16 これからも、神様days
「あらあら? あれは何をやっているのかしら。……綱引き大会?」
「さあ……?」
「あっ! トヨちゃん! 猿田くん! いいところに来てくれたわ! 縄を引っ張るの手伝って!」
黄泉比良坂から脱出した猿田くんとトヨちゃんが、天の梯子を使って高天原に戻って来ると、わたしは二人に手招きしながら大声でそう叫んだ。
現在、神様たちが一丸となって岩戸を引っ張っている最中なのだ。
天岩戸の内側では腹ペコで倒れそうなアマテラス様がお腹をぐーぐー鳴らしながら岩戸を押して、外側では怪力の神のタヂカラオが赤鬼みたいに顔を真っ赤にして岩戸を引っ張り、そのタヂカラオの胴体に縄を巻きつけてオモイカネやイシコリドメ、コヤネ、フトダマ、八百万の神々総出で天岩戸をこじ開けようとしていたのである。
申し訳ないけど、ハワイの女神ラカさんにも手伝ってもらっている。「なんでわたしまで……」と半泣きになっていたけれど、付き合いのいい神様で助かった。
「まったく……この……! 普通の岩ならオレの怪力でこじ開けてやれるのだが、膨大な霊力がこめられた天岩戸だからなぁ~……! しかも、アマテラス様ご本人は空腹で力が出せないなんて~!」
「タヂカラオ! ぼやかないの! あともう一息よ! がんばれ、みんな! 私が元気の出る舞を舞ってあげているんだから!」
わたしは、アマテラス様を救い出そうとがんばっている神様たちを応援するために、またもや舞を舞っていた。
もうヘトヘトだけれど、みんなががんばっているのだから、神様の一員である私もがんばらないと……!
「何だかワケワカメな状況だが、オレも助太刀しよう!」
猿田君は腕まくりをすると、神様たちの綱引きに参加した。
「トヨちゃん! 岩戸の中にアマテラス様がいるの! 岩戸の前でトヨちゃんの声を聞かせてあげて! そうしたら、アマテラス様が元気になるはずだから!」
わたしにそううながされると、トヨちゃんは天岩戸へと急いで駆け寄り、
「アマテラス様! ご心配をおかけして申し訳ありません! トヨウケビメ、ただいま帰りました!」
岩戸の中に聞こえるように大声でそう言った。すると、アマテラス様の反応は非常に早く、「と、トヨちゃん? トヨちゃんなの!?」という涙声が岩戸の内側から聞こえてきた。
「はい、トヨウケビメです! アマテラス様、どうかがんばってそこから出て来てください。そんなところにいらっしゃったら、私がつくったご飯がアマテラス様に食べてもらえなくて、私、死ぬほど寂しいです!」
「わ、私だって寂しいわ! よ、よーし……! えいやーーーっ!!」
アマテラス様は、トヨちゃんの生還を知って元気を取り戻した。
トヨちゃんとの再会を果たすために、えい、えい、えいと岩戸を押し続ける。そして、ついに、
「あっ! 岩戸がちょっと動きましたよ! みなさん、がんばってください!」
トヨちゃんの言う通り、岩戸がゴゴゴ、ゴゴゴという音を立てて少しずつ開き始めている。あと十センチほど動かせば、アマテラス様がそのすき間から出てこられるだろう。
「みんなーっ! がんばれーーーっ!!! あともう一息だよーーーっ!!!」
わたしが一心不乱に舞っていると、体からまばゆい七色の光の玉が無数に浮き出てきて、八百万の神様たちと綱引きに加わった猿田くん、トヨちゃんの体に飛び込んだ。
「うずめが自分の神通力をオレたちに分けてくれたぞ! これでもっと力が出せる! みんな、気合いいっぱい縄を引っ張るんだーーー!」
わたし――アメノウズメには舞を舞うことで他人の力を何倍にもアップできる力があったらしい。さっきまでじわじわとしか動かなかった岩戸がいっきに大きく動いた……!
