第46話:毒の館の終焉
大広間の重苦しい扉が開け放たれ、冷たく乾いた冬の突風が吹き込んできた。
溶け崩れた白大理石から立ち上っていた酸の白煙と、クラリッサが撒き散らした排泄物と腐敗血の悪臭を押し流すように、外の冷気が館の奥底まで浸透していく。
だが、その冷気すらも、この館に染み付いた三年越しの死の気配を完全に洗い流すことはできなかった。
皇帝フリードリヒの先導のもと、一同はアルトハイム伯爵邸の中庭へと移動していた。
午後遅くの陽光が、西の空から斜めに差し込み、冬枯れの木々が剥き出しの枝を黒い骨のように寒空へと伸ばしている。
かつて青々とした芝生が敷き詰められ、豪奢な白亜の噴水が水飛沫を上げていたはずの広大な庭園は、いまや手入れを怠られて黄色く枯れ果て、踏み荒らされた土が冷たい霜柱とともに露出していた。
庭園を取り囲むように、漆黒の甲冑を纏った黒狼騎士団の精鋭と、白銀のサーコートを翻す皇帝直属の近衛兵たちが二重の包囲陣を敷き、その冷厳な切っ先を内側へと向けている。
物々しい軍靴の軋み、擦れ合う鎖帷子の擦過音。
庭園の周囲には、屋敷から逃げ出さずに残っていた少数の使用人たちが、恐怖に震えながら泥の地面に額を擦り付けて平伏していた。
中庭の北側、一段高くなったテラスの前に、皇帝フリードリヒとロザリア皇妃の座が仮設されていた。
その両脇には、事の顛末をその目で見届けるべく従ってきた宮廷諸侯たちが、青ざめた面持ちで居並んでいる。
そして――テラスの直下、冷え切った泥土の上には、二つの粗末な木製担架が並べて置かれていた。
担架の上に横たえられていたのは、主寝室から担ぎ出されたアルトハイム伯爵と、その夫人だった。
伯爵は、手足を針で刺されるような末梢神経の激痛に身を捩り、カサカサに干からびた皮膚を掻きむしりながら、弱々しく呻いていた。全身に浮かび上がった雨だれのような黒褐色の色素沈着は、陽光の下に晒されると、より一層おぞましい死相となって浮き彫りになっている。
隣の夫人は、三十八度を超える微熱に意識を奪われたまま、乾いた唇から浅い息を漏らし、時折、胆汁の混ざった黄色い胃液を泥の上へと吐き戻していた。
先ほど大広間で完全に精神を崩壊させ、失禁したまま引きずられていった娘のクラリッサは、すでに近衛兵によって地下の護送檻へと放り込まれていた。
かつて帝都の貴族社会において、名門の血筋と財力を誇り、下級貴族の娘であったエルザを虫ケラのように見下し、前世において無実の罪を着せて断頭台へ送り込んだ主家の一族。
その成れの果てが、いま、自らの邸宅の泥の上で、生きた屍となって転がっていた。
「……アルトハイム伯爵」
皇帝フリードリヒの低く、地鳴りのような威厳を孕んだ声が、静まり返る中庭に落ちた。
皇帝は席から立ち上がり、手袋を嵌めた手を腰の佩刀の柄に添え、冷淡極まる眼差しで担架の上の男を見下ろした。
その猛禽のような双眸に宿っていたのは、かつて戦場を駆け抜けた覇王の、一切の容赦を許さぬ峻烈な光だった。
「ひ……っ、へ、陛下……どうか、どうか慈悲を……!」
伯爵は激痛に脂汗を流しながら、泥にまみれた手で這いつくばるようにして首を持ち上げた。
