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 最初にしたことは、原因の分析だった。

 感情の問題にしても仕方がない。

 今回の結果には、理由がある。

 数学の計算ミス。

 英語の時間配分。

 国語の選択問題。

 どれも、対策できるものだった。

 次の試験までに修正すればいい。

 それだけだ。

 そう考えて、俺はノートを開いた。

 間違えた問題を解き直す。

 なぜ間違えたのかを書く。

 次に同じ問題が出たら、どう解くかを考える。

 やるべきことは、明確だった。

 だから、俺は勉強した。

 いつもより長い時間。

 いつもより細かく。

 いつもより、真剣に。

 それなのに。

 勉強を終えたあとも、胸の奥に不安が残った。

 まだ足りない。

 もっとやらなければ。

 次は一位を取り返さなければ。

 その考えが、頭から離れなかった。

     *

「玲、今日一緒に帰る?」

 放課後、あいつが聞いてきた。

「悪い。用事がある」

「勉強?」

「そう」

「そっか。また今度な」

「ああ」

 あいつは、特に気にした様子もなく教室を出ていった。

 俺は、その背中を見送った。

 嘘をついたわけではない。

 勉強するのだから、用事があるというのは間違いではない。

 ただ。

 以前なら、一緒に帰っていた時間だった。

 帰り道に、くだらない話をする。

 授業のこと。

 部活のこと。

 最近見た動画のこと。

 あいつが書いている小説のこと。

 そんな話をしながら歩く時間が、俺は嫌いではなかった。

 けれど、今は。

 そんな時間を過ごしている場合ではないと思った。

 四位。

 その数字が、まだ頭の中にあった。

 次は一位に戻る。

 そのために、できることをする。

 今は、それだけを考えていればいい。

 俺は机に向き直った。

 参考書を開く。

 問題を解く。

 間違えた問題を解き直す。

 時計を見る。

 まだ足りない。

 もう少し。

 あと一問。

 あと十問。

 あと一時間。

 どこまでやれば安心できるのか、自分でも分からなかった。

 それでも、やめられなかった。

 勉強をしていれば、前に進んでいる気がした。

 机を離れれば、誰かに追い抜かれる気がした。

 その差は、ほんのわずかな時間で生まれるのかもしれない。

 俺が休んでいる間に、誰かが問題を解いている。

 俺が遊んでいる間に、誰かが知識を増やしている。

 俺が眠っている間に、誰かが。

 ……そんなことを考え始めると、休む理由がなくなった。

 俺は、机に向かい続けた。

     *

 数日が過ぎた。

 授業中、先生の説明を聞きながら、俺は別の問題を考えていた。

 家に帰ったら、何を復習するか。

 どの参考書を使うか。

 前回間違えた問題を、もう一度解くべきか。

「神谷」

 名前を呼ばれて、顔を上げた。

「この問題、分かるか?」

 黒板には、授業で扱っている問題が書かれていた。

「はい」

 俺は立ち上がり、解き方を説明した。

 間違えなかった。

 先生も満足そうに頷いた。

「さすがだな」

 教室のあちこちから、感心したような声が上がる。

 俺は席に座った。

 さすが。

 その言葉を聞いて、少しだけ安心した。

 まだ、俺はできる。

 そう思えた。

 けれど、すぐに考えた。

 こんな問題が解けたところで、一位に戻れるとは限らない。

 当たり前だ。

 一つの問題を解けることと、試験で一位を取ることは違う。

 分かっている。

 分かっているのに。

 褒められたことが、嬉しくなかった。

 以前なら、素直に喜べたはずなのに。

 俺は、ノートに視線を落とした。

 黒板の文字を写す。

 先生の説明を聞く。

 次の問題に備える。

 そうしていれば、余計なことを考えずに済んだ。

     *

 ある日、あいつが俺の机に置かれたノートを見て言った。

「最近、ずっと勉強してるな」

「そうか?」

「うん。前より帰るの遅いし」

「次の試験が近いからな」

「まだ先だろ」

「早めにやっておくに越したことはない」

「それはそうだけどさ」

 あいつは少し言葉を探すようにしてから、続けた。

「ちゃんと休んでる?」

「休んでるよ」

「本当に?」

「……何が言いたいんだよ」

 思ったより、強い声が出た。

 あいつが口を閉じた。

 俺は、すぐに後悔した。

 別に、責められたわけではない。

 ただ心配されただけだ。

 それなのに、俺は。

「悪い」

 小さく謝った。

「いや、俺もごめん」

 あいつは困ったように笑った。

「無理すんなよ」

「分かってる」

 俺はそう答えた。

 あいつは、それ以上何も言わなかった。

 その優しさが、少し苦しかった。

 心配されるようなことはしていない。

 俺は、ただ努力しているだけだ。

 それなのに、どうしてこんなに落ち着かないのだろう。

 どうして、あいつの言葉を素直に受け取れないのだろう。

 俺は、ノートを閉じた。

 そして、すぐに開き直した。

 考えるのは、あとでいい。

 今は勉強しよう。

 そうすれば、きっと。

 次は一位に戻れる。

 次こそは。

 俺は、その言葉を何度も繰り返していた。

 まるで、そう唱えていなければ、自分がどこかへ落ちていってしまうように。


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