「おおっ、岩戸のすき間から、目が潰れるほどまぶしい射光が!」
太陽が地平線から顔を出して夜の世界を白く明るく染めていくように、アマテラス様が岩戸から姿を現し、闇一色だった高天原は光を取り戻した。
黒雲はアマテラス様が発する輝きによって一瞬でかき消され、天も地も本来の昼の世界になり、地上を我が物顔で跳梁跋扈していた邪神たちもアマテラス様の光明を恐れて姿を消したのである。
「アマテラス様! ああ、良かった!」
「トヨちゃん! 無事だったのね!」
トヨちゃんがアマテラス様に抱きつき、二人の女神様はひっしと抱擁を交わした。その光景を見守っている神々たちは、涙ぐんだり、微笑んだり、疲れ切って地面に座り込んだり、それぞれ安堵した様子だ。
「うずめ! オレたちも再会を喜んでハグしよう!」
どさくさにまぎれて猿田くんがわたしに後ろから抱きつこうとしたけれど、わたしはひょいっとよけてセクハラを回避した。
「な、なんでだ!? 黄泉比良坂に行くオレのことをすっごく心配してくれていたのに!」
「それとこれとは別! セクハラはNGに決まっているでしょ!」
「嫁に抱きつくのがセクハラにあたるなんて、なんて嫌な世の中なんだっ! 昔はみんなの前で半裸で踊ったりしてたくせに!」
「は!? そんなわけ……いや、でも、神話の本とか読むと、そういう記述があったような……?」
昔の私――アメノウズメって、けっこうお色気キャラだったりするのか……?
☆ ☆ ☆
「さて、うずめ。今回の事件の一番の大手柄は、あなたよ。だから、一つだけ、あなたが望む褒美をあげちゃうわ。大盤振る舞いで何でもしてあげるから、言ってみなさい。」
さっきまでトヨちゃんと抱き合ってわんわん泣いていたアマテラス様が、とってつけたような神様の威厳を見せてそう言った。たぶん、外国の神様ラカさんがいるから無理に威厳を出そうとしているのかも知れない。
今回の事件の元凶は、アマテラス様とスサノオ様の姉弟なんだけれどなぁ……。
でも、何でもご褒美をくれると言うのなら、遠慮せずにもらっちゃおう。
「本当に、何でもいいんですか?」
「もちろんよ。あっ、でも、なるべくわたしがめんどくさくないお願い事にしてね? 『学校の夏休みの宿題をかわりにやれ!』とかは絶対に無理だから。それから、あんまりわたしのパワーを使う願い事もなぁ~……」
この自堕落女神め。さっき、何でもいいとか言ったくせに……。
まあ、でも、別に夏休みの宿題をアマテラス様にやってもらおうだなんて、ちっとも思わないからいいけれど。だって、アマテラス様にやらせたら、問題集とかに落書きしそうなんだもん。歴史人物の顔に「肉」の字を書いたりとかさ。
「だったら、こういうお願い事なら聞いてもらえますか?」
私はそう言い、ある願い事をアマテラス様にするのだった。
☆ ☆ ☆
セーラー服姿に戻ったわたしは、鈴ちゃんの神社へとつながる天の梯子を大急ぎで駆け下りていた。後ろからは、猿田くんと半蔵が大慌てでわたしを追いかけている。
「う、うずめ! 危ないから天の梯子で走るのはやめなさい!」
「そ、そうですコケ! 滑って落っこちたらどうするんですかコケ!」
「なに言ってるのよ! 隣町の夢ノ貝祭りはもう始まってる時間よ! 将太くんのお姉ちゃんとお祭りを楽しみたいっていう願いを叶えてあげなきゃ!」
わたしは、人間界に薄っすらとまだ残っている暗雲を見下ろしながら、そう叫ぶ。アマテラス様の太陽神パワーで人間界を覆っていた不吉な黒い雲はほとんどかき消えてしまったけれど、日本列島全体の空を暗黒に染めていた雲がひとつ残らず消えたわけではない。いくらアマテラス様の力でも、全部消し去るには数時間かかるそうだ。
でも、病院を退院したばかりの将太くんのお姉ちゃんは、昼間の時間帯の2時間ぐらいしか祭りに参加できないらしい。たぶん、空が曇っていたら、将太くんのお姉ちゃんの体を心配した両親が、途中で雨に降られてはいけないと思って、お姉ちゃんを祭りに行かせないはずだ。
だから、祭りが行なわれている周辺の雲だけでも、今すぐ消してあげたい!!
