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呪いではなく鉛中毒です〜死に戻り侍女は近代医学で冷酷大公を救い、宮廷の嘘を解剖する〜  作者: タカケンサンバ


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第35話:勅許のメス

白金宮(プラチナ・パレス)の最も深奥に位置する大広間――『大帝の玉座の間』。

天を衝くような吹き抜けの天井には、初代皇帝による建国神話を描いた長大なフレスコ画が広がり、両脇に並び立つ二十本の純白の大理石列柱には、金箔で縁取られた双頭の鷲の軍旗が垂れ下がっていた。

普段であれば、帝国全土の戦勝報告や外国使節の引見にのみ用いられる最高位の国法の間。

だが、冬の朝の冷気がステンドグラスを透過して青白い影を落とすその空間には、いまや宮廷の儀礼を根底から吹き飛ばすような、息の詰まる緊張と不穏なざわめきが充満していた。


左右に居並ぶのは、帝国の最高意思決定を担う御前会議の閣僚たち、宮内卿、近衛総監、各大貴族の当主たち、そして神聖薬師連盟の重鎮たち。

誰もが青ざめた顔で視線を交わし合い、小声で囁き合っている。

昨夜の大夜会で起きた未曾有の惨劇――帝国皇太子ディルクの大量喀血と、十二歳の少女による白昼夢のような開腹手術。そして、今朝未明に皇太子主寝室から宮中へと走った「皇太子殿下、意識を回復され、容態は安定せり」という、信じがたい凶報にも似た奇跡の一報。

宮廷の権力構造を根底から揺るがす地殻変動が、いま、目前で起きようとしていた。


「――皇帝陛下、並びに皇妃殿下、御出ましであるッ!!」


儀典長が黄金の杖を三度、大理石の床へと激しく打ち鳴らした。

一斉に平伏する列柱の諸侯たち。

壇上の重厚なベルベットのカーテンが開かれ、玉座へと進み出てきたのは、神聖オーガスタ帝国の最高君主――皇帝フリードリヒだった。

五十五歳。豊かな銀髪を後ろになでつけ、濃紺の豪奢な大礼服の上に黒貂(クロテン)の毛皮を羽織ったその男は、数々の対外戦争を勝ち抜いてきた百戦錬磨の覇王特有の、深く刻まれた眉間の皺と、猛禽のように鋭利な眼光を湛えていた。

そして、その右隣――皇后の座に腰を下ろしたのは、ロザリア皇妃だった。

昨夜の血まみれのドレスから一転、氷のような銀灰色の豪奢な宮廷服に身を包み、胸元には帝室の至宝たる大粒のエメラルドを配している。髪を一分の隙もなく結い上げたその貌(かんばせ)には、憔悴の影など微塵も残っておらず、ただ冷酷な断罪者の威厳だけが鋼のように張り詰めていた。


皇帝フリードリヒは無言のまま玉座に深く腰を下ろすと、大理石の階段の下、壇上の広間の真ん中へと鋭い視線を投げ下ろした。


「……アンセルム首席司教。前へ出よ」


低く、重い鐘の音のような皇帝の肉声。

列柱の影から、白銀の祭服の裾を擦らせながら進み出てきたのは、アンセルム首席司教だった。

額には、昨夜ギルバートの大剣によって切り裂かれた傷口を覆う、真っ白な包帯が痛々しく巻かれている。

だが、男の表情には、昨夜のような狼狽の色は消え去っていた。

大聖堂の地下組織と夜通し連絡を取り合い、綿密な自己保身と逆襲のシナリオを練り上げてきたのであろう、その双眸には、千年の教会権力を背負う者特有の、傲慢で慇懃無礼な光が蘇っていた。

アンセルムは深々と十字を切り、胸元に手を当てて平伏した。


「神の恩寵が、偉大なる皇帝陛下の上に常に留まらんことを。……昨夜は、大夜会という神聖なる宴の場において、悪魔の跳梁による大いなる混乱が生じましたこと、教会を預かる者として衷心よりお詫び申し上げます」

