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理想

 俺の中には、理想の自分がいた。

 勉強ができる。

 運動ができる。

 友達が多い。

 人付き合いが上手い。

 小説も書ける。

 ゲームも上手い。

 将来は医者になる。

 そして。

 全部を両立できる。

 そんな人間。

 俺は、それになりたかった。

 いや。

 ならなければいけないと思っていた。

「理想の自分なら、こんなことで悩まない」

 そう考える。

「理想の自分なら、もっと勉強できる」

「理想の自分なら、もっと面白い小説が書ける」

「理想の自分なら、もっと友達を大切にできる」

「理想の自分なら――」

 いつの間にか。

 理想は目標ではなく。

 自分を殴るための道具になっていた。

 できなかったことを数える。

 失敗したことを数える。

 足りないものを数える。

 そして。

 自分を責める。

 昔の自分と比べる。

 神谷と比べる。

 他の誰かと比べる。

 昨日の自分と比べる。

 比較するたびに。

 俺は小さくなっていった。

     *

 ある夜。

 机の前で、小説を開いた。

 タイトルは。

 『探偵は話せない』

 そこから先が。

 何も書けなかった。

 キーボードに手を置く。

 何も出てこない。

 書いて。

 消す。

 また書く。

 消す。

「……つまんない」

 自分の文章が嫌になった。

 何もかも嫌になった。

 勉強も。

 部活も。

 ゲームも。

 小説も。

 そして。

 自分自身も。

「俺、何やってんだろ」

 誰も答えない。

「何にもできてないじゃん」

 静かな部屋に。

 自分の声だけが落ちた。


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