プロローグ 冒頭から不穏!!
第二次アマテラス様引きこもり事件から半月ほどたった八月下旬のある日――。
一人の女神が、アマテラス様のもとを訪ねて来ていた。
「アマテラス様! あの方がお帰りになったというのは、本当ですか!?」
ここは、高天原の都にあるアマテラス様の執務室――もとい缶詰部屋の天岩戸。
神様の仕事を夏の間ずっとサボっていたアマテラス様は、鬼の形相をしているオモイカネの監視のもと、半泣きになりながら大量の書類に印鑑をおしている最中だった。
「あっ、ミヤっちじゃないですか!」
天岩戸に駆けこんで来た見目麗しき女神の顔を見たアマテラス様は、ぱぁっと目を輝かせて喜んだ。
「京都での用事がようやくすんだのですね!」
「はい。アマテラス様の侍女でありながら、半年以上も高天原を留守にして申しわけありません……」
「どうせウカちゃんのわがままに振り回されていたのでしょう? いいですよ、気にしなくても。あなたは稲荷大神五柱の一人でもあるのだから、いそがしくて当然ですもの。ウカちゃんは、本当、人使い……じゃなくて神使いが荒い子ですからねぇ~」
「ねぎらいのお言葉、ありがとうございます。……それで、ええと……あの方が黄泉の国からお戻りになられたというのは本当……」
「さあ、ミヤっち! 戻って来たばかりで疲れているところ悪いのですが、この書類の整理を手伝ってくださいな! あなたと二人なら、あと七十二時間で仕事が終わるはずです!」
「……な、七十二時間……」
長期の出張から帰ってきたばかりの部下に七十二時間労働を笑顔で要求するアマテラス様。さすがはブラック企業大国の最高神である。
「アマテラス様。オオミヤノメ(大宮能売神)殿が過労死したらどうするのですか。数日は侍女の仕事を休ませてやるべきです」
知恵の神であるオモイカネが、あきれた口調でそう言った。
「こんな山ほどある書類を一人で処理するのは無理ですよぉ~! 日本最高神のわたしが過労死するのはかまわないのですか!? ひどいです、オモイカネ」
「アマテラス様が仕事をサボるのがいけないのでしょう!? わがままを言わないでください!」
「もー! オモイカネの意地悪ぅ~!」
アマテラス様は、ぷくぅ~と頬をふくらませる。
「あ、あの……アマテラス様。わたしの留守中にあの方が……サルタヒコ様が黄泉の国から戻られたというのは本当なのですか?」
アマテラス様から「ミヤっち」と呼ばれている女神は、気弱な性格なのか、ケンカしている二人の会話に遠慮がちに割り込んだ。
「え? サルタヒコ? はい、『よみがえりの術』で戻って来ましたよ。霊力をかなり使ってしまった影響で、今は少年の姿になっていますが」
「サルタヒコ様がついに復活なさったのですね……! ああ、うれしい!」
そう叫ぶと、ミヤっちは、感極まってだばだばと涙を流し始めた。大泣きしながらも喜色満面である。
「相変わらずシャイな性格で、みんなに素顔を見られないために天狗のお面なんかつけていましけどねぇ~」
「うれしい、うれしい、うれしいですぅ~……。うれしすぎてこのまま天に召されてしまいそう……」
「……いやいや、神様はもともと天界の住人ですからね? あなた、もう天にいますからね? おーい、ミヤっち。聞こえてますぅ?」
恍惚とした表情でブツブツとつぶやくミヤっちのことが少し恐くなり、アマテラス様はミヤっちの顔の前で手をひらひらと振った。
「あっ、でも、奥さんのアメノウズメさんが十数年前から行方不明になっていたんだわ!! ……ああ、何ということでしょう! せっかく死者の国から帰還できたのに、今度は奥さんが失踪中だなんて! かわいそうなサルタヒコ様!!」
ミヤっちは「かわいそう」と言いながら、何だかそわそわ、もじもじ、顔を赤らめている。
「サルタヒコ様は、きっとさびしい思いをなさっていることでしょう。……わ、わたしが……このオオミヤノメがうずめさんのかわりにサルタヒコ様のお世話をしてさしあげなければ。そうだわ、うずめさんのかわりはわたしにしかつとまらないもの。……だって、わたしはうずめさんと……同じ……」
「ストップ、ストップ、ミヤっち。そろそろ自分の世界から戻って来てくださいな。……うずめの行方だったら、分かりましたよ?」
「……へっ?」
アマテラス様の一言でようやく我に返ったミヤっちは、愕然とした表情でアマテラス様とオモイカネを見た。
