20 女帝登場
「帝国の女帝が、なぜこの国に?」
静寂の中、出席していた人の声が落ちる。
ティリアが住む国の隣にあり、古い歴史と広大な国土を持つ帝国。
そのすべてを治める女帝、ローサ・イムバラハト・デ・アルガリータの登場に広間がざわついた。
燃えるような真っ赤な髪の下にある金色の瞳が広間を見渡す。
薔薇の花びらを編み込んだような赤色のドレスの裾は空気を孕み、歩くごとに満開の薔薇が咲き誇ったような甘い香りが漂う。ドレスに縫い付けられたダイヤモンドが夜空のように輝き、文字通り目も眩む眩しさを放つ。
そして、なによりも纏う威圧が違う。
王と同じ年代だが、一歩踏み出すごとに人々が自然と下がり頭を垂れる。
ゆったりとした足取りで移動する女帝に対して、王は慌てて檀上からおりて迎えた。
「まさか、ローサ陛下自らお越しになられるとは……」
王の言葉に女帝が悠々と微笑む。
「私が来るとは思っていなかったか? だから、お主は甘いのだ。辺境伯が治める地は敵国との戦いで重要な拠点となる。その重要性は何度も説いたはずだが……その地を治める者の娘をないがしろにしたそうだな?」
柔らかい口調だが、その目は今にも襲い掛かりそうなほど鋭い。その気配と話の内容に人々がヒッと小さく息を呑む。
言葉が返せない王に女帝が話を続けた。
「敵国は表だって戦争をしかけてはおらんが、あらゆる策を使い、周辺諸国を内部から崩しておる。実際に辺境伯の娘は隣国の使者と思わしき男どもに狙われ、襲われておる」
その話にティリアはおつかいの帰りに公園で覆面の男たちに襲われたことを思い出した。
知らぬ間に狙われていたことに内心で驚いているティリアを置いて、女帝が話を進めていく。
「その時は幸いなことに追い払えたが……もし、辺境伯が娘を人質にされて敵国側へ取り込まれた場合、この国と帝国がどうなるか……よもや、わからぬとは言うまい?」
目に見えない重圧に王が黙ったまま耐える。
「辺境伯の地はこの国だけでなく帝国からも敵国の侵攻を防ぐための重要な拠点。だからこそ、その娘を丁重に扱い王族へ招き入れよと伝えたはずだが?」
「……おっしゃる通りです」
ようやく出た王の声は今にも消えそうなほど小さい。
「で、その計画を台無しにした貴殿の息子はこの国だけでなく帝国まで危険にさらした。この件に関わった者については、どのように処罰する? 決められないのであれば、帝国が動くだけだが」
王がイーラスから渡された報告書を握りしめる。
「早急に対処いたしますゆえ、今回のことは私に任せていただきたい」
「では、どのようにする? まずは、己の息子の処罰をこの場で示せ」
女帝の容赦ない言葉に成り行きを見守っていた人々が顔を青くしたまま硬直する。
ティリアも想定外の連続に思わず父親を見上げた。すると、水色の瞳が柔らかくなり安心させるように頷く。
その表情にティリアは先程言われた言葉を思い出した。
「まさか、私たちとは……」
その言葉に重ねるように王が宣言した。
「ガフタは王位継承権剥奪。クランとともに爵位を剥奪し、平民として国外追放とする」
この決定にガフタだけでなく集まっていた貴族たちも慌てる。
「なっ!? 父上、どうしてですか!?」
当然、抗議するガフタに王が淡々とした話した。
「理由はローサ陛下が語った通りだ。それにこれまで散々、訊ねたであろう? 婚約破棄を撤回するなら今のうちだと」
「そんな言い方では分かりません! あんな辺境の田舎が重要な地であると、なぜハッキリと教えてくれなかったのですか!?」
その訴えに王が盛大に息を吐きながら頭を横に振る。
「そのことについては婚約の話をした時に説明した。だが、まともに聞いていなかったのはおまえだ」
「ですが、この婚約発表の前にもう一度その話をしていただければ……」
「はい、はい。そこまで」
ガフタの話を切るようにイーラスがパンパンと手を叩く。
「ゼフ王は君に自分で考えてもらうために敢えて詳しく言わなかったんだよ。君は学園を卒業して、教えられるだけの生徒ではなくなった。これからは王族として自分で考えて動かなければならない立場になる……はずだったんだけどね。まあ、ちゃんと学園で勉強していたら、あの地がただの辺境じゃないって分かるはずなんだけど」
ここで黄金の瞳が学園長を映す。
