11 見えない影~イーラス視点~
店を出たイーラスはこれからどうするか考えながら人の流れに合わせて足を進めていた。
(頼まれた物はすべて買ったし、そろそろ屋敷に戻るか……その前に少し休憩するかな。たしか、この辺りにカフェが……)
軽く探るように視線を巡らせていると、隣を歩くティリアが不思議そうに首を傾げた。
「そういえば、あの店員の方はどうして偽りの説明をして宝石を売ろうとされていたのでしょう? 本来の説明でも十分、価値のある宝石ですよね?」
その純粋な問いにイーラスはフッと笑みを漏らした。
横領や着服などの腹黒さとは無縁の氷のように透明で透き通った美しさ。この澄んだ心に濁りを入れたくないが、知らなければ身を守ることもできない。
少しだけ残念に思いながらもイーラスは軽い口調で説明をした。
「多分だけど、あの店員はリオン産のサファイアといって高値で売って、本来の商品との値段の差額分を自分の懐へ入れようとしていたんじゃないかな? 目利きの相手なら見破れるけど、相手は若かったから騙せると思ったんだろうね」
「そのような方もいるんですね」
淡々と頷く白銀の髪に赤茶の髪が近づき渋い声に重みをのせる。
「そうだよ。最初は助けるフリをして優しく近づき、相手の懐まで入り込んでから騙す、って人もいるからね」
「最初は助けるフリ……」
そう呟きながら大きな紫の瞳が見上げる。
その目には長い前髪で顔を隠した男が映っており……
「そう。だから、簡単に信じたらいけないよ」
にっこりと微笑んだイーラスに対してティリアがしっかりと頷く。
「はい、気を付けます」
その声は目の前の男をまったく疑っておらず……
イーラスは思わず唇の端をあげて苦笑した。
「……ちゃんと意味わかってる?」
「はい」
しっかり頷いたティリアにイーラスは心の中でこれは手ごわそうだと考えながら視線を背後へ流した。
先程から微かに感じる視線。
建物と建物の間にある細い裏路地の隙間からこちらを窺う目があった。
屋敷を出てからずっと二人と適度に距離をとりながら後をついてきており、その姿は今朝、鷲の目を通して見た影に似ている。
(目的が見えないな……)
イーラスが背後に気を取られていると、ティリアの顔が動いた。
「……何かありますか?」
紫の瞳がイーラスの見ている方へ向きかけたところで、大きな手が視線を塞いだ。
「疲れていないかい? そろそろ休憩しようと思うんだけど、あそこのカフェでお茶なんかどうかな?」
イーラスが視線の先にあったカフェを指さす。
そのことにティリアがうーんと考えた。
「これぐらいなら疲れませんが……」
気が付けばかなり多くの店を巡っており、普通の令嬢なら足が痛いと言い出してもおかしくない状況。
だが、ティリアはまったく疲れた様子をみせずに平然としている。
「さすが、若いね」
「そうでしょうか? 数日かけて山越えをした時に比べれば……あ、いえ。なんでもありません」
ティリアが慌てたように白銀の髪で顔を隠す。
これまた伯爵令嬢の発言とは思えない内容にイーラスがフッと目を細めた。
「それは面白そうな話だね。お茶を飲みながらゆっくり聞かせてくれないかな」
「面白そう……ですか?」
「私も若い頃に山越えをしたことがあって、その時は散々な目にあったんだよ」
「散々な目、ですか?」
「あぁ。あの頃は私も若い上に自分の力を過信していてね。ロクな装備もない状態で山に入って……」
こうして意外なところで共通の話題があがった二人はそのままカフェへと入っていった。




