10 宝石店にて~後編~
イーラスの存在に気が付いたオーナーが両手を広げて近づいてきた。
「これはプリクス様、お見苦しいところをお見せして申し訳ございません。本日はどのようなご用件でしょうか? お声をかけてくだされば、すぐにお屋敷までお伺いいたしましたのに」
その言葉と態度に店員と元同級生たちが唖然となる。
オーナーの態度は常連というより、上客への接客。しかも屋敷まで出向くということは、そこら辺の貴族でもありえない厚待遇。それはティリアの元同級生たちが店に足を運んでいることが証明している。
店員と元同級生たちから何者だ? という視線を浴びながらも、イーラスはまったく気にすることなく微笑みながら答えた。
「彼がそのネックレスについている宝石がリオン産のサファイアだと説明していたので私の意見を述べたんだが、それが気に障ったらしい。すまないことをした」
「いえ、そんなプリクス様が謝られるような……ん? リオン産のサファイア、ですか?」
訝しみを含んだ声とともにオーナーの視線が店員の手元にあるネックレスへと移る。
「しかも、帝国で人気のデザインだと。私の記憶が正しければ、そのデザインは数年前には帝国で流行遅れと言われていたはずなんだが」
その言葉にオーナーがサッと頭をさげた。
「それはとんだ失礼をいたしました。この商品はすぐに下げますので」
「いや、いや。別に正しい説明をして売るには十分な価値がある商品だから下げる必要はないよ。あとは、その価値に合った値段なら、ね」
イーラスの念を押すような言い方にオーナーが店員を睨む。
「これはアルディオ産のアクアマリンだ。それをいくらで売ろうとしていた?」
冷え切った声と視線にこれまで横柄な態度だった店員が小さくなる。
「そ、それは、その……」
ごもごもと口ごもる店員。
その姿にオーナーがサッと話を切った。
「今日はもういい。さがりなさい」
「オ、オーナー! 私はワザとではなく……」
「話はあとで聞く」
オーナーが入り口に立っている警備に視線を向ける。それだけで警備員が素早く動き、問題の店員を店の奥へと連れて行った。
そして、話を切り替えるようにオーナーがイーラスへ深々と頭をさげた。
「大変、失礼をいたしました。後日、お詫びに参りますので」
「そこまでしなくていいよ。偶然見かけただけだから」
「いえ。プリクス様にご指摘していただけなければ、この店の評判を地に落とすところでした。そういえば、本日は何をお探しでしょう?」
そこで赤茶の髪が揺れてティリアの方をむいた。柔らかく細くなった黄金の瞳に無表情のままオロオロしているティリアが映る。
「この子に似合うアクセサリーを一式、頼みたい」
その言葉にオーナーが失礼にならない程度にサッとティリアの全身を見て微笑んだ。
「これはお美しいお嬢様で。とっておきの品がありますので、少々お待ちください」
そう言ってさがったオーナーがすぐに店の奥からいくつかの箱を持ってきてカウンターへ置いた。
「こちらの品々はいかがでしょう?」
箱の中にはデザインが統一されたネックレスとイヤリングがあり、一目でここに並ぶ宝石と格が違うと分かる輝きを放っている。当然、値札などはなく金額の予想もできない。
これまでにない緊張でドキドキしているティリアの前でオーナーが悠然と商品の説明をする。
「最高級のスファレライトです。傷つきやすいため、これだけの大きさは珍しい逸品となります」
華美すぎないデザインで中央には黄金色に煌めく大きな宝石がある。銀で作られたチェーンとともに凛とした上品な美しさが際立つ。
「うん、いいね」
まるで夕食の食材を選ぶような気軽さで頷くイーラス。
その様子にティリアが無表情のままイーラスの服を引っ張った。
「待ってください。こんな高級な品を……」
「私はいいねって言っただけで買うとは言ってないよ」
目尻のシワを深くして安心させるように言われた言葉にティリアがホッと力を抜く。
一方のイーラスはティリアに気づかれないようにオーナーへ目配せをした。
それだけでオーナーが心得ておりますとばかりに軽く頷きながら他の商品を差し出す。
「他にも指輪や髪飾りがございます」
そう言ってオーナーが箱の蓋を外すと、そこには複数の指輪と髪飾りが並んでいた。大ぶりの宝石がついたものから小さな宝石を組み合わせた繊細なものまで。多種多様だが、その輝きと美しさからどれも高価であることは間違いない。
「どれか気になるものはあるかな?」
イーラスの問いにティリアが固い表情のまま戸惑うように紫の瞳を彷徨わせた。
「えっと、その……どれも綺麗です」
そう言いながらも紫の瞳が箱の端にある髪飾りで止まる。
そのことに気が付いたオーナーが素早く説明をした。
「お嬢様はお目がお高いですね。そちらは稀少性の高いパープルダイヤモンドをあしらった逸品でございます。純度も透明度も高く、帝都の有名デザイナーが手がけました」
ティリアの瞳を想像させる紫色の宝石に金細工が複雑に絡んだ繊細で複雑な作りの髪飾り。
その造りに赤茶の髪がしっかりと頷いた。
「うん、それもいいね。じゃあ、次の店へ行こうか」
「え? あ、はい」
イーラスの思わぬ動きにティリアが呆気にとられながらもついて行く。
そして、二人が店を出る前にオーナーが颯爽と店のドアを開けた。
「またのお越しをお待ちしております」
「あぁ、またよろしくね」
言葉とともに慇懃に頭をさげるオーナー。
その後ろでは、ずっと唖然とした顔で一連の流れを見ていた元同級生がポカンと口をあけていた。
ティリアは気が付いていなかったがイーラスはこのやり取りだけでネックレスとイヤリングと髪飾りを購入しており、貴族である元同級生たちもこのことに気づいていた。
常連でも店主との信頼関係がなければできない買い方。
「何者なんだ、あのおっさん……」
思わず呟いた元同級生を振り返ったオーナーが冷えた笑みで黙らせる。
「王都で……いえ、この国で平穏に暮らしたいなら口の利き方に気を付けたほうがよろしいですよ、お若い方」
これ以上の無礼な発言は許さないというオーナーからの威圧に元同級生たちはそそくさと逃げるように店から出て行った。




