銃器工
「……あれか?」
女が言ったとおり、その場所にはたしかに人がいた。
崩れたレンガの倉庫らしき建物を背景に、瓦礫のほか、古い荷車と半壊の木箱にたがが外れかけの樽、何が入っているのやら用途も不明な小汚い袋がてきとうに寄せられていて、そのあいだを前掛けをした屈強な、むくつけき男が忙しなく動き回っている。ほほについているいくつかの黒い筋は煤だろうか。たしかに道路にはむわっと熱気のようなものが漂っており、どうやら近くで火が焚かれているらしいとわかった。
男はライオットに気がつくと、カウンター代わりと思しき大きな石台の前でようこそと太い両腕を開いてみせる。
「銃器工というのはあんたのことか?」
「ああ、そうだ。で、お前さんはおれの客ってわけだ。話の前にまずは得物を見せてくれ。何を持ってる?」
ライオットが取り出した銃を目にし、男は陽気な態度から一転して顔をしかめ、呆れた声で言った。
「38口径回転式拳銃……おいおい、こんなモンひとつで乗り込んできたのか? ずいぶんと自分の腕に自信があるようだな」
「来たくてきたんじゃない。気がついたら、ここにいた」
こちらの苦い表情に男は合点がいった様子で皮肉げに笑い、
「ああ、たまにいるんだよな。開いてもない道路の穴に落っこっちまうような、とことんツイてねえヤツが。今回はお前さんだった、ってわけだ。なら、教えてやるが、アイツらには銃はあまり効かねえぞ」
「あいつら?」
「お前さんも会ったんだろ? バケモノどもに。ああいうのがこっちにゃ、うようよいやがるんだ。ついでに、ここじゃ弾は貴重品だ。特別製で、数も限られてるからな。高く付くぞ」
「その、手持ちがあまりなくて。ほかにも取り扱っているものはあるのか?」
財布を取り出し中を数えるライオットに、男は大げさなほどに首を横に振った。
「金はここじゃ役に立たねえ。それにあいにくだが、今は材料がなくてな」
「材料とは?」
「ヤツらの骨とか牙とかそういったもんだ。それを加工して武器にする。じゃないと、ヤツらに通じんからな。いつもは改良したさいに出る余りモンをもらっちゃいるんだが、今はあいにく空っ穴でな。普通の得物じゃ、殺したくてもアイツら死にやしねえ」
「だったら、あんたからなにかを買いたいと思ったら、どうすればいい?」
「等価交換。願いをかなえる代わりに、こっちの願いも聞いてもらう。報酬はひとつ。特殊なバケモンを殺したら、肝をくれ。高く売れる」
「ここでは金は意味がないんじゃなかったのか」
男はとたんにのけぞるように笑い、
「ここじゃそうだが、元に戻れば金こそすべて、だろう? その筋のルートでは高額で取引きされる」
「……帰れるのか?」
消えた列車に片道切符、女の口調も簡単には戻れないことを示唆していなかったか。期待に身を乗り出したライオットに銃器工は呆れたように、
「そりゃあるさ。でなけりゃ、おれだってさすがに乗り込んできて商売なんてしねえよ」
「帰る方法が知りたい」
「≪管理者≫を倒し、門が開けば、すぐにでも戻れる。その時点で人でいられればな。ヤツらの影響が残っていれば、あっちに帰った途端――」
こぶしを頭の近くに持ってくると、ふいに弾けるようにぱっと手をひらいた。
「管理者を倒す? そいつはどこにいる? どうやって倒すんだ?」
「さぁな。おれは商売をするだけだ。攻略は他のヤツに任せる。≪栄光ある信仰の牧師≫や≪ガルドアカの探求の仔≫、≪滑稽なる奇術師団≫に≪赤髪の墨の僕≫とかにな。まぁ、たまたま巻き込まれたお前さんみたいなのもいるが……」
そこでいったん口を閉じる。言うべきかどうか迷っているようだ。だが、気を遣ったところで無駄だと思ったらしく、
「すくなくとも、巻き込まれたヤツが聖域の攻略に成功した例は聞いたことがない。すぐにおっ死んで終わりだ」
「心温まる情報をどうも。つまり、ほかにも人間がいてなにかやってるってことなんだな? 俺がさっき出会った女みたいなのが?」
「そりゃ、狩人の中には女もいるさ。男並みに肝の据わった女どもが」
「彼女は赤い布を巻いてた」
「そいつは多分ペトロヴァだな。≪メリカドゥルの血族≫だ。女なら≪ガニメデ≫にもおおぜいいるが、なにぶんあそこは入れ替わりが激しい」
「ガニメデ? その名は聞いたことがある……」
まだ混乱の余韻が残る頭を精いっぱい働かせてようやく思い至った。
世界最大の軍需企業だ。
