19 学園の不正とシィーク辺境伯の登場
若者を中心に広間にざわつきが広がっていく。
異様な雰囲気を感じつつ王がイーラスに問いかけた。
「……学園の現状とは?」
「貴族の子息が通う学園のことだよ。その学園はこの国の未来のため勉学に励み、また貴族同士で交流をおこない、優秀な人材を育てることが目的……だったはずだよね?」
友人と話すような口調と態度だが、相手は王。そして、イーラスは男爵。
身分差を考えるとあり得ない話し方で、イーラスの隣にいるティリアはずっとハラハラしていた。ただ、持ち前の無表情が仕事をしているため、他の人からは平然としているようにしか見えない。
(隣にいるだけでいいと言われましたが……)
イーラスの逞しい腕に手を添えて静かに隣に立つ。
そんなティリアをガフタが忌々しそうに睨んでいた。ティリアがいかに無能で王妃としての素質がないか元同級生たちの証言も含めて晒し、改めてクランとの婚約を発表したいのに話が想定外の方向へ進んでいる。
この事態に苛立ったガフタは王がイーラスの質問に答える前に口を出した。
「そのような当たり前のことを今さら聞くな! 今宵は第三王子であるオレの婚約発表だ! さっさと下が……」
「黙れ、ガフタ!」
王の怒鳴り声が広間に刺さる。
その威圧にガフタを含め、全員が固まった。
「三度、言わすな! 次に許可なく口を開けば追い出すからな!」
初めて見る父親の剣幕にガフタが返事を忘れて黙る。
一方の王ははぁと深いため息を吐いて椅子に座り直した。
「続けてくれ」
王の言葉にイーラスがフッと口角をあげて空いている手を空に掲げてパチンと指を鳴らす。
すると大きく開いた窓から一羽の鷲が飛んできて書類の束を落とした。
「おっと」
イーラスが書類の束が床に落ちる前に掴み、そのまま王へ差し出す。
「この報告書には、学園が生徒や生徒の家から受け取った賄賂や不正の証拠が書かれている。国の未来を築く生徒を育てるはずの学園がこんなことになっているとはねぇ。まぁ、上手な賄賂の渡し方や買収の方法はしっかりと学んだみたいだけど」
そう言うとイーラスは来賓の中の一人に視線を移した。
そこで目があった恰幅のよい壮年の男がビクリと肩を震わせる。
「責任者を含めて、全員に処罰が必要だと思うんだけど、どうかな?」
その発言に肩を震わせた壮年の男が前に出た。
「陛下、僭越ながら発言をお許しいただけますでしょうか?」
「学園長か。よい、発言を許す」
いつもと変わらぬ王の雰囲気に壮年の男は安堵した様子で話し始めた。
「私どもはこの国の未来を担う優秀な人材を育てるため日々身を粉にして励んでおります。ゆえに、そのようなでっち上げの報告書など何の価値がございましょう? すべては私たち学園に関わる者を陥れるための事実無根でございます」
その言葉にティリアは頭が真っ白になった。
あの嫌がらせの日々が。勉強するだけでやっとだった日々が。
常に蔑みの視線を向けられ、食事もまともにできず、屈辱に震えて眠れないこともあったというのに。
(それがすべて嘘だと!?)