ぬけぬけと言い放たれた言葉。

アンセルムは顔を上げ、悲痛を装った声で続けた。

「皇太子殿下の玉体に取り憑いた悪魔の呪詛は、極めて強大でございます。今すぐ殿下の身柄を大聖堂の地下聖壇へ移送し、全神官による七日七晩の大浄化の秘蹟を執り行わねば、悪魔の業火は宮廷全体を焼き尽くすことになりましょう。……あまつさえ、昨夜は身元も知れぬ下賤な小娘が殿下の玉体に刃物を突き立て、肉体を損壊するという言語道断の大逆が行われました。直ちにその魔女を捕縛し、火刑台へ――」


「戯言を吐くのも大概になさい、アンセルム」


氷の刃が空気を両断したかのような女声が、司教の言葉を叩き斬った。

ロザリア皇妃だった。

皇妃は肘掛けから身を起こし、壇上からアンセルムを冷酷極まる眼差しで見下ろした。

その双眸に宿る殺気の温度に、平伏していた大臣たちが思わず身震いする。


「悪魔の呪詛、ですって? 神聖なる秘蹟、ですって? ……よくもまあ、我が前でそのような薄汚い嘘を並べ立てられたものですね。アンセルム首席司教」

「こ、皇妃殿下……? 何を仰せられますか、私はただ殿下をお救いするために――」


「我が息子の胃を焼き、その肉体を内側から腐らせ、動脈を焼き切って死の淵へと突き落としたその液体について……弁明があるなら、今ここで述べてみなさい」


玉座の間が、ピシリと凍りついた。

アンセルムの眉が微かに痙攣する。

その動揺を見透かすように、ロザリア皇妃は玉座の間の大扉へと向けて、高く手を掲げた。


「入室を許可します! 我が息子の命を死神の手から買い戻した、唯一の忠臣をここへ!」


ギィィ……と重厚な扉が開かれた。

歩み入ってきたのは、二人だった。


先頭を進むのは、漆黒の軍服に身を包んだギルバート大公。佩刀の手を決して離さず、歴戦の死神の気迫を全身から放ちながら、左右の貴族たちを一瞥のもとに威圧していく。

そして――その大公の半歩後ろを、静かな足取りで従う少女。

エルザ・ヴァルデック。


身に纏うのは、糊のきいた純白の医療用ローブ。

十二歳の小柄な体躯でありながら、その背筋は定規で引いたように真っ直ぐに伸び、一切の躊躇いもなく大理石の床を踏みしめていた。

その両手には、オスカーが徹夜で磨き上げた無鉛ガラスの標本瓶、昨夜押収された紫色の聖水の小瓶、そしてユーグの助力を得て一晩で書き起こされた、緻密極まる病理解剖鑑定書の束が捧げ持たれていた。


列柱の端に控えていた皇室首席薬師ファビアンが、エルザの姿を認めた瞬間、顔面を土気色にして後退り、柱の影へと身を隠そうとした。昨夜の公開診断の屈辱と恐怖が、男の肥満した肉体を激しく震わせていた。