「いつから、そのことを教えなくなったのかな? 学園の生徒の親たちも重要視していなかったってことは、だいぶん前からだったのか……それとも、親も自分で考えることを放棄した愚民、ということかな?」
穏やかな口調だが辛辣な内容に貴族たちが奥歯を噛んで堪える。
その様子を眺めながらイーラスは話を続けた。
「帝国はなぜ、ここまで広大な土地を治められていると思う? それは、あらゆるところに目と耳があるからだ」
その言葉に応えるように書類を持ってきた鷲がイーラスの肩にとまる。
その姿にティリアは毎日世話をしている動物たちを思い出した。
「あの鷲は鳥小屋にいた……」
イーラスが肩にのせていた鷲を逃がし、悠然とガフタへ語る。
「自分で考えることができないなら、腹の探り合いでは生き抜いていけないよ。気が付いた時には呑み込まれ、消される。ちょうど今みたいにね」
「クッ……」
ガフタが反論できないでいると、耳を割るような甲高い声が響いた。
「私は関係ありませんわ!」
「ク、クラン?」
目を丸くしたガフタから離れたクランが王へ訴える。
「私はガフタ様に言い寄られて断れなかっただけです! 私は婚約者になどなりたくなかったのに、第三王子という権力を盾に無理やり言い寄られました!」
「なっ、なにを言っているんだ!? どうしたんだ、クラン!?」
驚きながらガフタが手を伸ばすが、クランはそれを拒絶した。
「触らないで! 皆様、この男はこうして私を無理やり自分のものにしようとしたのです! 信じてください!」
学園でのクランの行動を見ていた元同級生たちはこれが苦し紛れの嘘であることは瞬時にわかった。
だが、そのことを知らない他の貴族たちに動揺が広がる。
その空気を悟ったクランは黙ったまま成り行きを見守っていた女帝の前へ崩れるように移動して両膝をついた。それから祈るように胸の前で両手を合わせ、黒い瞳を潤ませながら震える声で訴えた。
「私は第三王子に脅されただけなのです。帝国を危機に陥れようと考えたことなど一度もございません。どうか、寛大なご慈悲を」
そう言いながらポロポロと大粒の涙を流す。その姿は学年一の美貌も相まって出席者たちの同情を誘う美しさがある。
しかし、その顔を見つめる女帝の金色の瞳は冷えており、その近くに立つ王は呆れたように大きく息を吐いた。
「そなたは最初にこの婚約について確認したとき、我に何と言った?」
「そ、それは……」
言葉を詰まらせたクランに王が淡々と続ける。
「ガフタと一緒にいられるなら、どのような状況になろうとも乗り越えていけると言ったであろう? それは他の者も聞いておる。それとも、そなたは王へ虚言を申したというのか?」
「そ、そのようなことは……」
逃げるように俯いた後、思い出したようにクランは立ち上がった。
「そうよ! お父様! このようなこと、お父様がお許しになるはずありませんわ!」
一縷の望みをかけて黒い瞳が広間を見渡す。
だが目的の姿はなく、腫れものを扱うような視線が集まるのみ。
「お父様!? お父様はどこ!?」
必死に父親の姿を探すクランに王の低い声が刺さる。
「そなたの父もすべて知っておる。ここにいないことが承諾の証だ」
クランの父もこうなることは察しており、クランには何度も第三王子との婚約を思いとどまるように忠告していた。
だが、クランはまったく聞く耳を持たなかったため、当主であるクランの父は婚約発表に出席しなかった。それはクランが侯爵家から見放されたことを意味しており……
「まさ、か……」
計算高く、頭が悪いわけではなかったクランが侯爵家に捨てられたことを理解して悲鳴に近い声をあげる。
「う、嘘よ! そんな、私が平民になんて!? ありえないわ!」
綺麗に結いあげていた黒髪をかきむしり、ボサボサな姿で床に崩れ落ちていく。
学園では未来の第三王子妃として女王のように振る舞い、常に取り巻きに囲まれて華やかな生活をおくっていた。だが、今は誰ひとり近づこうとも、声をかけようともしない。
「こんな……こんなはずではなかったのに……どうして……」
虚無となった黒い瞳のまま壊れた人形のようにブツブツと呟き続けるクラン。
その不気味さに永遠の愛を誓った相手であるガフタさえも後ずさる。
その様相に王が衛兵へ声をかけた。
「連れていけ」
「ハッ!」
駆けてきた衛兵がクランに手を伸ばす……が、その瞬間。
——————シャッ。
クランが衛兵の腰にあった剣を素早く抜いた。




