8 街への買い物~イーラス視点~
身支度を整えて朝食をとったイーラスはティリアとともに街へ買い物に出かけていた。
長い前髪はそのままで適当に髪型を整え、襟足から伸びた長い髪はそのままにシャツと上着を羽織る。あと、無精ひげは当然のように剃らされたため顎がスースーして心許ない。
そんなイーラスの隣ではティリアがキョロキョロと街を観察していた。
長い白銀の髪に映える水色のワンピース。最低限のレースで飾られたシンプルなデザインだが清楚なティリアには合っている。
ただ、メイドのマギー曰く、私服はこれとあと二着しかないという。とても伯爵令嬢とは思えない少なさ。
(学園の寮で生活するとはいえ、もう少し持ってきているはずだが……何があったのか聞かないほうがいいだろうな。それに無いものは買えばいいだけだし)
肩より少し低い位置で大きな紫の瞳をキラキラ輝かせながら白銀の髪が右へ左へと忙しく動いている。
「……すごいです」
花弁のような唇から無意識にこぼれた言葉。
ティリアは生まれ育った領地とは比べ物にならない店の数と街の大きさに目が奪われ続けていた。
馬車が通る道は石畳でしっかりと整備されており、通りに沿って三~四階建ての建物がみっちり建つ。そして、客を呼び込む商人や、荷物を運ぶ人。それから、忙しそうに早足で歩く人やのんびりと買い物をする人まで。
人の多さと活気に紫の瞳がひたすら瞬く……無表情のまま。
そんなティリアにイーラスは口元を緩めながら自然と声をかけていた。
「ゆっくりでいいから、気になる店があったら教えて」
「は、はい」
あっちこっちと忙しなく顔を動かすティリアを眺めながらイーラスは別のことを考えていた。
(こんな状態でこれらをさりげなく買ってこいって、なかなか無茶な要求をするよね)
黄金の瞳がさりげなく自身の胸のポケットに入れている紙へ移る。
それはメイド長のマギーから『ティリアは遠慮してほしいものを言わないだろうから、これらを買ってきてくれ』と渡されたメモ紙だった。
(必要っていうのはわかるけど、私みたいなオジサンが買うのは難しいと思うんだよなぁ……)
そう考えながらイーラスはティリアの半歩後ろを歩いた。
通りは広いが中央は馬車が通るため歩く人は自然と端に集まる。
その中で人波に押されたティリアの足がふらついた。
「あっ……」
バランスを崩した白銀の髪がポスンとイーラスの胸に収まる。
羽のような軽さと白百合のような甘い香りに少しだけ驚きながらも、イーラスは細い腰を支えて声をかけた。
「大丈夫かい?」
「は、はい。ありがとうございます」
ティリアが慌てて体勢を立て直す。
その様子を眺めながらイーラスは二の腕を差し出した。
「こういうところを歩くのは慣れていないんだよね? 私の腕に掴まって歩くといいよ」
「で、ですが……」
戸惑うような声とともに紫の瞳が白銀の髪の下に隠れる。
そのことにイーラスはハッとして腕を引いた。
「あ、ごめん。こんなオジサンと腕なんて組みたくないよね」
配慮が足りなかったと眉尻をさげながら赤茶の髪をかく。つい社交界のクセで女性をリードしようとしてしまったが、ここでは保護者であり、適度に距離をとらないといけない。
そのことを再認識していると、ティリアがバッとイーラスの腕に飛びついた。
「あ、あの、そのようなことはありません。私が、その、このようなことは初めてで慣れていなくて、そのどのように腕に掴まったらいいのか、その、わからなくて……」
顔を隠すように俯いたまま必死に言葉を紡ぐ。
だが、白銀の髪から覗く小さな耳は赤くなっており……
その初々しい様子にイーラスは何も見ていないとばかりに軽く咳払いをして視線を逸らした。
「私の腕に軽く手を添えるだけでいいよ。あと、嫌になったらいつでも離していいからね」
「わ、わかりました」
ティリアが抱き着いていた腕から少しだけ離れて手を添える。
小さな手は遠慮気味で不慣れなところがイーラスの心の柔らかいところをツンと刺激して……
(いや、今は買い物を優先だ)
顔をあげたところで雑貨屋が黄金の瞳に映った。
ショーウィンドウには可愛らしい雑貨が並び、ティリアぐらいの年代の子が店へと入っていく。
「あの店なんて、どうだい? 興味があるものとかないかな?」
その言葉にティリアがパッと顔をあげる。
「よろしいのですか?」
無表情だがその声音には喜びと期待が含まれていて。