「もうすぐで地上に……あ、ああっ! 足がすべっ……」
「ちょっ、うずめ~っ!!」
わたしは天の梯子から足を踏み外し、地上へと真っ逆さまに落ちた!
わたしったら、こんな時にお約束すぎるでしょ!!
このままだと、神社の境内で女子中学生の謎の墜落死体が発見されることになるよ~っ!!
「うずめ様! 僕につかまるコケ!」
天の梯子をピョンピョン跳びながら走っていた半蔵が、力の限りジャンプして羽ばたき、わたしの服をくわえた。
「な、ナイス、半蔵! 前みたいに口ばしをはなして落っことさないでね!」
「ふぁがっでまふごけ~!」
半蔵はわたしを地上に安全におろすため、バタバタと羽を必死に動かして少しずつ少しずつ地上へと降りて行く。
「半蔵、やればできるじゃない!」
「えへへ~! 僕だって神使の端くれですからコケ~!」
わたしにほめられて照れた半蔵は、うれしそうに言った。
もちろん、くちばしは、はなしている。
「おまっ……バカっ! 口ばしをはなすなって言っただろぉぉぉーーーっ!!」
「ご、ごめんなさいコケーーーっ!!」
神社の境内へと再び真っ逆さま!!
下を見ると、空から降って来るわたしを驚愕の表情で見上げている鈴ちゃんがいて、「う、うずめさーーーん!」と叫んでいた。
ここで死んでなんかいられませんよ! わたし、女神なんで!
「……これぐらいの高さからなら……。よしっ!」
わたしは、落下しながら、右手をかざして「女神チェーーーンジ!!」と叫んだ。いま考えた、適当な変身の呪文である。
ボンッ! という音とともに、煙がわたしを包み、チアコス風巫女装束に衣装チェンジした。
「地上に着地する前に、この雲たちを何とかしないとね!」
わたしは、アマテラス様から褒美としてもらったひとひらの桜の花びらを手のひらにのせ、フーッと息を吹きかけた。
太陽神アマテラス様の神通力がこもった花びらはほのかな光を放ち、地上へと舞い落ちて行く。
そして、ひとひら、ふたひら、みつひら、よひら、いつひら、むひら、ななひらと、花びらは桃色の輝きを発しながら分裂していき、わたしの住んでいる街や祭りが行なわれている隣町を覆っている雲たちへと降り注ぐ。
「すごい! 雲たちが、桜の花びらに変わっていく!」
桜の花びらたちが雲の上でひらひらと舞い、浄化された黒い雲たちはサーッと消えて桜の花びらに早変わり!
桜の花びらたちに包まれたわたしの体は、アマテラス様の神通力がこもった花びらのおかげか、ふわりと浮き、少しずつ少しずつゆるやかに地上へと舞い降りていく。美しい花々と一緒に。
「うずめさん! わたしが受け止めますから、来てください!」
地上の鈴ちゃんが両手をひろげ、わたしを待ち構えてくれている。わたしは「鈴ちゃーん!」と言いながら、親友の腕の中へと着地した。そして、抱き合ったままわたしたちはドスンと倒れる。
「いてて……。鈴ちゃん、だいじょうぶ?」
「はい。うずめさんがご無事で何よりです」
鈴ちゃんは涙ぐみながら微笑んだ。
その横で、数秒ほど遅れて地上に着地した猿田くんが「夫のオレとのハグは嫌で、鈴はOKなのか……」とかブツブツ言っている。
猿田くん、ちょっと黙ってて? 今、親友との再会の喜びに浸っているところだから。
「う、うずめ様。申し訳ありませんコケ……」
半蔵が猿田くんの後ろに隠れながら謝った。
わたしは、ジト目で半蔵をにらむ。
「さ、三度目の正直という言葉があるコケ。今度、あんなことがあったら絶対にはなさないコケ!」
「二度あることは三度あるという言葉もあるけれどね。あと、仏の顔も三度という言葉も」
「あ、あはは。うずめ様、ナイスジョーク! うずめ様は仏様じゃなくて神様コケ!」
「……今度あんな目にあわされたら、わたし、無性にから揚げが食べたくなるかもねぇ~」
「あ、あばばばばば!! ぜ、絶対に今度は落としませんコケ!」
半蔵は真っ青になってわたしに平謝りした。
……今度、空中でピンチになっても半蔵にだけは絶対に頼るまい。わたしは心に固く誓うのだった。
