『花の城の音姫』 ~音の章~ 其の六
ひと月程が過ぎた。
儂は、己の中の闇と戦いながら穴の中にいる。
もう、けっして出る事は無いと誓った場所だ。
辺りには儂からあふれ出る瘴気が立ち込めている。
山に足を踏み入れるな。と言ったが、到底人では入り込める場所では無くなっているじゃろう。
この状況をみれば、帰ってきた陰陽師が儂を討伐に来てくれる筈じゃ。
儂は其れを信じ、待ち続けている。儂を殺してくれる者を、待ち続けている。
・・・
・・・
・・・
ザッザッザッ
足跡が聞こえる。
誰かがこの穴に入ってきたようだ。
誰だ?まさか、生き残った民が入って来たのではあるまいな?
少し考えて、それは無い事に気が付く。
この瘴気じゃ・・・普通の人間は入っては来れない。恐らくは・・・陰陽師。
おお、戻って来てくれたのか。儂を殺しに来てくれたのか。
ザッザッザッ
足音は近づいてくる。
やがてそれは、儂の居る広間へとたどり着いた。
「音姫様・・・ですね?」
「うむ。・・・陰陽師か?」
「はい。柏木千重と申します。富士へ夜魅の王の討伐に向かった陰陽師の生き残りの一人に御座います。」
「・・・生き残りじゃと?ならば、その夜魅の王とやらは討てなかったのか?」
「はい。しかし、封印する事には成功いたしました。」
「しかし・・・多くの者が命を落としました。」
「そうか・・・それで、お主は・・・」
「・・・儂を殺してくれるのか?」
瘴気をまき散らし、気を抜けば、人をも喰らってしまう物の怪・・・夜魅に成り果てた儂の最後の望み。
自身で命を絶つことは出来なかった儂の願い。
儂を殺してくれ。
そうしなければならぬ。儂の意思も何時まで持つか分からん。
儂が闇の意識に負けた時は・・・恐らく生き残った民を全て喰らいつくすだろう。
しかし、陰陽師・・・千重は言う。
「いいえ。私に姫を殺す事は出来ません。」
「なぜじゃ?儂は抵抗なぞせぬぞ?」
「姫のチカラは強大です。それこそ、夜魅の王の腹心たる牛鬼すら喰らい、チカラにしたのです。そのチカラは夜魅の王に匹敵するでしょう。」
「私のチカラでは、傷の一つも付けられぬと存じます。」
「ならば、どうすればいいのじゃ!」
「儂は・・・儂が闇の意思に負ければ、国は滅びようぞ!!」
「・・・姫様も、夜魅の王と同様に封印します。」
「しかし、姫様は強力な夜魅。封印を施しても、数百年後再び封印は解けるでしょう。」
「ですので・・・私も姫と同様に眠りにつこうと思います。」
「なんじゃと?それでは、お主が・・・」
「姫様・・・私には時間がありません。」
千重はそう言うと、着物をはだける。
其処には、禍々しい・・・儂の瘴気の様なモノが纏わりついていた。
「呪いです。」
「私は、夜魅の王を封印する時に、呪いを受けてしまいました。・・・もう、長くはありません。」
「そうか・・・お主・・・千重は、儂と共に生きてくれるのか。」
「はい。姫様。お供致します。何百年、何千年先だろうと・・・」
こうして儂はご神木の『桜』の下に封印される事となった。
強すぎるチカラの一部は、海岸から程無く見える『犬岩』にも分散させて封印する。
そして・・・
「千重。それは?」
千重は一体の人形を取り出す。
「これは、音姫様を模した人形です。この人形に音姫様の記憶とチカラの一部を移します。」
「これで、音姫様は『この世』に戻る事が出来るでしょう。」
「千重・・・儂は・・・民の皆とまた会えるのか?」
「はい。ただし音姫様の体は人形。老いる事も無ければ、チカラの続く限り死ぬ事すらありません。」
「・・・音姫様には、この地を、ご自分の封印を守る『土地神』になって頂きたく存じます。」
「チカラに慣れれば、属神を作る事も、人々の記憶にもやを掛ける事も出来ましょう。」
「分かった。慣れるまでは人前にあまり出ぬ様にしよう。」
「ありがとう。千重。」
「勿体なきお言葉に御座います。」
「そういえば、音姫様。姫様のチカラの中に、他の者のチカラも感じます。」
「恐らくは、姫様が正気を保っていられたのは、恐らく・・・」
儂も感じていた。今にも・・・恐らくそう長くないのち消えていただろうチカラ。
それは、儂の血とそなたの血が混ざりあったからかも知れぬの。
最後の時まで儂を思い、逃がそうと物の怪の前に立った。
「ああ、華だ。儂の・・・儂の大好きな・・・」
・・・
・・・
・・・
「それでは、姫様。人形に記憶とチカラを移します。」
「ああ、頼む。」
儂の記憶が・・・小さい頃から、今日まで。父様との思い出、母様との思い出、華との思い出。
それはチカラに乗って、人形へと流れ込む。
そして・・・本体である黒い獣の儂は封印された。
・・・
・・・
・・・
「お目覚めですか?姫様。」
儂は目を覚ます。
ぐっぱぐっぱと指を動かす。少しぎこちない気もするが、動く。人形の体。
「千重。」
「無事に成功したようですね。瘴気も漏れていません。」
「姫様の本体・・・夜魅の方も無事封印が出来ました。」
「後は・・・私自身が眠りにつく番です。」
「本当にありがとう。千重。」
「儂は、お主のお蔭で2度目の生を受けた。封印を守る役目。しかと成し遂げてみせようぞ。」
「はい。宜しくお願いします。」
千重は『桜』になると言う。人の体を捨て『桜』と一体になる。
そして、儂の封印が弱まる時まで、眠りにつくのだ。
「姫様。先程、2度目の生とおっしゃいましたが、生まれ変わった貴女は何と名乗るのですか?」
「そうじゃのう・・・」
「華・・・音・・・華音。里に下りる時は、華音と名乗ろう。」
「良き名ですね。姫様。」
後にこの『桜』は『千重の桜』と呼ばれる事となり、儂もこの地で『土地神』として敬われる事となった。




