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9/17

青

 夜。

 家に帰ってから、窓を開けた。

 空は暗い。

 星が少し見える。

 俺は昔。

 空なんて見なかった。

 上を見ている暇がなかった。

 前を走っている誰かを見て。

 その背中を追いかけて。

 自分より上か。

 下か。

 そんなことばかり考えていた。

 でも。

 今は少し違う。

 俺は、まだ理想を諦めていない。

 医者になりたい。

 部活も続けたい。

 ゲームもしたい。

 友達とも遊びたい。

 小説も書きたい。

 『探偵は話せない』も完成させたい。

 全部。

 やりたい。

 ただし。

 全部を完璧にする必要はない。

 できない日があってもいい。

 休む日があってもいい。

 昨日より少し進めたなら。

 それでいい。

 誰かより遅くてもいい。

 誰かより下でもいい。

 理想の自分になれない日があっても。

 俺自身の価値がなくなるわけじゃない。

 井の中の蛙は。

 大海を知らなかった。

 俺もそうだった。

 外に出て。

 上には上がいることを知った。

 自分より優れた人間が。

 いくらでもいることを知った。

 そして。

 自分が思っていたほど。

 特別ではないことも知った。

 それは。

 少し苦しかった。

 でも。

 大海を知ったからこそ。

 初めて見えるものもあった。

 遠くまで続く世界。

 自分とは違う人間。

 自分とは違う生き方。

 そして。

 自分だけの場所。

 窓の外が。

 少し明るくなってきた。

 朝が近い。

 俺は机に戻った。

 パソコンを開く。

 画面には。

 書きかけの小説が表示されている。

 タイトルは――

 『探偵は話せない』

 まだ完成していない。

 きっと。

 これから何度も書き直す。

 何度も迷う。

 途中で嫌になる日もあるだろう。

 それでも。

「……続き、書くか」

 俺はキーボードに指を置いた。

 一行目を書く。

 世界は、思っていたよりずっと広かった。

 少し考える。

 そして。

 その続きを書く。

 自分が小さかったからといって。

 自分の立っている場所まで。

 消えるわけじゃない。

 指が止まる。

 窓の外を見る。

 空が少しずつ青くなっていく。

 昔の俺なら。

 もっと綺麗な空を探したかもしれない。

 もっと遠く。

 もっと高く。

 もっと完璧なものを。

 でも。

 今は違う。

 この空でいい。

 今日の俺には。

 今日の空がある。

 明日の俺には。

 明日の空がある。

 だから。

 今日はここまででいい。

 明日また書けばいい。

 明日また勉強すればいい。

 明日また歩けばいい。

 俺はパソコンを閉じた。

 そして。

 窓の外を、もう一度見た。

 大海を知った。

 自分の小ささも知った。

 それでも。

 空の青さは、ちゃんと知っている。

 俺はもう。

 誰かの空と比べるために、空を見上げたりはしなかった。

 ただ。

 自分のいる場所から見える空を。

 自分の歩幅で。

 ゆっくりと見上げていた。


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