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躓き

 模試は、いつもどおりに進んだ。

 国語。

 数学。

 英語。

 理科。

 社会。

 難しい問題はあったが、解けない問題ばかりというわけではなかった。

 時間配分も悪くなかった。

 見直しもできた。

 試験が終わったとき、俺は小さく息を吐いた。

 やるべきことはやった。

 そう思えた。

 結果が出るまでは。

     *

 数日後。

 答案が返却された。

 教室の前に、成績上位者の一覧が貼り出されていた。

 俺は、いつものようにそこへ向かった。

 自分の名前を探す。

 上から順番に。

 一位。

 ……ない。

 二位。

 ……ない。

 三位。

 ……ない。

 おかしい。

 そう思った。

 俺はもう一度、一番上から確認した。

 見落としたのかもしれない。

 名前の表記を間違えられたのかもしれない。

 集計に何か問題があったのかもしれない。

 そんな考えが、頭の中を通り過ぎた。

 けれど。

 一位の欄には、知らない名前があった。

 俺の名前ではない。

 二位にも。

 三位にも。

 俺の名前はなかった。

 四位。

 そこに、俺の名前があった。

 神谷玲。

 総合四位。

 俺は、その文字を見つめた。

 四位。

 四位。

 四位。

 何度読んでも、変わらない。

 順位の数字が、やけに大きく見えた。

 四位。

 悪い成績ではない。

 むしろ、十分に優秀な成績だ。

 分かっている。

 そんなことは、分かっている。

 けれど。

 俺は、一位ではなかった。

「え、神谷、四位?」

 後ろから声がした。

 振り返ると、クラスメイトが一覧を見上げていた。

「珍しいな」

「まあ、模試だしな。こういうこともあるだろ」

 俺は、できるだけ自然に答えた。

「でも、神谷が一位じゃないの初めて見たかも」

 悪気のない声だった。

 驚いているだけ。

 それは分かっていた。

「そうか?」

「うん。いつも一位じゃん」

「今回は、ちょっとミスが多かったから」

「そっか。次は戻るだろ」

「まあな」

 俺は笑った。

 相手も笑った。

 会話は、それで終わった。

 それだけのことだった。

 誰も俺を責めなかった。

 誰も俺を馬鹿にしなかった。

 それなのに。

 胸の奥が、妙に冷たかった。

 いつも一位だった。

 だから、今回も一位だと思われていた。

 俺自身も、そう思っていた。

 それが。

 違った。

 たった一度。

 たった一回の模試。

 それだけで、今まで当たり前だったものが、当たり前ではなくなった。

 俺は、一覧から目を離した。

 教室に戻る。

 席に座る。

 鞄から答案を取り出す。

 数学で、計算ミスをしていた。

 英語では、長文の一問を落としていた。

 国語にも、見直せば気づけたはずの間違いがあった。

 原因は分かる。

 対策も立てられる。

 次に同じ失敗をしないために、何をすればいいのか。

 それも分かる。

 なのに。

 答案を見つめる指先が、少しだけ冷たかった。

 俺は、四位になった。

 その事実だけが、何度も頭の中を巡った。

     *

 昼休み。

 あいつが俺の席までやってきた。

「玲、結果見た?」

「見たよ」

「どうだった?」

「四位」

「そっか」

 あいつは、少しだけ考えた。

「……悔しい?」

 俺は顔を上げた。

 その質問は、思っていたよりも鋭かった。

「別に」

 反射的に答えていた。

「そっか」

 あいつは、それ以上聞かなかった。

 以前の俺なら、そんな質問をされることもなかっただろう。

 俺が悔しがるところなんて、誰も想像していなかったのかもしれない。

 あるいは、悔しがったところで、次は一位に戻るのだと思われていたのかもしれない。

 俺自身が、そう信じていたように。

「お前は?」

 俺は話題を変えた。

「俺? まあ、そこそこ」

「順位は?」

「前よりちょっと上がった」

「よかったな」

「うん」

 あいつは笑った。

 その笑顔を見て、俺は少しだけ目をそらした。

 羨ましかった。

 順位が上がったことが、素直に嬉しい。

 それを、そのまま口にできることが。

 俺は四位だった。

 以前より悪くなったわけではない。

 努力が全部消えたわけでもない。

 それでも、俺は自分の結果を喜べなかった。

 四位という数字を見た瞬間、俺はそれまでの自分を失ったような気がした。

 そんなはずはない。

 分かっている。

 分かっているのに。

 俺の中では、何かが確かに変わっていた。

 俺は、初めて一位ではなくなった。

 そして、初めて。

 一位ではない自分を、どう扱えばいいのか分からなくなった。


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