「私めは……騙されていたのでございます! 大聖堂のアンセルム司教と聖ルカ商会に……あの美しい緑の壁紙が毒ガスを放つなど、夢にも知らず……! 我が家は被害者でございます! 悪魔の呪いに怯え、金を毟り取られていただけの……!」
「黙れ」
皇帝の一喝が、男の見苦しい弁解を氷のように断ち切った。
「知らぬで済む道理があるか。そなたの邸宅から押収された帳簿には、神殿の免税特権を利用した密輸の分け前として、聖ルカ商会から貴家へ流れていた巨額の裏金が、明瞭に記されていた。毒性の疑いを認識しながら、利権欲しさにその壁紙を流行の最先端と称して他の諸侯へ斡旋し、被害を拡大させた罪……明白である」
皇帝は懐から、帝室の黄金の印章が押された羊皮紙の勅書を取り出し、近衛総監へと手渡した。
近衛総監が一歩前へ進み出て、抜刀した剣の切っ先を泥土へと突き立てると、広場全体に響き渡る厳粛な声で、親裁の判決を読み上げ始めた。
「――帝国法並びに帝室大権に基づき、皇帝陛下の親裁を下す!」
風が止み、中庭の全員が息を呑んだ。
「アルトハイム伯爵家は、有害毒物たる亜ヒ酸銅を用いた毒壁紙の不法隠匿および詐欺的商行為への加担。
並びに、禁制の劇薬たるアコニチン及び青酸化合物の私的所持。
更には、帝室より勅許を受けたる帝国衛生院副総裁エルザ・ヴァルデックに対する、御前における殺人未遂の大逆罪。
これら重罪の責任を重く見做し――本日只今をもって、アルトハイム伯爵家の爵位を永久に剥奪、家名を改易とし、家禄を没収する!」
改易。
爵位の剥奪、領地の召し上げ。
帝国建国以来、連綿と受け継がれてきた名門貴族の歴史が、たった数行の宣告によって、永遠に地上から抹消された瞬間だった。
「あ……あああ……っ!」
伯爵の喉から、絶望の叫びが漏れ出た。
だが、皇帝の断罪は、それだけでは終わらなかった。
「アルトハイム伯爵邸の一切の不動産、財宝、動産を帝室の手によって接収し、毒壁紙の被害者への補償金、並びに帝国近代医療の創設基金へと充当する。
当主アルトハイム、並びにその妻は、病状の回復を待った上で、帝国最北端の鉛・銀鉱山への終身流刑に処す。
また、殺人未遂の現行犯たる令嬢クラリッサは、重度の精神錯乱を考慮し、生涯を教皇庁管轄の地下監獄――終身隔離病棟の独房にて過ごすものとする。二度と日の光を見ることは叶わぬものと心得よ」
冷徹極まる、一族の完全な断絶。
死罪よりも重い、生きたまま自らの犯した罪と毒の後遺症を背負い、暗黒の底で朽ち果てていく終身刑。
「へ、陛下ぁぁぁっ! お許しを! どうか、どうかお許しをぉぉぉっ!!」
伯爵は泥に顔を擦り付け、血と涙を流しながら絶叫した。
だが、近衛兵たちの冷酷な手が伸び、もはや貴族ですらなくなった罪人の躰を、泥土の上から乱暴に引きずり起こしていった。
暴れる力すら残っていない夫妻の身体は、家畜のように担架ごと中庭の裏門へと運ばれ、待機していた頑丈な護送馬車の檻の中へと放り込まれていった。
ガチャン、と重い鉄格子の閉ざされる音が、寒々とした中庭に乾いて反響した。
前世の記憶。
十九歳のエルザが、何一つ覚えのない主家毒殺の罪を着せられ、手足を鉄の鎖で縛られて冷たい雨の降る処刑台へと引きずられていった、あの理不尽な光景。
