第3話 男爵令嬢の裏の顔
調査を進めるうちに、二人はチェリーヌの本性を知ることになる。
彼女は単なる恋愛に夢中な少女なんかではなかった。
王太子の寵愛を得ることによって、侯爵家の権力を削ぎ、王宮の派閥争いを有利に進めるため、貴族院に送り込まれていたのだ。
つまり、彼女の背後には、王妃を中心とした貴族派閥が存在した。
彼らは、ミサロッタを悪役令嬢に仕立て上げ、卒業パーティーで断罪させる計画を進めていた。その目的は、ノースウェルド侯爵家が所有する鉱山と軍事力を王家の管理下に置くこと。
チェリーヌは、王太子の恋心を利用して、その計画を実行しようとしていたのである。それを可能にしたのは、彼女の持つ秘密だった。
セレアの調査によれば、チェリーヌの力は、他人の感情を強く揺さぶる性質を持っていた。その力は、人々に特定の人物への好意や嫌悪を抱かせることができる。
王太子がチェリーヌの言葉を疑わず、ミサロッタを一方的に悪人だと信じ込んでいたのも、その力が影響していた可能性があった。
「つまり、王太子殿下は恋に落ちたというより、魔法で判断力を狂わされていた可能性があるのね?」
ミサロッタが尋ねる。
「そうね。でも、それですべてが許されるわけではないわ」
セレアは厳しい表情で答えた。
「殿下には、真実を確かめる機会が何度もあったはず。それなのに、それをしようともしなかったわ」
ミサロッタは静かに頷いた。
彼女は王太子と元の関係にもどるつもりはなかった。
ただ、真実を明らかにし、二度と同じことが起こらないようにする。
そのために、こちらから卒業パーティーを利用することにした。
二人は証拠を集め、買収された証人を保護し、王宮の不正を明らかにする準備を整えていった。
そして、運命の日。
華やかな音楽が流れる卒業パーティーの会場。
王族や貴族たちが集まる中、王太子はチェリーヌを伴い、ミサロッタの前に立った。
「ミサロッタ・フォン・ノースウェルド、お前との婚約を破棄する!」
会場が静まり返る。
王太子は、チェリーヌへのいじめ、傷害未遂、毒殺未遂など、数々の罪を並べ立てた。
チェリーヌは涙を浮かべ、「つらかったです」と訴えた。周りの貴族たちはミサロッタに冷たい視線を向ける。
ここまでは原作と同じ展開だった。
しかし、ここからは違う。ミサロッタは優雅に立ち上がり、王太子を見つめた。
「殿下。私との婚約を破棄なさるのは、ご自由ですわ。謹んでお受けします」
「何だと?」
「ですが、その前に一つだけ確認させてくださいませ。私が罪を犯したという証拠は、どこにあるのでしょう?」
王太子は言葉に詰まった。
「証拠なら、これです」
チェリーヌが声を上げ、書類を掲げる。
その瞬間、会場の扉が開いた。
「その証拠について、聖女として確認させていただきたいことがあります」
セレアが、王宮騎士たちとともに姿を現した。
彼女の手には、偽造された手紙、買収された証人の記録、そして王妃の派閥が侯爵家を陥れようとしていた密約書が握られていた。
次々と明かされる真実に、会場は騒然となる。
チェリーヌは必死に否定するが、これだけの証拠を突きつけられては、もう覆すことはできない。
さらにセレアは、チェリーヌの力が他人の判断に影響を及ぼしていた可能性を指摘した。
「私は聖女として、この力を見過ごすことはできません。あなたの行為が、どれほど多くの人々を狂わしてしまったか!」
王太子は愕然とした。
「そんな……私も惑わされていたのか…私は、チェリーヌを信じていたのに!」
ミサロッタは冷静に答えた。
「殿下。誰かの声に耳を傾け、その方を助けたいと手を差し伸べるのは素晴らしいことです。しかし、十分に事実を確かめもせず、片方だけの意見を信じて、もう一方を断罪することは間違っていますわ」
その言葉に、王太子は何も言えなくなった。
そして、国王の命により、事件の再調査が開始された。
その結果、王太子は王族としての責任を問われ、チェリーヌは虚偽の告発と証拠捏造の罪で裁かれることになった。
さらに、王妃の派閥も失脚し、侯爵家の権利は守られた。
ミサロッタは罪人として追放されるどころか、王家から正式な謝罪と補償を受けることになった。
こうして、原作の筋書きは大きく崩れ、ミサロッタの断罪される未来は阻止された。
しかし、セレアはまだ安心できなかった。
なぜなら、彼女が読んだ物語では、王国の崩壊は卒業パーティーの後に始まることになっていたからだ。
まだ、安心はできないわ。