ティリアは考えるより先に足を踏み出して叫んでいた。
「私が受けてきた仕打ちはすべてなかったというのですか!? 私の嘆願もすべて握りつぶしてきた教師のおこないも! それどころか、他の生徒と一緒になり何度も私を陥れたことも!」
どのようなことがあっても感情を出すことがなかったティリアの叫びに元同級生たちが目を丸くする。
いつも平然としており、その美貌と相まって人形のようだと陰口をたたかれていた。それが、今は普通の少女のように怒りを口にしている。……顔は無表情のまま。
だが、学園長は素知らぬ顔で首を横に振った。
「そのようなことが本当に行われていたなら、証拠はどこにある? そもそも、それが事実であるならあなたの親から抗議の手紙なり訴えがあるはずだ。それがないということは、そのようなことがなかったということではないのか?」
その言い分にティリアがクッと手に力を入れる。
たしかに実家へ学園での現状を訴えた手紙を送ったこともある。だが、返事はなかった。
「それは……」
そこにバタバタと大きな足音が響かせながら人々を押しのけて一人の男が広間に転がり込んできた。
「ティリア!」
懐かしい声に紫の瞳が大きくなる。
「お父様!?」
頭に撫でつけた銀髪を振り乱した大男がティリアへ駆け寄ってきた。
ケフローグ・シィーク辺境伯爵。シィーク領の領主でありティリアの父でもある。
無骨だが整った顔立ちに鋭く光る水色の瞳。
四十半ばという年齢だが、普通の男の倍はある背丈と礼服の上からでも分かる鍛えられた体躯は武人の雰囲気をまとい、貴族の中では異質な迫力を持つ。
その外見から氷熊という別名があるほど。
そんな父親を見上げながらティリアが訊ねた。
「どうして、王城に?」
迎えが来るかもしれないとは考えていたが、まさか父親が自ら来るとは思っていなかった。
想定外のことに不思議そうに見上げる紫の瞳にケフローグがガバッと頭をさげる。
「到着が遅くなってすまない。このようなことになっていたとは、まったく知らなかったのだ」
「知らなかったとは……」
学園でのことなのか、婚約破棄されたことのなのか。どこまでの話を言っているのか分からないティリアが首を傾げる。
そんな娘に顔をあげたケフローグがフッと水色の瞳を細めて獰猛に口角をあげた。それは山で狩りをおこなうような、獲物を見つけた時と似た雰囲気をまとっており……
「あとは私たちに任せろ」
「……私たち?」
まったく話が見えないティリアを置いて踵を返したケフローグが学園長を睨んだ。
「我が娘は学園での生活について手紙を出しているが、我が家には一通も届かなかった。そのことについて、何か申し開きはあるか?」
その迫力に一瞬怯んだものの、学園長は肩をすくめて呆れたように言った。
「それは貴公の地が辺境だからであろう? その途中で紛失したものを学園のせいにされても困る」
そこにすかさずイーラスが言葉を挟む。
「へぇ? 月に一回、多い時は月に三回ほど手紙を出しているんだけど、その手紙が全部途中で紛失したってことかな? ちなみに手紙は全部で五十通を超えるんだけど」
具体的な数字に学園長がウッと息を呑む。
そこにイーラスが広間にいる人々へ視線を向けた。
「あ、学園から出した手紙以外にも街の郵便を使って出した手紙も届いていなかったよね。そっちからも手紙が届くのを邪魔した人物がいるんだけど、それについてもちゃんと証拠をあげて報告書に書いているから」
その内容に集まった人々の一部の顔が青くなる。
その様子を見ながらケフローグが学園長にキッパリと言った。
「この度の事案についてはシィーク家から正式に学園へ抗議する。あと、この件に関わった家々もだ」
この発言に一部の者は顔を青くしたが伯爵位より上の貴族たちは平然としたままだった。所詮は田舎の伯爵家に何ができるのか、という雰囲気が漂う。
そして、その意見を代表するようにガフタが口を開いた。
「ハッ、どんなに粋がろうと辺境にある田舎の伯爵に何ができる? 己の恥を晒す前にさっさと自分の領地に引っ込め」
明らかに見下した口調に王が椅子から立ち上がる。
「ガフタ、おまえは余計なことを言うな!」
必死に止める王にガフタが眉をひそめて怪訝な顔になった。
「父上、先程から何をそんなに……」
そこに新たなざわめきが生まれた。
広間の入り口から王の前まで人々が自然とさがり、一本の道ができる。
そのことにガフタも気づいて視線を動かす。
「……誰か来たのか?」
平然とした顔の第三王子に対して、顔が青くなった王がヒュッと息を呑む。
その視線の先にいたのは……




