24 自由をかけた勝負~後編~
「クッ!」
避けきれないと判断したイーラスが剣を盾にして腰を落とす。
ガンッ!
低音が響き、空気を重く揺らした。
激しかった二人の動きが止まり、乾いた風が庭を駆け抜ける。
そこでケフローグが口の端をニヤリとあげた。
「腕は訛っていないようだな」
「最低限の訓練は続けていますので」
「なら、まだ楽しめそうだな」
言葉が終わると同時に青い瞳が鋭くなり、再びイーラスとの距離を詰める。
剣を打ち合う音に合わせて赤茶色の髪が舞い、白銀の髪が追いかける。お互いに全力で打ち合うが同等の力量なため決定打に欠けて勝負がつかない。
そんな永遠に続きそうな光景をティリアは呆然と眺めていた。
父が剣を振る姿は領地で騎士や兵に指導する時に何度も見てきた。
だが、その時よりも動きが早く、何よりも青い瞳が活き活きと輝いている。
そして、もっと意外だったのが優雅に剣を振るイーラス。舞踏会でダンスをしているように洗練された動きでありながら、黄金の瞳は肉食獣のように獰猛な光を宿している。
全力で力をぶつけ合い、芝生を上を転がりながら蹴りあう。
そんな戦いを続ける二人を眺めながら女帝が呆れたように肩をすくめた。
「まったく、子どもの喧嘩のようだな」
「子どもの喧嘩……ですか?」
首を傾げるティリアに赤い髪が振り返る。
「そうであろう? 口で説明することができないから拳で語り合う。子どもの喧嘩だ」
その言葉に紫の瞳が庭の方を向く。
周囲を気にせず全力で殴り合う姿は子どものように見えないこともない。
「……たしかに、そうですね」
ティリアがなんとなく同意する。
そこで赤茶色の髪がガクッと崩れた。
ケフローグからの攻撃を避けようとしてバランスを崩したイーラスが芝生へ倒れていく。
その姿に青い瞳が光り、口角がフッとあがる。
「ここまでだな!」
この隙を逃さないとばかりにケフローグが大きく足を踏み出した。
確実に仕留めるとばかりにイーラスの腹部を狙って足下から上へと模擬剣を振り上げる。このままだと模擬剣が直撃するが、バランスを崩して倒れかけているイーラスでは避けることができない。
「イーラス様!?」
顔を真っ青にして叫んだティリアの先で赤茶色の髪がクルッと風を巻いた。
「え?」
バランスを崩して倒れてかけたイーラスの体が急回転して模擬剣から逃れる。それと同時に足を踏ん張り、姿勢を整えながら手にある剣を斜めに走らせた。
「そこまで!」
女帝の鋭い声が響く。
イーラスが持つ模擬剣の先が大きく手を振り上げたケフローグの脇の下で止まっている。このまま振り抜いていればケフローグの肋骨が折れていただろう。
「勝負あり、だな」
女帝の判定にイーラスが模擬剣を下ろし、ケフローグが眉間のシワを深くする。
「ワザとバランスを崩しやがったな」
その指摘にイーラスがフッと口元を緩める。
「下から剣を振り上げたあとに隙ができる癖は変わっていないようでしたので」
「その癖をついて攻撃できるのはおまえぐらいだ。しかも、その癖が出るように仕掛けやがって。相変わらず器用だな」
「褒め言葉として受け取っておきます。あと、私が勝ちましたので」
その言葉にケフローグがガシガシと頭をかく。
「あぁ、好きにしろ」
こうなることを予想していたようなケフローグの声音にティリアがハッと顔をあげる。
すると、イーラスが赤茶色の髪をなびかせながらこちらへ歩いていた。
一歩、一歩、少しずつ距離が縮まっていく。そのことにティリアは無意識のまま胸の前で両手をキュッと握りしめていた。ドクドクと高鳴る鼓動が早すぎて逃げたいような、でももっと近づきたいような、複雑な気持ちが全身に広がっていく。
ティリアが動けないでいると、イーラスが目の前で足を止めた。
まっすぐ見つめてくる黄金の瞳に微かに潤んだ大きな紫の瞳が映る。
風にのって香るシダーウッドの匂いと、手を出せば触れられる距離に息を呑んでいると、渋い声が優しく耳を撫でた。
「これで、君は自由だよ」
「じ、ゆう……」
自然とこぼれ落ちた言葉。その言葉の意味をゆっくりと噛みしめる。
ずっと無意識にあった父の言う通りに動かなければならないという呪縛。個を捨て、領地や領民のため、国のために動かなければならないという責務。
そのすべてがイーラスの言葉でホロホロと崩れ落ちていく。
「あの、本当に、私が……決めてよろしいのですか?」
「そうだよ。君は自由だ」
柔らかくも力強く肯定する黄金の瞳。
その笑みに王都に来てからの記憶が蘇る。
学園での暗くひたすら耐えるだけだった日々。
それが、イーラスの屋敷に来てからは、すべてが輝いてみえた。王都に来てから初めて息が吸えて、穏やかな日々に心が安らいで……なによりも、自分自身を見てもらえた。
そして、イーラスの側にいると嬉しいような、心が躍るような、初めて感じる気持ちに溢れていた。
さっきまで心の奥底で叫んでいた声が消えている。
いつでも自分の言葉を口にしていいのだと、いつでも気持ちを伝えていいのだと。
——————もう心の奥底で叫ぶ必要はない。
ティリアは胸の前で両手を重ねるとギュッと強く握った。
(大丈夫、イーラス様なら否定も拒絶もしない。私の気持ちを伝えても、きっと受け止めてくれる)
そう自分に言い聞かせても、怖いものは怖い。
微かに震える手に必死に力を入れて抑え込む。そこに無骨な手がそっと触れた。
「そんなに力を入れなくても大丈夫だよ。今日はいろいろあったから休もう。今後についてはゆっくり考えたらいい」
触れた指先から伝わるぬくもりと、自分を労わる優しい声。
小さな自分など簡単に包み込んでしまえるほど大きく、安心できる存在。そして、何よりも……
心を決めたティリアはゆっくりと頭を左右に振った。
「いえ、私の気持ちは決まっております」
そのまましっかりと顔をあげる。
顔を隠していた白銀の髪が背後へ流れ、凛とした表情が黄金の瞳に映る。
ティリアは大きく息を吸うとハッキリとした声で言った。
「私は——————」