☆ ☆ ☆
夢ノ貝祭りは、例年通り、無事に青天の下で行なわれた。ただし、いつもと違ったのは――。
「この季節外れの桜の花びら、どこから吹いてくるのかしら? まるで、空から舞い降りてきているみたい……」
「キレイだね、お姉ちゃん! きっと、神様がお姉ちゃんの退院祝いに降らしてくれたんだよ!」
「え? 神様が? うふふ、将太ったら面白いことを言うのね」
「だって、僕、神様にたくさんお祈りしたんだもん! 今日のお祭りが晴れますようにって! 神様が特別サービスで桜まで降らしてくれたんだ! そうに決まってる!」
将太くんは嬉しそうにお姉さんと祭りの屋台を歩き回っている。
わたしと猿田くんは、その様子を少し離れた場所から見守っていた。
「これで万事解決だな。うずめががんばったから、あの姉弟は笑顔になれたんだぞ」
「えへへ。そう言われると、ちょっと照れるかも。……でも、アマテラス様とスサノオ様も、あの二人みたいに仲良くなれる日が来るといいね」
「う、ううむ……。オレもそう願っているが、あの姉弟が顔を合わせてケンカになるたびに天岩戸事件が勃発したら困るしなぁ~」
わたしは苦笑した。たしかに、それは困る。きっと、オモイカネの胃がもたないだろう。
「でもさ、わたしたち夫婦神は縁結びのご利益もあるんでしょ? だったら、姉弟の縁も元に戻してあげることもできるんじゃない? オモイカネには余計なお節介を焼くなって怒られそうだけれど、お二人の姉弟仲がうまくいくようにわたしたちでフォローしてあげようよ」
「お……おう……。そ、そうだな……」
猿田くんはちょっとどもりながら、うなずく。天狗の仮面で表情は読めないけれど、何だか耳が赤い。
「??? どうかしたの?」
「い、いや……。おまえのほうから『わたしたち夫婦神』って言ってくれたから、嬉しくて……」
「あっ……」
わたしは、かぁ~っと顔を赤らめる。
「そ、そうだな! オレたち夫婦神が協力してアマテラス様とスサノオ様を……げふぅぅぅーーーっ!?」
わたしのかかと落としを食らった猿田くんは、わたしの足元に大の字になって倒れた。
「な、なんでかかと落としされたの、オレ!?」
「こ……これは、その……いわゆる照れ隠しってやつよ。さ、察しなさいよ、それぐらい!」
「照れ隠し!? かかと落としが照れ隠し!? その足癖の悪さ、何とかしてくれ!」
そう抗議する猿田くん。お面は真っ二つになっていて、イケメンな素顔をさらしていた。ただし、鼻血が出ているから台なしである。
「ご……ごめん。ちょっとやりすぎた。……鼻血、だいじょうぶ? 痛かった?」
さすがに反省したわたしは、おろおろしながら猿田くんにたずねる。
「あっ、これは別に心配ない。この鼻血はスカートの中が見えたせいだから」
「かかと落としーーーっ!!!」
「ごふぅぅぅーーーーーーーっ!!!」
「もう知らない! あんたとは離婚! 今から高天原の役所に行って、離婚届を出してきてやる!」
「わー! わー! やめてくれー! アマテラス様とスサノオ様の仲直りどころじゃな~い!!」
お祭りでにぎわう街を歩きながら、わたしと猿田くんはぎゃあぎゃあもめながら肩を並べて歩いた。
……ふぅ~、やれやれ。この間抜けていてごくごくたまにカッコイイわたしの自称旦那さんと出会ってから、毎日が騒がしいお祭りみたいだよ。
まぁ、こういう騒がしいのは嫌いじゃない。神様のお仕事も何だかヤル気が出てきたしね。
だから、猿田くん。安心して。こんな楽しい神様daysを終わらせたくはないから、離婚なんてしないよ。辛抱強く、わたしの記憶が完全に戻るのを待っていてくれると嬉しいな。
……こんなこと、本人には口が裂けても言えないけれどね! 調子に乗るから!
「ま、待ってくれ、うずめーっ! 離婚だけは勘弁~っ!」
「うふふ……。知らない、知らな~い♪」
うずめちゃんの神様days 第2巻おわり!




