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婚約破棄された氷の令嬢は、嫁がされた枯れおじの下で花開く  作者:


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9 宝石店にて~前編~

 そこは王都の中でも高級な店が並ぶ通りだった。

 でも、そんなことなど知らないティリアはイーラスの腕に軽く手をのせたままショーウィンドウに並ぶ商品を眺めながら歩いていく。

 その途中でふとイーラスが声をかけた。


「あ、ちょっといいかな。この店に寄りたいんだけど」


 イーラスの声にティリアが足を止め、寄りたいと言われた店へ視線をむける。

 その先にあるのは歴史がありそうな古い佇まいの店だった。出入口には屈強な警備員が立ち、これまで立ち寄った店と明らかに雰囲気が違う。


「は、はい」


 自分のような田舎者が入っても大丈夫なのだろうか。一緒にいるイーラスが笑われてしまうのではないだろうか。

 そう内心でドキドキしているティリアだが表情には一切出ず平然と頷く。ただ、逞しい腕に沿えている手には自然と力が入ってしまい……

 その様子にイーラスがフッと笑った。


「大丈夫、お店に入るだけだから」

「……は、はい」


 イーラスの声音は優しいが、どうしても声も体も緊張してしまう。

 そんなティリアの頭に大きな手が触れた。


「え?」


 見上げると長い前髪の下にある黄金の瞳が細くなっていて。


「私たちは商品を見に来た客だ。誰も取って食ったりしないよ。まあ、もし食べられそうになったら私を置いてすぐに逃げたらいい。君が逃げるぐらいの時間稼ぎはできると思うから」


 緊張をほぐすための冗談なのだが、ティリアはイーラスの腕をグッと握った。


「そうなった時は私も一緒に戦います。最低限の武術は嗜んでおりますので、足手まといにはなりません」


 まっすぐ見上げる紫の瞳にその強さを感じたイーラスは思わず苦笑した。


「君の父上はどのような教育をしたんだろうね。こんな可愛らしい女の子に武術を教えるなんて」

「領地と領民を守るためです」


 美しく整った顔でキッパリと宣言する。

 敵国に攻められた時、盾となり戦えるように学んだ。そのことに疑問を感じたことはない。

 そんなティリアにイーラスがふむと頷いた。


「たしかに、シィーク領の位置を考えると当然のことか。うん、君の父上は立派に教育をしていたんだね。すまなかった」


 王都に来て素直に謝罪されたことが初めてのティリアは驚きながらもそれを出さずに顔を伏せた。


「いえ、よく言われますので。田舎者の教育だと」


 社交界のマナーやダンスより戦術や武術を率先して教える野蛮な田舎者の伯爵家。

 そう学園で囁かれ、何度も嘲笑われた。


 だが、イーラスが軽く首を横に振りながら眉尻をさげた。


「そんなことを言う者は君の家の重要性をまったく分かっていない。そちらの方が無知な田舎者だ」


 その言葉に白銀の髪が揺れて上を向き、大きな紫の瞳が不思議そうに訊ねた。


「ですが、王都に住む方々ですよ?」


 ティリアの素直な疑問にイーラスが笑う。


「王都だって隣にある帝国の帝都に比べれば田舎だよ」

「ここが田舎、ですか?」


 ティリアからすれば王都は目を見張るほど大きくて栄えた街。とても田舎には見えない。

 信じられないという感情を含んだ声音にイーラスが優しく説明をする。


「帝国はこの国よりずっと大きくて、その帝都には様々な国からいろんな物や人が集まっている。その規模はここの王都とは比べ物にもならないよ。この国は帝国の同盟国になってやっと政治が安定してここまで繁栄したから、まだまだ発展途中だけどね」

「それは授業で習いました」

「それなら良かった。腐った学園でも最低限の教育はしていたんだね」


 皮肉がこもった言葉に紫の瞳が丸くなる。相変わらずの無表情だが、その中でも目は感情を表しやすいらしい。

 その顔を見ながらイーラスがにっこりと声をかけた。


「ここで立ち話ばかりしていても邪魔になるし、そろそろ店へ入ろうか」

「あ、はい」


 雑談で緊張が解けたティリアはイーラスに誘導されるまま店内へと足を踏み入れた。


「ふぁ……」


 無表情のまま無意識に声が漏れた先。そこにはキラキラと輝く宝石があった。指輪やネックレス、イヤリングにブローチなど様々な装飾品。これだけの数は見たことがない。


 ティリアが初めての世界に目を奪われていると、店員の媚びを売るような声が耳に入ってきた。


「えぇ。そちらは帝国でも人気のデザインでして、流行の最先端の品でございます。しかも、帝国内でも貴重なリオン産のサファイアをあしらった逸品となっておりまして、これだけの大きさは滅多にありません。これはお客様だからこそ、お出しした品です」