エルザはアンセルムの真横、三歩離れた位置で足を止めると、玉座の皇帝と皇妃へ向けて、寸分の乱れもない完璧なカーテシーを捧げた。

「帝国臣民、エルザ・ヴァルデック。皇帝陛下、皇妃殿下の御前に拝謁いたします」


皇帝フリードリヒの鋭い双眸が、エルザの姿を射抜くように見つめた。

下級貴族の娘。年齢はわずか十二歳。

だが、その身から漂うのは、幼さなど微塵も感じさせない、何千何万もの死と向き合ってきた者だけが持つ、絶対零度の静謐だった。

「……面を上げよ、エルザ」

皇帝の声が低く響く。

「ロザリアより報告は受けておる。そなたが昨夜、ディルクの腹を裂き、噴出する血を止め、穴の開いた胃を縫い合わせたとな。……して、その手にあるものは何だ」


「申し上げます、皇帝陛下」

エルザは顔を上げ、手元の鑑定書を高く掲げた。

「ディルク皇太子殿下を瀕死の重態へと追い込んだ原因物質の、精密化学分析鑑定書。並びに、殿下の体内から回収された、病変組織の標本でございます」


エルザは傍らに控えていた従僕へ合図を送り、持参した台車の上へ、証拠の数々を並べさせた。

中央に置かれたのは、昨日ディルクの枕元に置かれていた、大聖堂の紋章入りの青い遮光ガラス瓶――『特級解呪の聖水』。

そしてその隣には、エルザが昨夜の切開時に十二指腸の穿孔部から削ぎ落とした、黄色く壊疽した胃粘膜のホルマリン固定標本。


「殿下の病態は、悪魔の呪詛などでは断じてございません」

エルザの声は、玉座の間の隅々にまで、透き通った鐘の音のように響き渡った。

「病名は、十二指腸球部潰瘍穿孔、並びに胃十二指腸動脈破綻による出血性ショック。……そして、この重篤な組織破壊を引き起こした直接の原因は、何者かによって年余にわたり投与され続けていた、この『解呪の聖水』に含まれる劇薬成分でございます」


「な……ッ!?」

閣僚たちから、どよめきが上がった。

アンセルムが即座に立ち上がり、顔を真っ赤にしてエルザを指弾した。

「め、滅相もございません! 皇帝陛下、惑わされてはなりませんぞ! その聖水は、大聖堂の秘蹟によって清められた、古来より伝わる神聖なる浄化の秘薬! 神殿が代々の皇族へ忠誠を込めて捧げてきた至宝でございます! このような素性も知れぬ小娘の、出鱈目な虚言に耳を傾けてはなりませぬ!」


「出鱈目かどうか、今ここで皆様の目の前で実証いたしましょう」

エルザはアンセルムの怒号を冷淡に一瞥しただけで切り捨て、白衣のポケットから真鍮の試薬立てを取り出した。

手際よく並べられる二本の試験管。


「この聖水の液体、匂いは白檀の香油で巧みに隠されておりますが、その本質は極めて単純です」

エルザはスポイトで聖水を吸い上げ、第一の試験管へ注ぎ込んだ。

「まず、酸塩基指示薬――紫キャベツの色素から抽出したアントシアニン溶液を滴下いたします」

数滴の青紫色の液体が滴下された瞬間。

試験管の中の水溶液は、まるで炎が燃え上がったかのように、鮮烈な真紅(ブラッド・レッド)へと激変した。


「強酸性。水素イオン濃度は一を下回る。……この聖水のベースとなっているのは、神の雫などではなく、鉱物から精製された高濃度の『希塩酸』でございます」

エルザの淀みない解説が続く。

「そして、第二の試験管。聖水へ水酸化ナトリウム溶液を滴下し、アルカリ性に傾けた上で、微量の硫化ナトリウムを加えます」

ポタリ、と試薬が落ちた瞬間。

透明だった液体の中に、ドロリとした重々しい黒褐色の沈殿物(硫化水銀)が、まるで泥のように湧き上がった。


「沈殿防止を名目に混和されていた、猛毒の重金属――塩化第二水銀(昇汞/しょうこう)の反応です」

エルザは黒く濁った試験管を持ち上げ、満場の諸侯たちへと見せつけた。

「強酸によって胃粘膜の防御バリアを焼き払い、水銀イオンによって毛細血管の内皮を腐食させて微小血栓を多発させる。血流を奪われた組織は再生を停止し、潰瘍は胃壁の筋肉を食い破り、最終的には深部を走る大動脈を焼き切る。……昨日、殿下の腹の中で起きた動脈破裂は、この二つの化学物質を数年間にわたり毎日胃袋へ流し込まれたことによる、必然の生体反応でございます」


