21 枯れおじの正体
「下賤な輩が私に近づくな!」
剣を取り戻そうとする衛兵に剣を振り下ろして距離を取ったあと、ガフタを睨んだ。
「あんたが無能なせいで、全部おしまいよ!」
そう叫びながらクランがガフタに剣をむける。
「や、やめろ! オレのことを愛しているって言ったじゃないか!」
「王子だからに決まってるじゃない! 王子じゃなかったら、誰もあんたの相手なんかしなかったわ!」
「なんだと……うわっ」
クランの迫力に負けて後ずさったガフタが足をもつらせてその場に尻もちをつく。
「あんたを殺して私も死んでやる!」
叫び声とともに迫る剣先。
「キャー!」
広間にいる人々の悲鳴が響き、誰もが唖然とする中でいち早く白銀の髪が翻った。
ティリアがクランの手首を掴んで軽く捻る。
「っ!?」
カランと剣が床に落ちると同時にふわりと黒い髪が宙を舞う。
ドンッ!
鈍い音が響き、豊満な体の上に水色のドレスが清水のように広がる。
顔を床に押しつけられたクランがティリアを睨みながら叫んだ。
「は、放しなさいよ! この田舎娘が!」
「これ以上の罪を重ねる必要はないと思います」
「うるさい!」
クランがティリアの体を跳ねのけて立ち上がる。
「あっ……」
足下が崩れ白銀の髪がふらついたところでクランが落ちていた剣を再び拾い上げた。
「こうなったら、おまえも道連れよ!」
水色のドレスに鈍く光る剣が迫る。
「ティリア!」
低く渋い声とともに紫の瞳の前に赤茶色の髪が広がる。
そして、鈍い音とともに剣がドレスに刺さるより先に赤い液体が流れ落ちた。
「……イーラス、さま?」
現実を理解できないティリアは唖然としたまま名前を呼んでいた。
慣れ親しんだシダーウッドの香りに混じる鉄の臭い。
目の前には剣を素手で掴んでいるイーラス。
ポタポタと床に落ちる赤い血にずっと無表情だったティリアの顔が絶望に染まった。
「イーラス様!」
広間に響くティリアの叫び声。
しかし、それを封じるようにクランが怒鳴った。
「邪魔をするな!」
クランが突き刺そうと力を入れる。
だが、イーラスは平然とした顔で剣を持っている手を引き寄せてクランとの距離を縮めた。
「そこまでだ」
イーラスが反対の手でクランの口をハンカチで塞ぐ。
それだけで黒い瞳から光が消えてその場に崩れ落ちた。
騒然となる周囲にイーラスが平然と説明する。
「軽い毒で動けなくしただけで、ちゃんと生きてるよ」
その声に呆然としていたティリアが慌てて飛びついた。
「それより手を! 手の治療を!」
ポタポタと血が流れ落ちていた手にハンカチを当てる。
だが、すでに傷は塞がりかかっており、薄い線が残るのみだった。
「……え?」
あれだけの出血をしていたなら傷はもっと深いはず。
無言のまま目を瞬いているティリアの耳にイーラスが口元を寄せた。
「人より傷の治りが早くてね。これは秘密にしておいて」
囁くように言われた言葉に視線を動かすと黄金の瞳がニッコリと微笑んだ。
「それにしても、君は優しいね。こんなヤツ、ほっとけばいいのに」
後半の言葉は視線とともに床に座り込んでいるガフタへ向けられていた。
「どうだい? 蔑んでいた者に助けられた気持ちは」
フッと細くなった黄金の瞳にガフタが立ち上がりながら虚勢を張るように怒鳴る。
「あ、あんなもの自分で対処できた! 余計なことをするな!」
「へぇ、助けてもらっておいて威勢だけはいいんだね」
穏やかな口調の裏にある鋭い気配にガフタの背中がゾクリと冷える。
「そ、それより、おまえは何者なんだ!? その言葉遣いといい、態度といい、不敬にも程があるぞ!」
「そう言われてもねぇ」
イーラスが困ったように眉尻をさげると、王の隣にいた女帝が悠然とドレスの裾を翻しながら前に出た。
「おや、おや。私の大切な者を何者呼ばわりとは感心しないな」
そう言いながら女帝がイーラスの隣へ移動をする。
それから、ゆっくりと顔を近づけて誘惑するようにイーラスの顎に手を添えてゆったりと撫でた。他人ではありえない距離の近さと、妖艶さが漂う大人の雰囲気。
それが二人の親密さを表しているようで……
その光景にティリアの胸がざわついた。キュッと苦しくなり、息ができないような感覚に襲われる。
大人な美貌を放つ女帝と大人の余裕と渋さを持つイーラス。お似合いの二人。
(もしかして、お二人は恋仲の関係では……)
そう考えた瞬間、ティリアの意識がフッと遠退いた。
「おっと」
倒れかけたティリアの体を逞しい腕が素早く支える。
「大丈夫かい? どこか怪我を?」
「い、いえ。大丈夫です……」
何とか返事をしたティリアの顔をイーラスが覗き込む。
「本当かい? 顔色がよくないよ」
無骨な指が柔らかく頬に触れ、顔にかかる白銀の髪を横へ流す。
まるで大事なものを扱うような優しい仕草にティリアの頬が朱に染まる。
「あ、あの、本当に大丈夫ですので」
「まあ、いろいろあったからね。無理はしない方がいい」
イーラスは純粋に心配しているのだが、ティリアは触れたところから伝わるぬくもりと、いつもより強く感じるシダーウッドの香りに胸がざわついていた。
服越しに感じる逞しい筋肉。全身を預けてもビクともしない厚い胸板。そこに、無骨な太い指に撫でられた頬が熱を持ち、ついさっき意識が飛びそうになったが、今は別の意味で意識が飛びそうになっている。
その落差をティリアは表情に出すことなく胸を押さえて力を入れた。
(し、しっかりしなければ! 恋仲の方がいる前でこのように近くにいては失礼になります!)