 カウンターに置いた商品をスラスラと説明する店員。

 その反対側にいる若い男女が上機嫌に話す。


「さすが、王都一の宝石店だ。品揃えが違う」

「これだけの大きさのサファイアは見たことないわ」


 きゃあきゃあと楽しそうに騒ぐ若い男女。

 その二人を見た瞬間、ティリアはキュッとイーラスの腕を掴んで体を少しだけ寄せた。


「どうかしたかい?」


 微かな変化に気が付いたイーラスが視線を落とす。

 そこで自分がイーラスに体を寄せていたことに気づいたティリアが慌てて離れる。


「あ、い、いえ……すみません、何でもありませんので」


 そこに二人の存在に気が付いた男女が声をかけてきた。


「あら、ガフタ様に捨てられた田舎娘じゃない」

「ここはおまえのような田舎者が来る店じゃないぞ」


 クスクスと笑う元同級生の二人。

 その言葉と態度に上機嫌で商品の説明をしていた店員の視線も笑顔のまま冷たくなる。一瞬で低ランクの客と判断したらしい。


 その空気を一瞬で察知したイーラスは気にすることなくティリアへ微笑んだ。


「この中で気になるものはあるかな? あ、アレは偽物だから見なくていいけどね」


 そう言って店員が元同級生たちへ勧めているネックレスへ視線をむける。


「え?」


 ティリアが思わずイーラスとネックレスを見比べる。なにがどう偽物なのか一見しただけではわからない。

 戸惑うティリアとは反対に元同級生たちが嘲笑った。


「この店で偽物なんてあるわけないでしょう?」

「さすが田舎者が連れているだけあって世間知らずのおっさんだ。これ以上、恥をかく前にさっさと田舎に帰った方がいいんじゃないか?」


 その言葉に白銀の髪がピクリと揺れる。

 自分のことはどれだけ田舎者と言われてもかまわない。だが、一緒にいるイーラスも貶されるのは我慢ならない。


 無表情のままティリアが抗議しようと足を踏み出す。


「おっと、君が動く必要はないよ」

「え?」


 イーラスに止められて振り返る。

 すると、長い前髪の下にある黄金の瞳が意味深に細くなり、店員へ訊ねた。


「たしかにそのネックレスは帝国でも人気のデザインだったけど、それは数年前のことで今はもう廃れてきているよね? あとリオン産のサファイアって言ってたけど、あそこのサファイヤは鮮やかで紫かかった深い青が特徴だ。だが、そのサファイアはリオン産にしては青みが薄すぎる。むしろ、サファイアというよりアクアマリンじゃないかな? たしかアルディオ辺りで採掘されるアクアマリンは青くて大きかったはずだ」


 スラスラと解説していく内容にネックレスを勧めていた店員の顔がみるみる真っ赤になり、最後には大声でカウンターを叩きながら怒鳴った。


「適当なことを言うな、田舎者が! 店から出て行け!」


 バン! とカウンターが揺れ、ティリアの肩が小さく跳ねる。

 予想外の店員の行動に無表情のまま硬直していると、大きな手が守るように肩を引き寄せた。小さな体がポスンと逞しい胸に収まり、触れたところから伝わるぬくもりと、鼻をくすぐるシダーウッドの香りに力が抜けていく。


 ティリアが顔をあげると長い前髪の下で黄金の瞳が柔らかく見つめており、目尻にシワが浮いていた。『大丈夫だよ』と言っているような表情に胸の奥がキュッとなり、嬉しいような恥ずかしいような気持ちが広がる。

 初めての感情をどう処理したらいいのかわからないティリアが戸惑いながら俯く。


 そこに店の奥から壮年の男が転がるように現れた。


「大声を出してどうした?」


 その姿に店員がカウンターを殴った手を隠すようにさげる。


「オ、オーナー!? 今日は不在なはずでは……」

「急用があったから出てきたのだが、それより何があった?」

「あ、いえ。オーナーが気になさるようなことでは……その、無礼な田舎者が」


 オーナーと呼ばれた男が焦るように説明をする店員からイーラスへ視線を移す。

 その瞬間、何かに気づいたかのようにオーナーはサッと身なりを整えて優雅に笑みを浮かべた。



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