静寂。

試験管の中の黒い沈殿が、沈黙の中で不気味に揺れていた。

諸侯たち、大臣たち、そして近衛兵たちまでもが、息を呑んでアンセルムを見つめた。

言葉の綾ではない。

目に見える物質の反応。色を変え、泥となって沈殿する毒の動かぬ証拠。

科学のメスが、教会の「神聖なる奇跡」の化けの皮を、原子のレベルまで引き裂いてみせたのだ。


「ぐ……っ……あ……!」

アンセルムの額から、滝のような脂汗が流れ落ちた。

包帯に血が滲み、神の威厳を誇っていた顔面が、恐怖と焦燥で醜く引き攣っていく。

男は玉座の階段へ向けて膝を擦り、必死に手を伸ばした。

「へ、陛下! 陛下ぁっ! これは教会の失墜を狙う大公家の陰謀でございます! 聖水に含まれる鉱物は、古の聖典に基づき悪魔の霊気を中和するための神聖なる調合! 毒などでは断じてございません! 私をお疑いになるのですか!? このアンセルムが、幼少の頃より手塩にかけてお育て申し上げたディルク殿下を害するなど、天地神明に誓ってあり得ませぬ!」


床に額を打ち付け、血を流しながらの狂乱の弁解。

だが――。


玉座に座る皇帝フリードリヒの表情は、冬の北極海のように冷え切っていた。

皇帝の双眸に宿っていたのは、哀れみでも、信仰の迷いでもなかった。

自らの後継者を、帝国の至宝を、自らの支配下に置くために何年にもわたって毒を盛り続けていた宗教権力に対する――底知れぬ激怒と、絶対の冷徹。


皇帝はゆっくりと、右手をわずかに持ち上げた。

そして――平伏するアンセルムを見下ろし、虫ケラを払うかのように、冷淡に手を横へと振った。


「……見苦しいぞ、アンセルム」


氷の塊を叩き落としたかのような、重々しい一言。

アンセルムの息が止まった。


「そなたの言う神聖なる秘薬とやらが、我が息子の胃を焼き、血の海に沈めたという事実は、もはや覆しようのない真実だ。……ディルクは今朝、自らの口で余に伝えてきた。『アンセルムの聖水を飲むたびに、胃を焼かれる激痛に苛まれていた』とな」

皇帝の視線が、刃のように司教の頭蓋を貫く。

「神殿の者が皇太子の治療に関与することを、本日只今より一切禁ずる」


「へ、陛下……ッ!?」アンセルムが絶望の悲鳴を上げる。

「アンセルム首席司教。そなた、並びに大聖堂の神官団に対し、当分の間、皇宮への立ち入りを一切罷りならん。大聖堂の門の中に籠もり、自らの不始末を神に詫びているがいい」


