歩幅
すぐに全部が元通りになったわけじゃない。
そんな簡単な話じゃなかった。
俺は家族に話した。
学校にも相談した。
先生とも話した。
しばらくは。
何をするにも怖かった。
勉強をしても。
「もっとやらなきゃ」
と思う。
休んでも。
「休んでしまった」
と思う。
小説を書いても。
「こんな文章じゃダメだ」
と思う。
理想を追いかける癖は。
簡単には消えなかった。
だから。
少しずつ変えることにした。
まず。
全部やろうとしない。
今日は勉強。
明日は部活。
余裕があったらゲーム。
小説は一行だけでもいい。
最初は。
それが怖かった。
「こんなんでいいのか?」
何度も思った。
でも。
一週間後。
少しだけ前に進んでいた。
一か月後。
また少し進んでいた。
以前なら。
「こんなの進歩じゃない」
と思っていたような変化。
でも。
今は違った。
昨日の自分より。
一歩進めた。
それだけでいい。
そう思える日が。
少しずつ増えていった。
*
ある日の放課後。
俺は教室で一人、小説を書いていた。
パソコンの画面には。
『探偵は話せない』
というタイトル。
まだ完成していない。
何度も書き直している。
事件も。
登場人物も。
文章も。
全部途中だ。
昔なら。
「早く完成させなきゃ」
「面白くしなきゃ」
「評価されなきゃ」
そんなことばかり考えていた。
でも今は。
ただ書きたかった。
面白い事件を思いついたから。
登場人物を動かしたかったから。
続きを知りたいから。
それだけでいいと思えた。
「まだ書いてんの?」
教室の入り口から声がした。
「神谷」
「帰らないの?」
「もうちょっと」
「また小説?」
「うん」
「見せて」
「嫌だ」
「なんで?」
「恥ずかしい」
「昔は見せてくれなかったじゃん」
「だから今も見せたくない」
「進歩してないな」
「うるさい」
俺たちは笑った。
その笑い方は。
中学の頃とは少し違っていた。
競争するためじゃない。
誰かに勝つためでもない。
ただ。
一緒に笑っていた。
「じゃ、先帰るぞ」
「うん」
「無理すんなよ」
「分かってる」
神谷が教室を出ていく。
俺は画面に向き直った。
そして。
続きを書いた。