「そ……それは本当ですか、オモイカネさん」
「うむ。驚いたことに、人間の少女になっていた。高天原にいたころの記憶をかなり失ってはいるが、徐々に神としての力を取り戻しつつある」
「そうですか……。それはとてもよろしゅうございました……」
そう言いながら、ミヤっちは死にそうな顔になっていた。
「ちょっと、ちょっと、ミヤっちぃ~。うずめはわたしたちの大事な仲間なんですから、もう少し喜んであげてくださいよぉ~」
「いえ、ちゃんと喜んでいます。うずめさんがご無事で、本当に……うれし……ぐすん!」
「泣いているじゃないですか!」
「う、うれし涙です。うれし涙ということにしておいてください。あと、急に体調が悪くなってきたので、五十年ほど有給休暇をいただきたいのですが……」
「ぜんぜん喜んでいないですよね、それ!?」
いつもボケてばかりのアマテラス様がツッコミ役に回るという珍しい光景だったが、残念なことに観衆はオモイカネしかいない。
「オオミヤノメ殿。あなたとうずめは元々は大の仲良しだったのから、再会したら色々と助けてやってはくれないか」
事情を何も知らないうずめは、ミヤっちと会ったら、おそらく困惑するにちがいない。そう心配したオモイカネは、ミヤっちにうずめとのかつての友情を思い出させようとした。
「はい、分かっています……。仲間想いなうずめさんは昔からわたしに優しくしてくれました。わたし一人が気まずく思っていただけで……」
「うむ。あいつは神としての記憶がほとんどないのに、我々の危機を何度も救ってくれた。記憶をなくしても、あいつは仲間想いの立派な女神なのだ。この間も、あの問題児のスサノオ様が起こした騒動で、うずめは大活躍してくれたしな」
「誰が問題児じゃと!? ウカの父上を悪しざまに言うことはゆるちゃんぞ!」
突然、洞窟内にキンキンと甲高い幼女の声が響いた。
アマテラス様たちが岩戸の出口を見ると、そこには巫女服を着た小学校低学年ぐらいの女の子が仁王立ちしていた。頭には狐耳、お尻にはふさふさの尻尾がついている。
「ゆるちゃんぞ、って……うぷぷっ」
「んなっ!? ち、ちょっと噛んじゃっただけじゃ!」
「ぷぷぷ……うひひひ……!」
「そ、それ以上笑ったら怒るからなぁ~!!」
狐耳の女の子は涙目になりながら、アマテラス様に食ってかかった。だが、舌足らずな幼女がプンスカ怒っても、迫力はゼロである。
「くすっ……」
「おい、オモイカネ! そなたまで笑うでない! わたくしは、荒ぶる神スサノオの愛娘にして、日本全国にある稲荷神社の主祭神――ウカノミタマ(宇迦之御魂神)なんじゃぞ! 偉いんじゃじょ!」
また、舌を噛んだ。
「じゃじょ……じゃじょって……ぷぷぷ~」
アマテラス様とオモイカネはなおも笑い続けたが、ウカノミタマが幼い顔を歪ませて「ひぐぅ……」と泣きかけたため、笑うのをピタリと止めた。この小さな女神様が泣き始めると、一時間は泣きやまないから面倒くさいのだ。
「ウカちゃん、今日はどうしたの? 高天原に呼んでもめったに来ないプチ引きこもりのあなたが、珍しいじゃないですか」
「ひ、引きこもりちゃうわ! わたくしは京都が気に入っているから伏見稲荷神社から離れたくないだけなのじゃ! そもそも、日本の元祖引きこもりの伯母上にだけは言われたくないぞ!」
ウカノミタマがそう言ってキャンキャンわめくと、一本の矢がウカノミタマの狐耳をかすめた。
「……ウカちゃ~ん? わたしが引きこもりだということは認めますが、『伯母上』って呼ぶのはやめてねっていつも言っているでしょ~? 太陽神アマテラスちゃんは永遠の十七歳なんですよぉ~?」
笑顔ですごむアマテラス様。いつの間にか、手には弓、背中には矢筒を背負っていた。
普段はぽややんとしているくせに、怒った時のアマテラス様には言い知れぬ恐ろしさがある。
「ご……ごめんなしゃい、アマテラス……お姉様」
ウカノミタマは体を硬直させ、言い直した。ちょっと漏れた。
「よろしい。……で、何の用事ですか?」
「そ、そうじゃ! 父上から聞いたが、行方不明だったアメノウズメが復帰したというのは本当か!?」
「ええ。夫のサルタヒコも、黄泉の国から帰って来ましたよ」
「なにゅ!? サぁータヒコのヤツ、蘇りに成功していたのなら、なぜわたくしのもとにあいさつに来ぬのじゃ。プンスカ、プンプン」
舌足らずなせいで「サルタヒコ」を上手く発音できないウカノミタマは、そう言って頬をふくらませた。