「そ、そんな……! 神殿の立ち入り禁止など、前代未聞……教皇庁が黙っては――」

「衛兵」

皇帝の冷酷な合図とともに、抜刀した近衛兵十名が雪崩を打ってアンセルムを取り囲んだ。

「連れて行け。目障りだ」

「陛下ぁぁっ! 陛下ぁぁぁぁっっ!!」

引きずられていくアンセルムの絶叫が、玉座の間の大扉の向こうへと消え去っていった。

何百年にもわたり皇宮の奥深くまで根を張り巡らせていた教会の絶対権力が、わずか数分の審問によって、力ずくで叩き出された瞬間だった。


◇


アンセルムが放逐され、静まり返った広間の中央。

皇帝フリードリヒの視線が、ゆっくりと移動した。

大公ギルバートの隣に佇む、白衣の少女――エルザ・ヴァルデックへと。


皇帝は玉座から、ゆっくりと立ち上がった。

その巨躯から放たれる帝王の威圧感に、居並ぶ諸侯たちが一斉に息を呑み、さらに深く頭を垂れる。

皇帝は壇上の階段を一段、また一段と降り、エルザの眼前にまで歩み寄ってきた。

見下ろす覇王と、見上げる少女。


「……エルザ・ヴァルデック」

皇帝の声が、低く響く。

「身分は下級貴族の娘。年齢は、わずか十二歳と聞く」

「はい、皇帝陛下」

エルザは瞬き一つせず、皇帝の威圧を真っ向から受け止めた。


「そなたの振るった刃は、前代未聞の暴挙であった。皇族の聖なる肉体を刃物で切り裂くなど、平時であれば一族郎党を処刑して余りある大罪だ」

広間の空気がピシリと凍りつく。

だが、皇帝の口元に、微かな、だが確かな賞賛の歪みが浮かび上がった。


「だが――そなたのその刃は、我が帝国の後継者の命を死神の手から奪い返し、宮廷の喉元に巣食っていた巨大な膿を、見事に切り裂いてみせた」

皇帝は右手を伸ばし、傍らの近衛総監から、純金で作られた皇帝の象徴――『黄金の笏(しゃく)』を受け取った。

そして、その笏の先端を、エルザの華奢な右肩の上へと、厳かにトンと置いた。


「帝国法第三条、並びに帝室大権に基づき、勅命を下す」


皇帝の朗々たる宣告が、大帝の間を震わせた。


「本日より、帝室直属の新設機関『帝国衛生院』を設立する。エルザ・ヴァルデック、そなたをその初代副総裁に任ずるものとする!」


――ッ!?

玉座の間が、爆発的な動揺に包まれた。

副総裁。平民同然の下級貴族の、しかも十二歳の小娘が、国家の最高機関のトップへと抜擢されたのだ。

だが、皇帝の勅命はそれにとどまらなかった。


「帝国衛生院副総裁エルザ・ヴァルデックには、皇室における全医療行為の監査権、並びに帝国全土の薬局・製薬施設の立ち入り査察権を委ねる。……あわせて、皇室首席薬師ファビアンを含む宮廷医師団、並びに帝国医学校の全組織を、本日よりすべてそなたの指揮・監査の下に置くものとする!」


「ば、馬鹿なッ!?」

列柱の陰から、ファビアンが絶叫して飛び出した。

床に滑り込み、二重顎を震わせて叫ぶ。

「へ、陛下! お待ちください! 宮廷医師団を……我が神聖なる医学校の教授陣を、このような学府も出ておらん十二歳の小娘の部下にしろと仰るのですか!? そのような屈辱、帝国医学の死でございます!」


「医学の死だと?」

皇帝はファビアンを一瞥し、冷酷に吐き捨てた。

「己の病すら見抜けず、床に這いつくばって失禁した老いぼれが、医術を語るな。……嫌なら辞せ。宮廷医師団の席など、幾らでも代わりはおるわ」


「ひ……っ……!」

ファビアンは絶望に白目を剥き、その場に両手をついて崩れ落ちた。

宮廷医師団の頂点に君臨していた男が、一夜にして、昨日まで見下していたはずの少女の「完全な部下」へと叩き落とされたのだ。


大臣たち、諸侯たちが、戦慄とともにエルザを見つめた。

平民同然の侍女から、帝国の医療制度の頂点へ。

皇帝の勅命を後ろ盾にし、宮廷医師団の全権を握り、教会すら排除した絶対的な権力者。

かつて断頭台の上で、無知ゆえに首を刎ねられた少女は――死に戻りからわずか数ヶ月にして、帝国の誰もが首を垂れざるを得ない「不可侵の医療権力」を、その小さな両手の中に完全に掌握したのだ。


ギルバート大公が、背後で獰猛な笑みを浮かべ、満足げに腕を組んでいた。

ロザリア皇妃が、玉座の上から深く頷き、盟友としての温かな光をエルザへと送っている。


エルザは、肩に置かれた黄金の笏の重みを受け止めながら、静かに、優雅にカーテシーを捧げた。

その白磁の横顔に、驕りも、興奮も、一片の動揺すらなかった。

ただ、自らの計画通りにすべてが配置されたことを確認した、冷徹な外科医の微笑み。


「――謹んで、拝命いたします。皇帝陛下」


エルザの澄み切った声が、玉座の間に凛と響き渡った。


「帝国のすべての膿を、病巣を、そして迷信の闇を……骨の髄まで、残らず解剖して御覧に入れます」


下剋上の刃は、帝国の頂点へと突き刺さった。

少女の冷徹な知性が、いま、歴史の針を不可逆の未来へと力づくで進め始めていた。

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