『千重の桜』 ~華音の章~ 其の六
「ゆけぇい焔」
狐が先制の狐火を放つ。
私は其れと同時に、距離を取り『魔術』の詠唱に入る。
「狐。すまぬが、暫し時間を稼いでくれ。」
「了解じゃ。」
狐は追撃の狐火を放つが、夜叉姫が手をふるうとあっさりとかき消される。
「妖狐や、お主のチカラはこんなものかえ?」
「ならば、後ろの人形共々、一撃で叩き伏せることになるぞよ。」
夜叉姫と言えば、一族を滅ぼされた姫の怨念から生まれた夜魅。
丑三つ時に二十一夜参って、妖術を手に入れた妖術使いだ。
境遇は似ているが、私は夜魅のチカラを抑え込んだ。
夜魅の意思に呑まれた夜叉姫とは違う。
「ならば、本気を出すとしようかの。」
狐は人型から狐の姿に戻る。
白い体毛に、6本のたなびく尾。
稲荷の眷属たる『白狐』の姿だ。
「ほう、白狐であったか、だが尾は六本。ならば九尾には到底及ぶまい。」
狐は6本の尾を振り、6つの狐火を同時に飛ばすと、自身も夜叉姫に向かって駆け出す。
2段構えの攻撃だ。
「あまいのう」
夜叉姫は薙刀を生み出すと、くるくると回し狐火を迎撃、そのまま狐に振り下ろす。
狐は其れを回避するが、2段構えの攻撃も防がれてしまった。
「ほう、素早さはあるようだのぅ」
夜叉姫を倒すのは荷が重いようだ。
「姫っまだか?」
「もう、少しだ。」と私は答える。本来の詠唱なら既に終わっている。
・・・詠唱を始めて既に5分が経過。私は”特別”な詠唱をしているのである。
「ほれ、余所見をしている暇は無いぞ?」
次々と薙刀が振り下ろされる。
「ほれ、ほれ、ほれっ」
狐は薙刀を避け続ける。狐自身も倒すのは困難とみて、時間稼ぎに徹しているようだ。
本来妖術使いである筈の夜叉姫が薙刀でしか攻撃してこないのは格下と見ての余裕だろう。
狐が時折放つ狐火も、牽制にしか使われていない。
「ふむ、飽きたの。」
「もう、終わりにしてくれるわ。」
夜叉姫から、瘴気が噴き出す。
妖術が来る。
「姫っ」
「狐っ此方に。」私は叫ぶ。
狐は察したかのように、私の隣まで距離を取る。
「よいか狐。私が『魔術』を放ったら、直ぐに『祠』に入るのだ。」
「姫?何を?」という狐に「説明は中で”私”がする。よいか、分かったな?」と諭すと、狐は人型に戻り『祠』へ向かう。
「では、行くぞ!『熱閃爆炎』!!」
「ほう、これはなかなか・・・『紫炎怨鎖』。」
私の放った熱線は、夜叉姫の放った紫色の炎の鎖に触れると轟炎となった。
赤と紫の炎。威力は互角の様だ。
・・・見ると、狐はまだ『祠』に入っていない。
「何をしている?早く行かぬか!」
狐は、はっとし『祠』の中に入る。
これで巻き込む心配は無い。
「ほう、互角の様じゃな。しかしその人形の体で何処まで耐えられるかのう?」
「わらわはまだ、瘴気をつぎ込めるぞよ?」
紫の炎が膨れ上がると、赤い炎はどんどんと押し込まれていく。
「ふふふ」
「気でもふれたか?」
「いや、私もまだ・・・本気を出していないのだ。」
「戯言を!」
私は、通常の2倍以上の時間を掛けて詠唱した。
私の『魔力』・・・正確には瘴気からなるものなのだが・・・は、『衣装』によって異なる。
『符術』の『姫薙』、『占術』の『フォーチュナー』これ等は、直接的な攻撃といった面ではこの『衣装』に大きく劣る。
元の体のチカラを引き出せないこの人形で、色々なチカラを効率よく使う為の『衣装』
攻撃特化の『魔術』を使う為の『衣装』・・・『ゴシックプリンセス』
他の『衣装』では出来ない・・・攻撃特化のこの『衣装』だからこそ出来る。
『複合詠唱』
二つの『魔術』を同時に詠唱する。
私は、左手で『熱閃爆炎』を放ったまま、右手を突き出す。
『極熱神炎!!』
『熱閃爆炎』をさらに強化した『魔術』・・・『極熱神炎』。
右手から放たれた熱線は、左手の熱線と相まって炎が膨れ上がる。
「な、これほどのチカラ・・・その人形の体のどこから・・・!?」
「まさか、お前!!」
「ああ、そのまさかだな。」
膨れ上がった赤い炎は、紫の炎を呑みこみ、夜叉姫を消滅させた。
ぴきっ
「なんとか、勝てたか。」
ぴきぴきっ
「いや・・・いいとこ・・・引き分けだな。」
ぴきぴきぴきっ
香奈・・・花子・・・香織、知真、葉和・・・狐。
私の大切な・・・
ぴきぴきぴきぴきっ
私が居なくなれば、その記憶は失われるだろう。
この世のモノではない、花子と狐は大丈夫だろうが・・・”動く事”は出来ないだろう。
この世から私の存在は消える。『霧島華音』は居なかった事になり世界は改変される。
ぴきぴきぴきぴきぴきっ
夜叉姫無き今、海魔が『楔』さえ破壊してくれれば、夜魅の王ももはや何も出来まい。
私と同じく、封印されたその身では。
ぴきぴきぴきぴきぴきぴきっ
「音。」
「・・・千重か。お前・・・暫く寝る・・・って言う割には、ちょくちょく起きるよなぁ?」
「音が起きざるを得ない事ばかりするからです!」
「・・・音。こうなる事は分かっていましたね?」
「・・・そうだな。でも・・・これで香奈に危険は及ばないだろう。」
「やはり、あの子の為でしたのね。」
「・・・ああ。」
香奈は、私の所為で夜魅に狙われる。
友達も出来た、香奈には平和に、普通に過ごして欲しい。
ぴきぴき・・・・
体が崩れていく。
もう、時間は残り少ない。
私の放った最後の『魔術』は私の全てを使い放った。
・・・この人形の体を維持するチカラさえも。
「千重。もう時間がないようだ。」
「暫くしたらクラーケンが来る。その時に黒猫・・・『かのん』を探すように言うから・・・」
「分かりました、下の貴女が、魂を黒猫に移したら・・・再び貴方を封印しましょう。」
「後は・・・頼む。」
最後にもう一度・・・会いたかった・・・な・・・
私の人形は崩れ落ち、その粒子は・・・闇に消えた。