七年の時を遡り、自らの手で運命の糸を紡ぎ直した今世において――。
濡れ衣を着せようとした主家の一族は、他人の陰謀によるのではなく、自らが溜め込み、自らが愛した毒の海の中で、完全に自滅したのだ。
エルザは、引きずられていく元主家の背中を、微動だにせず見つめていた。
琥珀色の瞳の奥に宿っていたのは、歓喜でも、嘲笑でもなかった。
ただ、腐り落ちた患部を切除し終えた外科医のような、静まり返った客観性。
原因があり、結果が生じた。
病理の法則通りの、あまりにも必然的な結末。
◇
だが、この呪われた館を完全に清算するためには、まだ最後の儀式が残されていた。
中庭の中央、石畳で囲まれた円形の広場。
そこには、テオバルト率いる黒狼騎士団と工兵隊が、屋敷の中から運び出させたおびただしい量の物品が、うずたかく積み上げられていた。
山を成していたのは――。
主寝室をはじめとする伯爵邸の各部屋から、壁板ごと力任せに剥ぎ取られた、あの毒々しいまでに鮮やかなエメラルドグリーンの壁紙――『シェーレ緑』の長大なロールの数々。
そして、クラリッサの化粧室から押収された、数百個に及ぶ純白の磁器の壺。その中には、彼女が全身に塗りたくって自らの肉体を溶かした、高純度炭酸鉛の美白粉がぎっしりと詰まっていた。
さらに、大聖堂の闇商人から押収された、希塩酸と昇汞(水銀)を湛える紫色の遮光ガラス瓶が、木箱ごと幾重にも重ねられている。
その毒の山の前には、オスカーが急造させた頑丈な耐熱レンガの囲いが円形に築かれ、周囲には大量の真っ白な粉末――生石灰(酸化カルシウム)が分厚い帯となって撒き散らされていた。
「エルザ副総裁」
煤で顔を汚したオスカーが、鉄のシャベルを手に歩み寄ってきた。
「言われた通りの炉を組んだぜ! 耐熱レンガで四方を囲み、底部に通気口を設けて送風機を直結させた。燃焼温度を一千度以上に保つための強制送風体制だ!」
「よくやってくれました、オスカー」
エルザは白衣のポケットから風向計を取り出し、上空の風の流れを冷徹に見据えた。
冬の北風が、中庭から帝都の市街地とは反対側――無人の岩山と森が広がる北東の荒野へと向かって、時速十五キロの速さで吹き抜けている。
「テオバルト様、周囲の兵士たちを風上へ五百歩後退させなさい」
エルザの鋭い指示が飛ぶ。
「シェーレ緑に含まれる亜ヒ酸銅は、不完全燃焼させると猛毒の無水ヒ酸(ヒ素煙)となって周囲へ拡散します。また、鉛白粉の炭酸鉛も鉛蒸気を放つ。完全燃焼させると同時に、周囲に撒いた生石灰と反応させ、不溶性のヒ酸カルシウムおよびケイ酸塩として灰の中に固定化させなければなりません。煙を決して直接吸い込んではなりません」
「了解した! 全軍、風上へ退避! 湿らせた布で口鼻を覆え!」
テオバルトの裂帛の号令が響き、騎士たちと近衛兵たちが整然と隊列を下げ、風上のテラス周辺へと防護線を後退させた。
準備は整った。
エルザはテラスの前で腕を組むギルバート大公へ向けて、静かに視線を送った。
大公は氷灰色の瞳を細め、無骨な手を高く掲げた。
「……燃やせ」
短く、容赦のない号令。
待機していた工兵たちが、長い鉄の柄のついた松明を、石炭油がたっぷりと注ぎ込まれた毒の山の底へと投げ込んだ。
ボオオオオオオッッッッ!!!!
