間幕~その裏では~
~一方、婚約破棄したガフタたちは~
穏やかな陽射しが差し込むサロンで第三王子を射止めたクランが取り巻きの令嬢たちを集めてお茶会をしていた。
「ガフタ様との正式な婚約発表はいつされますの?」
「お二人が並んだ姿はいつもお綺麗で羨望の的ですわ」
「早くお二人の式を拝見いたしたいです」
コロコロと転がる軽やかな声と花が咲いたような明るさ。
その中心でクランは自慢の長い黒髪を背中に払いながら言った。
「みなさん、気が早いのね。ガフタ様が日程を調整されておりますから、決まりましたら一番にお知らせいたしますわ」
その言葉に令嬢たちがワッと湧き立つ。
「約束ですわよ」
「その日が楽しみですわ」
「お二人の式ですから、想像もできないほど豪華なのでしょうね」
貴族の中でも絶大な権力を持つ侯爵家。他にも侯爵家はあるが、その中でも抜きん出ており、誰もが一目置く存在。
そのためクランは幼い頃より蝶よ、花よ、と大事に育てられ、すべてを思い通りにしてきた。だが、人とは欲深いもので、手の届かないものがあると知ると、もっと欲しくなる。
そしてクランはある日、侯爵家より上の存在を知った。
(王族になったら、すべてを手に入れられる……)
その欲望を満たすため、クランは王族に取り入るため学園で同い年の第三王子のガフタに近づいた。
ガフタに婚約者がいることは知っていたが、その婚約者が自分より爵位が下の辺境にある伯爵の娘ということも気に入らなかった。
(私がこんなポッと出の田舎娘より下だというの!?)
それは山より高いプライドを持つクランにとって許せないことだった。
(こうなれば、実力で奪い取るだけよ)
ガフタを自分に惚れさせれば、あとは侯爵家の力でどうにでもなる。
そう考えたクランは幼い頃より美しいと褒め称えられてきた顔と豊満な体を使いつつ、素直に甘えることでガフタを骨抜きにして陥落。
その結果、卒業パーティーでガフタは婚約破棄を宣言。
こうしてすべてはクランの計画通りに動いていた。
「本当、お似合いの二人ですものね」
「クラン様が羨ましいですわ」
取り巻きからの賛辞にクランが優雅に微笑む。
「ありがとう」
目を伏せて紅茶を飲みながら脳裏にガフタの顔が浮かぶ。
第三王子という権力を除けば平凡以下の顔立ちに平凡以下のつまらない会話。
はっきり言ってクランが惹かれる要素は一つもない。
(王子じゃなかったら、あんな男なんて近づきもしないけど)
そこにメイドがクランへ声をかけた。
「失礼いたします、クラン様。旦那様がお呼びです」
旦那様とはこの屋敷の主であり、クランの父になる。
歓談中だが、侯爵家の当主からの呼び出しを無視することはできない。
「ごめんなさい、少し席を外しますわ」
こうしてクランは父親がいる書斎へと移動すると、軽くノックをして名乗った。
「お父様、クランです」
「入れ」
短い返事に招き入れられたクランが書斎に入ると、父親は深いため息とともに椅子に座っていた。
「どのような御用でしょうか?」
「……第三王子との婚約の件だが、撤回する気はないか?」
「また、その話ですの? 何度も言いましたが、私は撤回する気はありません」
耳にタコができるほど聞いた話にクランが目に見えて不機嫌になる。
だが、父親はチラチラと周囲を警戒するように声を潜めて話を続けた。
「今ならまだ間に合う。これはおまえのためなんだぞ」
苛立ちを含んだ父親の声にクランが反発する。
「ですから、これは私のためでもあるんです! 私はガフタ様を愛しております! それに侯爵家としても王族と繋がりが強くなるのは、よろしいことではありませんか!」
「だから、そういうことではなく違う視点から考えろ。そもそも、なぜ第三王子の婚約者がおまえではなく辺境……」
コン。
軽く窓を叩くような音が響く。
その音に父親の肩がビクリと跳ね、慌てて窓の外を見た。だが、そこに映っているのは心労で十歳は老けた自分の顔と、美貌を称えた娘の顔のみ。
そのことに父親はふぅと息を吐きながらクランへ視線を戻した。
「とにかく、自分の立場や状況をもっと考えるんだ。今ならまだ間に合う」
「ですから……」
そこにノックの音が響き、使用人の声がした。
「ガフタ殿下がお越しです」
その報告にクランがこれ幸いと父親に頭をさげる。
「殿下を出迎えに参りますので、失礼いたします」
颯爽と書斎から出て行ったクランは父親が盛大に頭を抱えていることに気づくことはなかった。
応接室へ移動したクランはソファーに座るガフタへ優雅に膝を折って出迎えた。
「急用でございましょうか? 御用がおありなら私から城へ出向きましたのに」
「いや、ちょっと気分転換がしたくてな。城にいたら父上が婚約破棄を撤回するなら今のうちだと五月蠅いのだ」
その話にクランが大げさに眉尻をさげる。
「まあ、王がそのような!? やはり、私では相応しくないのでしょうか……」
クランがガフタの隣に座りながら目を伏せ、微塵も思っていないことを口にする。
だが、その姿は繊細な儚い少女という様相で、ガフタの男心を刺激にするには十分だった。
「そのようなことはない。いや、クランほど私の妻に相応しい者はいない。だから安心するといい」
そう言ってガフタは自分で決めた婚約者に微笑んだ。
艶やかな黒髪に黒真珠のように輝く黒い瞳。学年一の美貌を持つ美女で家柄は由緒ある侯爵家。
王である父から田舎の伯爵娘を婚約者にすると言われた時、ガフタは表面ではおとなしく従ったが、内心では大反発していた。第三王子というだけで、なぜ兄たちより格下の娘を婚約者にしなければならないのか。
これがまだ美しくて愛嬌があり、自分に惚れているならいい。
だが、実際は無表情の不愛想で愛嬌はなく、恋愛のれの字も程遠い田舎娘だった。しかも、冷え切った目で何を考えているのかもわからない。こんな娘とは会話をする気さえもおきない。
そのため学園でも存在を無視していたところ、クランが話しかけてきた。
学年一の美女から言い寄られて悪い気はしない。しかも、周囲の男子生徒からは羨望の眼差しを浴び、女生徒からはお似合いだともてはやされた。
外見も家柄も兄たちの嫁や婚約者と見劣りしない。いや、クランの外見だけなら兄たちの嫁や婚約者より上だ。
こうして自尊心を満たしたガフタは落ち込んだように黒髪で顔を隠している婚約者へ声をかけた。
「それに、婚約発表の日取りも決めてきた」
その内容にクランが満面の笑みとともに顔をあげる。
「本当ですか!?」
「あぁ。父上が田舎娘との婚約破棄に納得しないから、表向きには婚約破棄の撤回の場ということにした。だが、実際はあの田舎娘がいかに私の婚約者として相応しくなかったのかを大勢の前で発表して、クランと婚約することを発表する。そうすれば、出席者たちの賛同も得られるし、父上も納得せざるを得ないからな」
その提案にクランが艶やかな黒髪を揺らして大きく頷いた。
「さすがガフタ様ですわ。それなら、異論を言う者はいなくなりますわ」
ここまですれば父親も反対できなくなる。
クランとしても大賛成の計画だった。
「だろう? では、さっそく準備をしなければな。おまえには未来の第三王子妃に相応しい最高級のドレスと装飾品を準備しよう」
「まぁ、嬉しいですわ」
こうして華やかな未来を疑わない二人は婚約発表パーティーの招待状を貴族たちへ送付した。




