15 はじめてのおつかい~前編~
翌日。
朝食を終えて今日も掃除をしようと無表情のまま気合いを入れているティリアにメイド長のマギーが声をかけた。
「昨日は私の代わりに屋敷の掃除をありがとうございました」
「今日も掃除をします!」
なんとかして自分が役立つことを証明しようと意気込むティリアにマギーがおっとりと微笑む。
「いえ、今日はおつかいをお願いしてもよろしいでしょうか?」
さすがに二日連続で屋敷の掃除はさせられないとセバスチャンとマリーで一計を案じた結果なのだが、ティリアが知るわけもなく。
予想外の提案に白銀の髪が不思議そうに揺れる。
「おつかい、ですか?」
「はい。注文している品を店へ取りにいっていただきたいのです。この紙を店員に渡せば商品を渡されますので」
それならおつかいをしたことがない自分でもできそう、と判断したティリアが無表情のまま大事そうに紙を受け取る。
「わかりました。すぐにいってきます」
と、返事をしたところで足下に柔らかく温かい物が触れた。
視線をさげれば淡い茶色の毛を持つ垂れ耳の大きな犬が嬉しそうに見上げている。名前はペロでおっとりとしており昼寝をしていることが多いぐらいののんびり屋さん。
「ペロも一緒に行きます?」
「わふっ」
顔の動きに合わせて垂れている耳がパタンと跳ねる。
その様子にマギーがふふっと微笑んだ。
「そうですね。急ぎでもありませんし、お散歩も兼ねてゆっくり行ってきてください。特にペロは最近運動不足なところがありますから、丁度いいです」
「そうなのですね。では、一緒に参りましょう」
「わふっ」
こうしてティリアはペロとともに街へおつかいに出かけた。
~~
目的の店は大通りにある文筆店だった。
道に迷うことなく店へ到着したティリアがマギーに言われた通り紙を店員へ差し出す。すると、店員は慣れた様子で封筒とインクと封蝋用の蝋を出して笑みを浮かべた。
「いつもご贔屓にありがとうございます。こちらは袋へお入れしますね」
「あ、はい。ありがとうございます」
こうして店員から渡された紙袋は片手で持てるほどの大きさだったが、ティリアは落とさないように両手でしっかりと抱えた。
滞りなくおつかいができたことに表情には出さないまま心の中でグッと拳を作る。
「あとは帰るだけですね」
ティリアが店から出ると入り口で座って待っていたペロが尻尾を振って立ち上がった。
口角が上がりどこか笑っているように見える可愛らしい姿に緊張していた紫の瞳が微かに緩む。
「お待たせしました。帰りましょう」
「わふっ」
大通りを歩き出したティリアの隣を尻尾を高くあげてゆらゆらと揺らしながら歩くペロ。
屋敷にいる大型犬の中でも一番顔立ちが柔らかいため、街ですれ違う人も警戒はしない。これが他の犬だったら怖がられて避けられていただろう。
「そういえばお散歩も兼ねて、と言われましたので少し遠回りをしましょうか? 公園を歩いて帰るものいいですし」
「わふっわふっ!」
嬉しそうな返事とともにのんびりとティリアの側を歩くペロ。
そのまま大通りから公園へと移動する。
王都の中心にある公園は大きな湖を中心に木々と花々が咲き乱れており、人々の憩いの場となっていた。
ティリアは学園で寮生活をしている時にもこの公園に足を運んだことが何度かあった。だが、そのときは何も感じるものはなく学園や寮に居たくなくて逃げるように歩くだけだった。
(でも、いまは……)
見上げればキラキラと輝く緑の葉。木漏れ日の眩しさも、湖の上を滑る涼しい風も、すべてが心地よい。
自然と顔をあげて深呼吸をする。
「気持ちいいですね」
「わふっ」
ペロが軽やかな足どりのまま顔をあげて返事をする。
こうして二人で気ままに歩いていたのだが、そこに聞き覚えのある声が響いた。
「あら、田舎娘じゃない」
軽口を含んだ声がした方を向くと見覚えのある若い男女が二人。
その姿にティリアは表情に出さないまま小さく息を呑んだ。
(この前、宝石店で会った二人ですね……)
警戒するティリアに対して二人がジロジロと不躾に眺める。
「今日はあの冴えないオッサンは一緒じゃないのか」
軽口を言いながらもイーラスの姿がないことにどこか安堵している様子。
その気配を感じ取ったティリアは足を止めてハッキリと言った。
「イーラス様はお仕事中ですので。私はおつかいの帰りにお散歩をしているだけです」
そう説明しながら足元で行儀よく座って待てをしているペロの頭を撫でる。
ふわふわな毛とぬくもりがティリアの怯えた心を温かく包み、独りではないのだと強く感じる。
その一方で元同級生たちは目を丸くした後、紙袋と犬を交互に見ながら嘲笑った。
「おつかいに犬の散歩って、使用人の仕事じゃないか。それだけ使用人がいない貧乏屋敷ってことか?」
「あら、使用人の真似事もできる田舎娘にはピッタリな屋敷じゃない」
そう言って笑い合う元同級生にティリアが反論する。
「使用人の方々は親切でとても優しい人たちです。私はそのご厚意に応えるために手伝いをしているだけで人手不足というわけではありません」
「だからって使用人の仕事をするか?」
「そういう発想が田舎娘なのよ。私たちはとても真似できないわ」
さっさと会話を切り上げたいため無言でいるティリアに対して元同級生たちがしつこく絡む。
「それに婚約相手は、親に近い年なのに独身のオッサンだろ? あり得ないよな」
「えぇ。親ほど年が離れたオジサマの相手なんて気持ち悪いだけですわ」
二人の言葉に紫の瞳が険しくなった。
ぶわりと白銀の髪が広がり、見えない威圧が周囲を覆う。
「年齢は関係ありません。イーラス様はとても良い方です」
淡々と、だが静かな圧を含んだ声に元同級生の二人は体を引きつつも言葉を続けた。
「けど、あんな年で独身っていうのもおかしいだろ。若い娘を弄ぶ趣味とか、ロクでもないヤツに決まってる」
「そうですわ。表では良い顔をしていても、裏で何をしているか分かりませんもの」
この内容にティリアが抱えていた紙袋がクシャリと音をたてる。
これまでどんなに自分を貶されても侮辱されても感情が乱れることはなかった。
だが、イーラスのことを悪く言われるのは許せない。しかし、今はおつかいの途中であり、ここで騒ぎを起こしてイーラスに迷惑をかけるわけにはいかない。
反論したい気持ちをグッと抑えたティリアは話を終わらせることにした。
「イーラス様はその様な方ではありません! 失礼します!」
クルッと踵を返す。
そのまま歩き出そうとしたところで、生温い嫌な風が白銀の髪をかきあげた。
顔をあげればティリアの行く先を塞ぐように中年男が立っており……
「おまえらのせいだ……」
怨恨を含んだ地を這うような掠れ声が響く。
俯いているため男の顔は見えないが、雰囲気だけで憎悪を含んだ声がティリアたちに向けられていることが分かる。
「おまえらが店に来たせいで……」
ボサボサの髪に汚れた服で、当然のように悪臭が漂う。
しかも、中年男の手にはナイフがあり……
「なっ!?」
元同級生たちが顔を青くしながらさがる一方で、ペロがティリアを守るように前に出て唸る。
「おまえらがいなければ!」
中年男は叫びながら一直線に襲い掛かってきた。