空気が爆発するような重々しい燃焼音とともに、紅蓮の炎が天へと噴き上がった。
送風機によって送り込まれた大量の酸素が火勢を一気に煽り、炎の色は赤から、金属イオンの励起反応による不気味な青緑色、そして白熱の白銀色へと激変していった。
バチバチ、バキバキと、猛烈な破砕音が中庭に木霊する。
美しい金糸が織り込まれていたエメラルドグリーンの壁紙が、炎に舐められた瞬間に黒く縮れ、猛毒の顔料が熱分解されて灰へと変わっていく。
磁器の壺が熱膨張によって次々と甲高い音を立てて破裂し、中から飛び出した純白の鉛の粉が、炎の渦に呑み込まれてドロドロとした黄色い酸化鉛の滓へと融解していく。
紫色の聖水瓶が弾け、水銀と強酸の液体がジュウウウッと泡を吹いて蒸発し、レンガの炉の中で生石灰の白い粉末と激しく中和反応を起こして固化していく。
立ち上る、濃密で毒々しい黒煙の柱。
その煙は、エルザの精密な気象計算通り、地表に淀むことなく上空の気流に乗り、北東の無人の山並みへと向かって、一本の黒い龍のように一直線に吸い込まれていった。
ゴオオオオッ……と吹き荒れる熱波。
テラスの縁に立つエルザの純白のローブと、束ねた黒髪が、激しい風に煽られて大きく翻る。
エルザの琥珀色の瞳に、燃え盛る白熱の炎が映り込んでいた。
前世。
あの薄暗い洗濯場で、凍える手でシーツを洗いながら、理不尽な暴力に耐え続けた日々。
無知ゆえに薬理の理屈を知らず、主家の怪死の責任をすべて押し付けられ、首枷を嵌められて民衆に泥を投げつけられた、あの日。
自分を縛り付けていた悪夢の象徴。
アルトハイムの館を狂わせ、クラリッサを怪物へと変え、一族を滅亡へと導いた「毒」のすべてが――。
いま、自らの知性と科学の計算のもとで、ただの無害な灰へと還元されていく。
(……消えていくわ)
エルザの胸の奥底で、固く凍りついていた何かが、パキリと音を立てて溶け出したような感覚があった。
復讐を遂げたという高揚感ではない。
ただ、自らの過去を縛り付けていた重い鎖が、完全に焼き切られ、大地へと落ちていったという、絶対的な解脱。
少女の白磁の横顔は、炎の照り返しを受けながらも、凛として美しく、何者にも侵されぬ静謐さを保っていた。
そのエルザの隣に、音もなく並び立った巨躯があった。
ギルバート大公。
大公は燃え盛る炎を一瞥すらせず、ただ自らの隣に立つエルザの横顔を、深淵のような熱い瞳で見つめていた。
大公は自らの黒鉄の軍外套を広げると、吹き荒れる火の粉と冬風を遮るようにして、エルザの華奢な肩をその分厚い布地ですっぽりと包み込んだ。
外套の裏地から伝わってくる、男の確かな体温と、鋼の匂い。
「……寒くはないか、エルザ」
低く、耳元を直接震わせるような声音。
「平気です、大公閣下。炉の熱気で、むしろ気温は平年値を上回っています」
エルザの淡々とした返答に、ギルバートの口元がふっと柔らかく綻んだ。
「お前という奴は、本当に情緒のない答えを返す。……だが、それでいい。過去の亡霊が灰になったのなら、次はお前の望む世界を作る番だ」
ギルバートの手が、外套の上からエルザの肩を力強く抱き寄せた。
何があろうとも、この少女を手放しはしないという、絶対的な誓約の重み。
◇
炎の勢いが次第に衰え、毒の山が崩れ落ちて真っ白な生石灰と灰の堆積へと姿を変えた頃。
テラスの上から、重厚な靴音が近づいてきた。
皇帝フリードリヒ、そしてロザリア皇妃だった。
近衛兵たちを下がらせ、帝国の最高権力者である二人が、自らの足でエルザの前へと歩み寄ってきたのだ。
皇帝の威風堂々たる巨躯が、エルザの眼前に立つ。
ロザリア皇妃は、その怜悧な美貌に、我が子を救われた母親としての、そして帝国を牛耳る女傑としての深い感銘を湛えていた。
「エルザ・ヴァルデック」
皇帝フリードリヒの声が、静まり返った中庭に響いた。