ほんの少しの寂しさとチクリと痛む胸を無視して、体を支える逞しい腕に手を添えて離れようと動く。
「いえ、本当に大丈夫ですので」
顔を寄せ合い、ひそひそと小声で話す二人。傍から見ればイチャイチャしているようにも見える。
そんな二人から漂う甘い空気に、完全に存在を忘れられたガフタが怒鳴った。
「おまえら、オレを無視するな! 冴えないオッサンのくせに若い女とイチャイチャしてるんじゃねぇ!」
その叫びに女帝の片眉がピクリと動く。
「ほう? 私の可愛い弟を冴えないオッサンだと?」
衝撃の一言にその場にいる全員の声が重なる。
「「「「「弟!?」」」」」
来賓たちが固まる中、イーラスが肩をすくめながら平然と女帝へ言葉を返した。
「姉上、いい年のオジサンに可愛いは余計だと思いますが?」
「なにを言う? いくつになっても弟は可愛いものだ。たとえ、こんな冴えないオッサンでもな。まあ、今日は珍しく小奇麗にしているようだが……そのお嬢さんのおかげかな?」
「……姉上だって冴えないオッサンと言っているじゃないですか」
「私が言うのはいいんだ。だか、他が言うのは許せん」
平然と言い切った女帝に唖然とした視線が集まる。
その一方でガフタがイーラスを指さしながら叫んでいた。
「う、嘘だ! それなら、なぜ男爵なんだ!?」
その言葉に女帝が呆れたように答えた。
「おまえは本当に人の話を聞かないのだな。いや、想像力がないのか。先程も可愛い弟が言ったであろう? 帝国が広大な土地を治めることができるのは、あらゆるところに目と耳があるからだと。だが、その目と耳が目立つところにあったら警戒されるであろう? だからこそ身分を隠し、国の番犬としてあらゆるところに目と耳を向けているのだ」
その説明に唖然と呟きながらガフタがイーラスを見上げる。
「帝国の番犬……?」
その様子に女帝がフッと口の端をあげた。
「私の可愛い弟が滞在している時に悪事をしたことが運の尽きだったな。ほれ、茶番は終わりだ。その若造と娘をさっさと連れて行け」
その命令に衛兵が倒れたクランを運び、別の衛兵が唖然としていたガフタを押さえる。
「や、やめろ! オレに触れるな! オレは第三王子だぞ!」
ガフタが叫びながら暴れるが衛兵は手際よく連行していく。
その光景を呆然と眺める貴族たち。中にはガタガタと小さく震えている者もいる。おそらく次は自分の番だと自覚しているのだろう。
そんな貴族たちの様子にイーラスは肩をすくめながら女帝へ視線を戻した。
「姉上の遊び癖もどうにかしていただきたい。今回のことも、わざわざ姉上自ら顔を出す必要はありませんでしたよね?」
「まあ、そう言うな。久しぶりに楽しい余興だったよ。さて、時間だ」
女帝がドレスの裾に空気を孕ませて踵を返して出口へと足を踏み出した。
周囲に集まっていた人が自然と割れて道ができる。
その中心を悠然と進む赤いドレス。
その姿に人々が安堵していると、女帝が思い出したように振り返った。
「そうそう。詳しい報告は後日聞くが」
にっこりと金色の瞳が細くなる。
「逃げられると思うなよ。こちらはすべて把握しているからな。特に辺境伯の娘を冷遇した者たちはそれ相応の処罰を受けてもらうぞ」
その言葉に元同級生を中心にヒッと小さな悲鳴があがる。
女帝は真っ青になった人々へ優雅に微笑むと、護衛とともに去っていった。
「まったく。自由すぎるのも問題だね」
そう言って肩をすくめたイーラスが腕の中のティリアに視線を落とす。
「さて、私たちも帰ろうか」
「え?」
「あとのことはゼフ王に任せればいい。あ、シィーク辺境伯もご一緒にどうぞ。ご息女と積もる話もありますでしょうし」
その誘いにずっと一歩引いたところで成り行きを見守っていたケフローグがフッと口角をあげた。
「私としては娘よりおまえとの話の方が重要だがな」
「お父様!?」
とても弟帝へかける言葉遣いではない。
無表情のまま慌てるティリアとは反対に黄金の瞳は懐かしそうに細くなった。
「そうですね。詳しくは私の屋敷で話しましょう」
こうして大波乱となった婚約発表パーティーは幕を閉じたのであった。