「そんな会社の息のかかった人間までがここにいる? 軍でもないのに? いったい、何の目的で……」
目的などわからずとも、企業がこのような場所に来るなどろくな理由ではないことだけは考えずともわかる。
「まさか、ガニメデは生物兵器でも作ろうってのか……? 映画じゃあるまいし……」
「他のヤツらの目的なんか、おれが知ったこっちゃねえ。さぁ、おれが教えてやれるのはここまでだ。ここじゃ情報にも相応の対価が必要だ。かわりにお前さんは何をくれる?」
知りたいことはいくらでもあった。むしろわからないことだらけだ。
ライオットはなにか情報と引き換えにできるものはないかとあちこちのポケットを探った。そしてなにもないことに、さらにはあるはずのものまでないことに気がついた。
くそっ、と毒づく。
どうやら、ライターをどこかに落としてきてしまったらしい。考えられるとしたら、あのときだった。犬に肉を投げ、逃げ回っていたとき。
ないと気がついてしまえば、ライターをいつも入れていたポケットが頼りなく物寂しく思えてしまう。まるでそこだけ冷たい冬の風が吹き抜けているかのように。
とは言っても、幼いころに亡くなった母親への思慕というのものとはまた異なる。粗雑でおせじにも出来た母親ではない彼女への未練というより、この気色の悪い暗鬱とした世界で現実への繋がりを断ち切られたに近い思いだった。
他の何をおいても、あれだけは取りに戻らなくてはならない。
そう強く思ったところで、ここでは武器がなければ歩き回ることさえできないらしい。武器を作るには化け物を倒さなければならず、倒すためには武器がいる。対処のしようがない。
どうするべきかと思案していると、ふいにくぐもった声が足元から聞こえた。いつのまにか、あのいびつな犬もどきがまたしてもついてきていたのだ。
しかも犬はおげっ、おげっ、と四肢を突っ張り、頭を低く垂れて身を震わせている。さきほど助けてもらった恩もあって、咄嗟にライオットが、
「おい、どうした?」
そう気遣って声をかけた瞬間、どろどろの肉片と幾つかの大きな肉塊が犬の口から吐き戻された。同時に脳が混乱するほどの熟成されきった腐臭の情報がいちどに訴えてきて、ライオットは盛大によろめき、たまらずカウンターの上でえづいた。
それはこの世のありとあらゆるくさいものをいっせいに鼻に突っ込まれでもしたかのようだった。
においという感覚を通り越し、刺激のあまり、目と鼻の奥が針でさされたように猛烈に痛い。顔からもぎ取って洗いたくなる強烈さだ。
銃器工もいつのまにやらガスマスクのようなものを取り出しすべてを防いでいる。一方で、彼の声は意外にもはずんでいた。
「ほっほーう、こりゃ≪悪喰≫か。珍しい。お前さん、ツイてるな」
そう言いながらカウンターの向こうから身を乗り出し状況を見てとるや、回り込んで薄桃色の吐しゃ物にしゃがみこみ、容赦なくゴム手袋をはめた手をその中に突っ込んだ。ねちねちと音をさせながらひっかきまわし、やがて、
「これなら、武器に使えるな」
糸引く腐肉をこそぎ落とし、幾つかの黄ばんだ骨らしきものを掴みだす。
「待ってろ、いま用意してやる。新入りへのサービスだ」
浮かれた調子でそう言い、うしろの長い煙突がついた工房のような建物に入るやいなや、すぐに人声の絶えたとおりに音程のズレた鼻歌が響きはじめる。次いで重なる、硬いものを削り、研いだり叩いたりするような音。
とりあえず腐肉から距離を取り、できるだけ鼻で息をしないようにしながら、言われるままに待ちつづけているとやがて騒々しい音がやみ、男が何かを携え、得意げに出てきた。その手に抱えられていたものは――、
「……猟刀?」
さまざまなものを分解し、組み合わせ、再利用したのだろう。恐怖映画に登場する殺人鬼が手にしていそうな代物は刃こぼれこそしていないものの、使う前からすでに持ち手は手垢でずいぶんと黒ずんでいる。
ペトロヴァが持っていた直剣のようなしっかりとした武器を期待していただけに、反り身の無骨な大角鉈がでてきたとわかったときには落胆した。
しぶしぶ手に取ってみれば、刃の厚みと幅だけあって見た目以上にずっしりと重い。だが、妙にしっくりとくる重さでもあった。少なくとも、扱いに困るほどではない。とはいえ、
「こんなものがつうじるのか?」
ライオットの疑いの言葉に気を悪くした様子もみせず、銃器工は力強く笑う。
「こういう単純なもののほうが、こっちじゃ有効なんだよ。四の五の言わず、使ってみな」