どうやら、ウカノミタマはサルタヒコと関係のある神様らしい。
「まあ、サぁータヒコのことは、ぶっちゃけ今はどうでもいい。おば……アマテラスお姉様、お願いがあるのじゃ。うずめのヤツを痛い目にあわせてやってくれ!」
「なんで仲良しのうずめを痛めつけなきゃいけないんですか?」
「父上がうずめを新しい妻にすると言い出したのじゃ! うずめが父上にはにゃーんトラップを仕掛けて、たぶらかしたに決まっておる!」
ウカノミタマは顔を真っ赤にして、地団駄を踏みながらキャンキャンと吠える。はにゃーんトラップというのは、某カードキャプターのことではなく、たぶんハニートラップと言いたかったのだろう。
「スサノオが勝手に惚れただけじゃないんですか? あの子、マザコンでシスコンで女好きだもん。黄泉の国に堕ちたお母様や絶交中のわたしに甘えられないから、別の女に甘えようとするのですよ、きっと」
「どっちが惚れたとかは、どーでもいいのじゃ! 父上がこれ以上、お嫁さんをもらうのは迷惑なのじゃ!」
スサノオの奥さんには、すでに最初の妻のクシナダヒメ(櫛名田比売)、ウカノミタマの母である二番目の妻カムオオイチヒメ(神大市比売)がいる。他にも、こっそり別の場所で女を作っているというウワサもある。娘のウカノミタマとしては、見すごせない事態だった。
「う~ん……。でも、スサノオをお説教するのならまだしも、うずめは別に悪いことしていないですよねぇ?」
いつもは適当なことばかり言っているアマテラス様だが、日本最高神としての公平な目はちゃんと持っている。父親が惚れてしまった女神を処罰しろと言われても、OKなんて出せるはずがないのだ。
「むきぃ~! 伯母……げふん、げふん、アマテラスお姉様がうずめにお仕置きをしてくれないのなら、わたくしが制裁を加えてやるじょ!」
「やるじょ……って、ぷぷぷ」
「わ、笑うなぁ~! わたくしは本気だじょ~!」
ウカノミタマは短い両腕をブンブン振り回し、そう叫んだ。そして、さっきからぼう然と話を聞いていたミヤっちの手を取った。
「行くぞ、ミヤっち! 一緒にうずめ撃退作戦を練るのじゃ!」
「ええっ!? わ、わたしもですか!?」
「当たり前じゃ! わたくしたちは稲荷神社に共に祀られている『チーム稲荷大神』ではないか! 主祭神のわたくしが困っておるのだから、助けてくれ!」
「わたしは荒事は苦手なのですが……」
「そなたも恋敵のうずめがいなくなったら、サぁータヒコをゲットできるのじゃぞ! さあ、うずめ暗殺作戦の開始じゃ!」
ウカノミタマはそう言い、ミヤっちを無理やり引っ張って連れて行ってしまった。
いつの間にか、「うずめ撃退作戦」から「うずめ暗殺作戦」にランクアップしている……。
「……アマテラス様。放っておいたら、まずいのでは?」
オモイカネがそうたずねると、アマテラス様は「暗殺はまずいですよねぇ……」と頭を抱えていた。
「トブトリーナ2世、カモーン」
アマテラス様がパチンと指を鳴らすと、頭にピンクのリボンをつけたメスのニワトリが目の前に現れた。アマテラス様の神使トブトリーナ2世である。
「お呼びでしょうか、アマテラス様」
「うずめの危険が危ないので、主だった神々たちを今すぐ集めてください」
人間の親に護身術(?)を教わっている今のうずめだったら大丈夫かも知れないが、万が一ということがある。それに、うずめがミヤっちと会ったら間違いなく動揺すると思うので、その隙にやられてしまう可能性だってある。
念には念を入れておきましょう、とアマテラス様は心の中で呟くのであった。
<雑談コーナー:うずめ×作者>
うずめ
「まさか第3弾があるとは思わなかった……」
作者
「私も思わなかった……」
うずめ
「あなた、作者でしょーが!! ……ていうか、私が落ちた角川つばさ文庫小説賞、去年の第6回は一次選考突破したんだって? おめでとう」
作者
「ありがとう。一次選考で応募した2作品がまさかのダブル通過、二次選考でダブル落選という激動の冬だったなぁ……(遠い目)」
うずめ
「わたしもどこかの賞に応募してよぉ~。ていうか、どこかの出版社さん、拾ってくださぁ~い。くぅ~ん」
作者
「がんばるんだ、うずめちゃん! 地道にシリーズを続けていたら、いつか拾ってもらえるさ! ……角川つばさ文庫さんに!」
うずめ
「そこ、落ちたから!!! わたし、3年前に落ちたから!!!」




