウカちゃん。手荒なマネはしたくなかったんだけど、わたしも必死だったから……」
「うわぁーーーーーーーーん!! うわぁーーーーーーーーん!! うわ……げほっ、ごほっ……ぎゃぁぁぁぁぁぁん!!」
ウカちゃん大号泣!!
うわっ、すごいうるさい!! 耳がキーンってなる!!
わたしと鈴ちゃんは、たまらず両耳を手でふさぎ、顔をしかめた。
ちなみに、半蔵はというと、駄々っ子みたいに地団駄を踏んでいるウカちゃんにさっきから踏まれまくって、「げふっ! ごほっ! がはぁ!」ともがき苦しんでいた。
「ああ……始まってしまった。ウカ様が泣き始めると、一時間はこのままだわ……」
げんなりとした声で命婦がそう言った。ええっ、一時間もこんな感じなの!?
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁん、うわぁぁぁぁぁぁぁぁん!! うじゅめが……うじゅめがわたくしをいじめるぅぅぅ!! 父上助けてぇぇぇぇ!!」
「いやいや、ちょっと待って? スサノオ様を呼ぶのだけはマジでやめて? あの問題児さんが出て来たら、収拾がつかなくなるから……」
わたしはおろおろしながら何とかウカちゃんを泣きやませようとしたけれど、ウカちゃんは火がついたように泣き続けている。相変わらずウカちゃんに踏まれまくっている半蔵は、気絶しているのか、さっきからピクリとも動かない。……ちゃんと生きてるよね?
「う……う~ん……。あれ? ウカ様の泣き声が聞こえる……?」
わたしの後ろで、大人しそうな少女の声が聞こえた。
そういえば、ウカちゃんと戦っている間、すっかり存在を忘れていたけれど、襲撃者はもう一人いたんだった。ウカちゃんを肩車するのに疲れて、さっきまでぶっ倒れていたらしい。あんまり体力ないのね、この少女の女神さん。
「ね、ねえ、あなた。ウカちゃんの仲間の神様なんでしょ? 飴をやるなりオモチャをあげるなりして、泣きやませてよ」
わたしはそう言いながら、後ろを振り返った。それとほぼ同時で、うつ伏せになって倒れていた少女の女神が顔をあげ、こっちを見る。
わたしと、彼女の、目が合った。その直後、わたしは――。
「え……。な、なんで? あなた…………なんでわたしと同じ顔をしているのよ!!」
そう。わたしと見つめ合っているその女神は、わたしと瓜二つの顔をしていたのだ! 違うところといえば、左目の下に泣きぼくろがあるぐらいだ。
「ど、どういうことなの!?」
「ええと……。それは、ですね……」
「うずめさん、危ない!」
鈴ちゃんの悲鳴に近い声がして、硬直してしまっていたわたしはハッとわれに返った。そして、振り向くと――。
「ち、チュキありぃ~!!」
泣きながら突進し、スタンガンをふりかざしているウカちゃんの姿があった。
あっ、ヤバイ。さすがにこの至近距離じゃ避けられない。
<雑談コーナー:ウカちゃん×スサノオ様>
スサノオ様
「ウカや。今日はお前にいいものをやろう」
ウカちゃん
「え!? なになに、父上!?」
スサノオ様
「うむ。近ごろ、人間たちが護身のための道具として使っているスタンガンだ。ウカは可愛いから、お前を妻にしようとするロリコン神が現れるかも知れない。そんな時、これを使って撃退しなさい」
ウカちゃん
「でも、それってさっしょー能力ないんでしょ? つまんなーい」
スサノオ様
「こらこら、物騒なことを言ってはいけないぞ。これはただの護身道具だ。相手に暴力を振るうためのものではない。いいか、何でも暴力で解決しようだなんて、いけない神様のすることだぞ?」
ウカちゃん
「はーい!」
スサノオ様
「でも、普通のスタンガンだと神には通用しないから、出力をちょっと違法な感じで改造している。参拝客の人間とかに当てたらシャレにならないことになるから、お前に害をなそうとする神にだけ使え」
ウカちゃん
「はーい! 父上ありがとー!」
スサノオ様
「うむ。じゃあ、オレは気に食わない神をぶん殴ってくるから、いい子にしているんだぞ」
ウカちゃん
「はーい!」
ある日のスサノオ様&ウカちゃん親子の会話でした……。