「主家呪殺の疑惑を晴らすのみならず、帝都の貴族街を密かに蝕んでいた巨大な毒の病根を、そなたの持つ知識と技術をもって白日の下に晒し、完全に滅菌してみせた。……見事であった、帝国衛生院副総裁」
皇帝は右手を差し伸べ、エルザの肩に軽く触れた。
「そなたの振るう刃は、人を傷つけるための刃ではない。迷信の闇に葬られかけた真実を切り開き、国家の根幹を病から救い出すための、真なる知性の刃だ。……余は、そなたを副総裁に任じた己の目に狂いがなかったことを、心より誇らしく思う」
ロザリア皇妃もまた、優美に微笑みながらエルザの手を自らの両手で包み込んだ。
「お見事でした、エルザ。……我が息子ディルクを毒殺しようとしたアンセルムの足元を、これで完全に切り崩すことができました。帝室は、今後いかなる時も、そなたと衛生院の最大の盾となることを約束いたしましょう」
帝国の至高たる皇帝と皇妃からの、最大級の賛辞と庇護の誓い。
平民同然の下級貴族の娘が受ける栄誉としては、帝国史上、前代未聞の極致。
だが、エルザはその言葉に浮つくことも、誇ることもなく、静かに膝を折り、深緑のドレスの裾を整えて完璧なカーテシーを捧げた。
「恐悦至極に存じます、皇帝陛下、皇妃殿下」
澄み切った、鈴の音のような声。
「私は、ただ現象を解剖し、原因と結果の理を皆様の御前にお示ししたに過ぎません。……毒を取り除き、環境を清潔に保つことこそが、医学の本分でございます故」
その一切の傲慢を排した職人の如き返答に、皇帝は満足げに頷き、諸侯たちへ向けて帰還の号令を下した。
近衛兵たちの馬車が動き出し、貴族たちが中庭から引き揚げていく。
だが――。
立ち去る人々の喧騒の中にあって。
エルザは、ゆっくりと顔を上げた。
その琥珀色の瞳は、中庭でくすぶる灰の山を見てはいなかった。
彼女の冷徹な視線が向かっていたのは――。
アルトハイム邸の屋根の向こう。
帝都の東の丘に聳え立つ、帝国正教会の総本山――大聖堂の巨大な尖塔だった。
冬の夕暮れの空。
西の空が血のような朱色に染まる中、大聖堂の黄金のドームの頭上だけは、まるで外界の光を拒絶するかのように、重苦しく不気味な暗雲が立ち込め、黒々とした影を帝都の街へと落としていた。
アンセルム首席司教。
皇宮から追放され、聖ルカ商会の毒壁紙利権を暴かれ、いまや追い詰められて大聖堂の地下へと逃げ帰った男。
主家の清算は終わった。
前世の冤罪の因縁は、完全に灰となった。
だが――。
この帝国を病に陥れ、神の奇跡を騙って何千何万もの民衆から命と財産を奪い続けている、真の巨悪の心臓は。
いま、あの暗雲の底で、追いつめられた獣のように、狂気の拍動を打っているはずだった。
(……アンセルム司教)
エルザの唇の端が、刃物のように鋭く吊り上がった。
彼女の脳裏に、前世のタイムラインの記憶が、鮮明な警告となって蘇る。
権力を奪われ、すべてを失いかけた宗教者が、最後に縋り付くもの。
それは反省でも悔悟でもない。
自らの正しさを証明するために、世界そのものを地獄へと道連れにする、最悪の禁忌――。
「……何を見ている、エルザ」
隣に立つギルバートが、エルザの視線を追って大聖堂の尖塔を睨みつけた。大公の氷灰色の瞳に、冷酷な狩人の光が宿る。
「病巣の……最後の心臓を見ております、大公閣下」
エルザの声は、夕暮れの冷気に溶け込みながらも、鋼の硬度を保っていた。
「腐った主家は切り落としました。ですが、あの塔の地下には、まだ帝国を死に至らしめる最大の病原菌が蠢いています」
「叩き潰すか」
「ええ。……ですが、今度はメスだけでは足りません。帝国の全土を巻き込む、巨大な防疫の戦いが始まります」
冷たい夕風が、二人の外套を激しく吹き抜けた。
過去の悪夢の館が燃え尽き、そして――迷信と科学が帝国の存亡を賭けて激突する、最終決戦の幕が、静かに、だが確実に上がろうとしていた。