その姿にイーラスの目尻のシワが深くなる。
「あぁ。君がよければ」
「はい」
こうして二人は可愛らしい商品が並ぶ雑貨屋へ足を踏み入れた。
「ふぁ……」
感嘆の声とともにティリアが無表情のまま固まる。
紫の瞳に映るのは宝石箱やぬいぐるみに装飾品まで部屋に飾る可愛らしい商品たち。夢のような世界に思わず見とれる。
そんなティリアの意識を戻すようにイーラスは軽く肩を叩いて話しかけた。
「好きに見ていいよ。あと、気になるものがあったら教えて。いくらでも買うから」
「え?」
驚いたように白銀の髪が振り返る。
言葉少なに見上げてくる大きな紫の瞳に黄金の瞳が柔らかく微笑んだ。
「ほら、昨日も言ったでしょ? これは今まで頑張ってきた君へのご褒美だから」
「で、ですが、さすがにそれは……」
「まあ、まあ。細かいことは気にしてないで。あ、ちなみにこのハンカチとこのハンカチならどっちが好み?」
すぐ近くの棚に並ぶ様々な種類のハンカチたち。その中でも薔薇の刺繍が目立つ、淡いピンク色のハンカチと、淡い紫色のハンカチ。
だが、ティリアはその隣にある淡い水色と白いレースのハンカチに注目していた。
その視線の動きだけでイーラスが軽く頷く。
「こっちのハンカチの方が好みだったか。じゃあ、こっちの櫛とこっちの櫛だと、どっちがいい?」
そう言いながら太い指が隣の棚に並んでいた櫛を指さした。
その動きを自然と追いかけていたティリアが少しだけ考えて答える。
「……それならこちらの櫛です。こちらの櫛の方が装飾が少なくて使いやすそうなので」
そう言ってハッキリと好みの櫛を指さす。
その姿に赤茶の髪が満足そうに揺れた。
「そういう考え方か。合理的でいいね。あ、ちなみに小物入れなら、どっちがいい?」
シンプルなデザインの四角い箱と、細かな彫刻が刻みこまれた丸型の箱。どちらも木目が美しく、同じぐらいの大きさ。
そのため、イーラスはティリアがシンプルな方を選ぶと思っていたが……
「えっと……それなら、こちらです」
白い指が指したのは丸型の箱だった。
予想が外れたことに少しだけ驚きながらイーラスが訊ねる。
「どうして、こっちを?」
「その、この隅に彫られた猫が可愛くて……」
そう話しながら白銀の髪がティリアの顔を隠す。
視線をむければ細かな彫刻の隅に三日月にのった猫のシルエットがあった。
「よく気が付いたね」
「たまたま目に入って……」
どことなく恥ずかしさを隠すような声音にイーラスが頷いた。
「私はこういう細かいところに気づかなくてね。模様替えしたことにも気づかなくてよくメイドのマギーに文句を言われるんだ」
その話にティリアが不思議そうに顔をあげる。
「文句を……ですか?」
「あぁ。せっかく模様替えをしたのに反応がないと張り合いがないってね。だから、もしマギーが模様替えをしたら君が先に気づいて褒めてくれると助かるな」
その言葉にティリアが少しだけ俯き、吹きだすような音とともに口元に手を当てた。
それは小さな小さな笑い声で……
「はい、その時は頑張ります」
言葉とともに上を向いた顔は相変わらず無表情だったが、大きな紫の瞳はふわりと柔らかくなっていて。
その顔を見た瞬間、イーラスは思わず顔を逸らしていた。
「すまない。君の買い物に来たのに、私の話ばかりでいけないね。店内を好きに見てまわっていいよ」
「あ、はい」
緊張が解けたのかティリアが一人で足を踏み出す。
小さな背中で楽しげに揺れる白銀の髪。その後ろ姿をイーラスは黙って見つめていた。
~
その後、雑貨店でのティリアの視線の動きから大体の好みを把握したイーラスはマギーから頼まれたものを買うため、贔屓の店へと移動した。
前触れなく現れたイーラスを店主が慌てて出迎えるが、イーラスはティリアから見えない位置で口元に人差し指をあてただけで黙らせる。
それから、さりげなくティリアに好みの確認をしながら気づかれないように商品を選別して店主に目配せをした。それだけでイーラスの意図を汲み取った店主が頷き、商品を店の奥へとさげていく。
そして、店から出る前にイーラスが店主へ微笑んだ。
「じゃあ、あとは頼んだよ」
「かしこまりました」
あとで店員がイーラスの屋敷まで商品を届けるのだが、自分の知らぬ間に大量の買い物が行われていたことを知らないティリアが首を傾げる。
こうして順調に必要な物を買ったイーラスは再びティリアとともに大通りへと戻った。




